昔むかし、あるところにうさぎとかめが暮らしていました。
ある日のこと、うさぎがかめを呼び出して、こう告げました。
「ここからあの木までかけっこ競争しよう。負けたら勝ったほうに人参をおごらないといけないよ」
いきなりのことなので、かめは驚きました。
「待って、まるで君が勝つみたいなことを言うね」
負けないぞと意気込みましたが、かめは自分自身の足が遅いことは分かっています。
冷静になって考えてみて、すっかりその気のうさぎに言いました。
「でもさ、それは僕にとって不利な競争じゃないかな。僕は足が速くないんだ。君も分かっているだろう?」
「そんなことないだろう」
うさぎはかめの顔を見ました。
「思い出してみろよ。昔、僕たちみたいにうさぎとかめが競争をしただろ?そのときはちゃんとかめが勝ったじゃないか」
「でも、それはうさぎが途中で居眠りをしたからだよ」
「そうさ。だから居眠りをしなければうさぎが勝つんだってことを証明したいんだ」
かめは黙り込みました。どうやら挑戦を受けざるを得ないようです。
「分かったよ。じゃあ、罰ゲームなしで競争しよう」
「罰ゲームなし?うーん、まぁいいか」
青い空の下、うさぎとかめはしろつめ草でスタートラインを作り、競争の準備をしました。
通りすがりの小鳥に頼んで合図をしてもらい、かけっこは始まりました。
今回、うさぎは途中で居眠りをしなかったので、当然の結果ですが、うさぎがかめに大差をつけて勝ちました。
「どうだいかめくん。僕、速いだろ?」
だいぶ遅れてやってきたかめに、自慢そうにうさぎは話しました。
「うん、君はすごく速いよ。かけっこじゃ君に勝てる者はなかなかいないだろうね」
へとへとになりながら、かめはようやく木にたどり着きました。
「分かってくれればいいんだよ。よし、汚名は晴らせたぞ」
嬉しそうに飛び跳ねるうさぎを見ながら、かめは息を整えました。
「うさぎくん、もう一度競争をしてみないかい?」
「え?」
かめの言葉に驚いたようにうさぎは振り向きました。
「もう一度かい?何度やっても無駄だよ。かけっこで君が勝てるわけがないじゃないか」
「かけっこじゃないよ」
かめはのっそりと立ち上がりました。
「ほら、あそこに池がみえるだろう?」
うさぎは言われた方向を見ました。小さな池が、丘の下に涼しげな水をたたえていました。
「池で何をしようっていうんだい?」
「泳いで競争するのさ」
「泳ぐのかい?」
あからさまに嫌な顔をしてうさぎは言いました。
「だって、かけっこだと僕に明らかに不利じゃないか。それは公平じゃないよ。だから、泳いで競争してみようよ」
言い終わるとかめはゆっくりと池のほうに歩き出しました。
うさぎも慌てて後を追いました。
池につくとかめはルールを説明しました。
「ここから向こうの岸まで泳ぐんだ。速く泳げたほうが勝ち。簡単だろ?」
「そりゃ、簡単だけど……」
うさぎは不服そうに言いました。
「それじゃ、位置について」
うさぎとかめは、通りすがりの雨蛙に頼んで合図をしてもらいました。
気持ちよさそうにかめはすいすい泳ぐと、あっという間に向こう岸に着きました。
うさぎは泳ぐことに慣れていなかったので、当然かめが勝ちました。
途中で何度か沈みそうになりながら、うさぎは泳ぎました。
「うさぎくん、あと少しだ。がんばれ」
かめは岸の上で応援しています。
「ああ、疲れた」
息を切らしながら岸に上がると、うさぎは思い体をふって、水を跳ね飛ばしました。
「さてと」
かめはゆっくりとうさぎのほうを見ました。
「今回は僕が勝ったけど、結局総合的にどっちが勝ったんだろう?」
聞かれてうさぎは考えました。
さっきはかけっこでうさぎが勝ちました。
今回は泳ぎでかめが勝ちました。
「うーん、どっちだろう」
考えても答えは出てきません。
「ねぇ、僕たちはそれぞれに長所を持っているんだよね。君はかけっこに優れていて、僕は泳ぐのに優れている」
うさぎはかめの言わんとすることを察知しました。
「そうだね。僕たちそれぞれに優れたところを持っているんだね。ぼくはかけっこが得意で、君は泳ぎが得意」
「うん。ぼくは泳ぎが得意で、君はかけっこが得意」
うさぎとかめはにっこりと笑いあいました。
「じゃあ、もう一度競争だ」
うさぎが張り切って言いました。
「競争?」
かめは首をかしげて尋ねました。
「うん。ぼくは、かけっこの世界で一番になる。君は、泳ぎの世界で一番になる。どっちが最初に一番になれるか競争しよう」
うさぎの提案に、かめは大きく頷きました。
「ようし、負けないぞ。ぼくの泳ぎは世界一なんだから」
「ぼくだって、負けないぞ。ぼくのかけっこは世界一なんだから」
夕暮れ時です。
うさぎとかめは一緒に歩いて大きな夢を語りながら、それぞれの家に帰って行きました。
了