中編

Amy Said

01 .02
 翌日の朝。
 鏡の前で全身を確認したが、母親譲りの服も、白いマフラーで前を隠せば思うほどダサいものではなかった。
 マフラーを買うことにあまりいい顔をしなかった母親も、珍しいものでも見るようにエイミーを見た。
 三つ編みから逃れることはできなかったが、それでもエイミーは自信を持ち、いつもよりも足取り軽く、学校へ向かった。
 ロッカーから教室に行くまで、振り返る生徒たちが数人いたが、彼らの視線は、それほど悪いものではなかった。
 遠くからのギャビーたちの視線を感じたが、エイミーは『エイミー』の言うことに従って振り返らなかった。
「エイミーに構って欲しいのよ。何だかんだ言って」
 『エイミー』はにっこりしながらそう言った。
 もっともなことだ、とエイミーも頷いた。
 不思議なことに、もうギャビーを学校のアイドルとして羨み、憧れる感情は湧き上がってこなかった。
 ギャビーはかわいい。
 かわいいけれども、エイミーは彼女の裏の顔を知っている。彼女の取り巻きの性格も知っている。
 彼女は、大勢からちやほやされていないと不安な子なのだ。
 それは本当の友達なんかじゃない。
 『エイミー』が語ってくれた。
 アリソンがいなくなってから、たった1人、心の内を明かせた『エイミー』。
 彼女のように強くなりたい。エイミーはいつからか、そう思っていた。


 橋の上から眺めるチャールズ川は、厚い氷で覆われていた。
 所どころ、薄い部分があり、川の上を散策する人たちは注意しながら歩いている。
 その様子を見ながら、エイミーは手すりの雪をすくった。
 少し時間が経っているのか、固まった氷になっており、予想していた量は手に入らなかった。
「エイミー」
 後ろからギャビーの声が聞こえてき、エイミーは振り返った。
 睨むようにエイミーを見据え、ギャビーが立っていた。彼女の周りには、相変わらず取り巻きたちがいる。
「川なんか覗きこんじゃって。飛び降りたいの?」
 相変わらずのギャビーの口調に、取り巻きたちがくすくす笑う。
 黙っているエイミーを尻目に、ギャビーは手すりに手をかけると、下を覗き込んだ。
 ぱらぱらと、彼女の手の下から氷っぽい雪が落ちる。
「こっち側からだとよく見えないでしょ。向こう側に立ってみたら?」
「立ってみたら?」
 メレディスが、ギャビーの言葉を復唱する。
 エイミーは俯きがちに彼女たちを見ながら、黙っていた。
「ああ、エイミーは意気地なしだから、そんなことできないか」
 ギャビーはそういうと、自分はできるとでもいうように、手すりに体重を預け、少しばかり身を乗り出した。
 高所恐怖症の取り巻きの1人が、小さく悲鳴をあげる。
「大丈夫よ、こんなの怖くないわ」
 何ということはない、とギャビーが足を地面に下ろし、胸を張って答える。
 その自信ありげな笑みのまま、エイミーを見た。
 エイミーとしては、そのどこが素晴らしいのか分からなかったが、取り巻き立ちは羨望の眼差しをギャビーに送っていた。
「……何無視してるのよ」
 エイミーから何も反応がないことに対し、ギャビーが声のトーンを落として尋ねた。
 少しばかりびくつき、エイミーは彼女を見た。
 無視、と言われたが、今、こうしてギャビーと向き合っている。無視はしていない。
 そう言いたかったが、エイミーは腕を下ろしただけで、反論はできなかった。
 頭の中では、言い返しなさい、と声が聞こえる。
 脈拍が増加しているのを感じながら、エイミーは拳を握った。
「聞いてんの? 何無視してんのよ」
 口調が荒くなったギャビーに、取り巻き立ちも、ギャビーを無視するなんて許せない、と無言の圧力をかけてくる。
 呼吸が速度を増し、エイミーの耳の奥の鼓動が大きくなった。
「いい加減にしなさいよ。生意気」
 一歩、ギャビーが足を踏み出す。
 思わず、エイミーは一歩退いた。
 その様子に満足したのか、ギャビーが、ふっと笑った。
「似合わないマフラーなんかしちゃって。どうしたの? 何があったの?」
「…………」
「突然お洒落に目覚めちゃって。あ、勘違いしないでね。あなたのそれはお洒落じゃないわ」
「…………」
「そのマフラー、あんたには豚に真珠よ。私が使ってあげる。貸しなさい」
「…………」
「貸しなさいよ」
「……嫌」
「貸しなさいって!」
「嫌!」
 エイミー自身びっくりするほど、強い大きな声が出た。
 それに怯んだのか、ギャビーは差し出していた手を引っ込めた。
「……生意気言わないでよ。あなたには似合わないって言ってるでしょ?」
「似合っているもん」
「は? 何言ってるの?」
「『エイミー』は似合っているって言ったもん!」
 それを聞き、呆れたようにギャビーは横を向くと息を吐いた。
「何言っているのよ」
「『エイミー』はかわいいって言ってくれたもん! 私、似合っているもん! だから、ギャビーには貸さないし、あげない!」
 そこまで言い切って、エイミーは息を吸った。
 言えた。
 ギャビーに向かって、ちゃんと言えた。
 鼓動が速い。
 ものすごく緊張しているせいか、手が小刻みに震えている。
「似合ってないわよ、このダサ女!」
「ダサくなんかないもん!」
「ダサいわよ! いっつも!」
「違うもん! 『エイミー』が言っていたもん!」
「ダサダサよ! せっかくのマフラーが台無しじゃない!」
「違うもん! 『エイミー』は似合っているって言ってくれたもん!」
「似合ってないわ!」
「似合ってる! 『エイミー』が言ってたもん!」
「いい加減にしてよ!」
 ギャビーもまた肩を上下させ、大声で言った。
「『エイミー』なんてどこにいるの? どこにもいないじゃない! あんたが勝手に勘違いしているだけよ!」
「いるもん! 『エイミー』はここにいるもん!」
 隣を示して、エイミーは叫んだ。
 エイミーの頭の中が、わんわんと鳴り始めた。
「いないわよ! 最初は面白いからあんたのホラ話に付き合ってきてあげたけど、もう面白くないわ。いい加減にして!」
「いるもん!」
「いないわよ!」
「いるもん!」
「いない!」
 『エイミー』はいない。
 その言葉を聞いて、エイミーの頭の中の音が大きさを増した。
「よく見なさいよ、どこにいるの!? 誰もいないじゃない! あんたのおふざけに付き合うのはもうこりごりよ!」
「いるもん!」
 ギャビーの声もかき消されそうなほど、わんわんとした耳鳴りのような音が、エイミーの頭の中を支配する。
「うるさい! そんなダサい名前の子、あんただけで十分よ!」
 心拍数が増加する中鋭く聞こえてきたギャビーの一声に、エイミーの頭の中の音が、ふつ、と消えた。
 服装はエイミー自身も認める。時代遅れのダサいものだ。
 でも名前は――
「早く寄越しなさい!」
 伸びてきたギャビーの手を、『エイミー』は力いっぱい、はたいた。
 驚いて、ギャビーが後ずさりつつ、右手を抱える。
「あげない」
 打って変わって落ち着いた声音がエイミーの口から出てきた。
 それまで荒かったはずの呼吸も、鎮まっている。
 きゅっと引き結ばれた口元で、エイミーはギャビーを見据えていた。
「……ど、どうしたのよ、エイミー」
「あげない。ギャビーには似合わないから、あげない」
 背筋を伸ばし、エイミーが言い放つ。
 ふと、エイミーが自分の肩に視線を落とした。
「やだ。また三つ編み」
 そう呟くと、エイミーは苛苛した様子でゴムを解き、ウェーブのかかった髪を下ろすと手櫛で整えた。
 痛みの少ない赤毛の髪は、すぐに通りのいい髪に変わった。
「……エイミー?」
 恐る恐る尋ねるギャビーに、エイミーは鋭い目線を送った。
 圧倒されたのか、ギャビーが息を呑むのが分かった。
 なあんだ。
 エイミーは心の中で失望しながら、ギャビーを見ていた。
 注目の的の割りには、すごい臆病。取り巻きたちも、ただただおろおろするばかりでギャビーの指示がなければ動けない。
 エイミーは、笑った。
「こんなところで何しているの? ギャビー」
 尋ねながら、一歩ずつ、ゆっくりと前に進む。
 対応するように、ギャビーたちがゆっくりと後退する。
 ふと、エイミーは横手の川の存在に気づいた。
 手すりは、多少高いものの乗り越えられない高さではない。
「ああ、ギャビー。川を見に来たのね」
 首をわずかに傾げ、エイミーは微笑を残したままギャビーを見た。
「こっち側からだとよく見えないでしょ」
 足を止め、首の角度を戻す。
「向こう側に立ってみたら?」
 エイミーの提案に、ギャビーは嫌な汗を背中に感じた。
 ふと、エイミーの視線がメレディスに移る。
「立ってみたら?」
 先ほど、メレディスがエイミーに対して放った言葉。
 メレディスは、ギャビーの後ろに隠れるように慌てて後退した。その途中、足元の氷に足を取られ、転びそうになった。だが、誰も笑おうとはしなかった。
 エイミーの視線が、再びギャビーに戻った。
「どうなの? ギャビー」
「……な、何がよ」
「怖くないんでしょ?」
 尋ねられ、ギャビーは黙り込んだ。
「あれ? おかしいな。私の聞き違いかな。それとも、やっぱりギャビーは意気地なし? 臆病者?」
「違うわよ!」
 力強く言った後、ギャビーは引き返せない状況に自らを陥れてしまったことに気づいた。
「そう。それじゃ、向こう側に立ってみてよ」
 一歩、前に足を踏み出し、エイミーが促す。
「どうしたの?」 
「…………」
「怖いんでしょ?」
「ギャビー、あんな子の言うことなんか聞かなくても――」
「メレディスは黙ってて」
 ギャビーに遮られ、メレディスはびくっと体を跳ねさせると黙り込んだ。
「……いいわよ。向こう側に立てばいいんでしょ?」
「ギャビー」
「大丈夫よ」
 心配する取り巻き立ちを振り返り、しかしすぐに前を向いた。
「私、エイミーと違って臆病じゃないもの」
 言いながらもギャビーの体はかすかに震えていた。
 荷物を取り巻きに渡し、ギャビーは手すりに手をかけた。
「ギャビー、危ないよ」
「戻って」
 取り巻きたちが、おろおろと、ギャビーを止めようとする。
 そんな彼女たちをエイミーが一瞥すれば、途端に尻込みし、ギャビーから離れた。
「見ててよエイミー。私、臆病じゃないんだから」
 そういうとギャビーは地面を蹴り、手すりに乗せた手に全体重を預けた。
 そのままゆっくりと、慎重に足を一本ずつ向こう側に回す。
 ぱらぱらと、氷が落ちていく。
 足場を確かめるように、ギャビーはゆっくりと、足を下ろした。
 1本、そして2本。
 息を吐きながら、体重を足の上に推移させる。
「……どう?」
 できたでしょ、と満足げに、だが引きつった笑いでギャビーはエイミーを見た。
 安堵の吐息が取り巻きたちから漏れた。
 転瞬。
「こっち側向いて? 川を見たいんじゃなかったの?」
 エイミーの追い討ちに、ギャビーの表情が硬くなった。
 取り巻き立ちがエイミーを見るが、何も言えない。誰も止められない。
 迷うギャビーに、近づき、
「意気地なし」
 とエイミーが告げた。
 その一言で火がついたか、ギャビーがきっと顔を上げた。
「できるわよ」
 強気で言い放つと、ギャビーはゆっくりと、体の向きを変えていった。
 まず、足の角度を変える。
 わずかな足がかりに積もった雪は凍り、一瞬、ギャビーが滑りそうになった。
 取り巻きたちが情けないような声を上げる。
 それに気づいたのか、川を散策していた人がこちらを見上げた。
「おい! 何しているんだ!」
 だが集中しているギャビーの耳に、その言葉は聞こえなかった。
 ギャビーのことを不安そうに見守る取り巻きたちも同じだった。
 唯一、エイミーだけその声を聞いていたが、彼女は聞こえないふりをした。
 やがて、ギャビーが完全に川のほうを向いた。
 目下に広がる氷に覆い尽くされた白い川。
 所どころ、薄い氷の下に囚われた空気の泡が見える。
 速い鼓動の中、ギャビーは必死に、呼吸を整えた。
「……どう? 私、すごいでしょ。臆病じゃないのよ?」
 川のほうを向いて立ったギャビー。取り巻きたちから、感嘆の声が漏れた。
「私、本当にすごいんだから」
 ギャビー自身も満足したのか、白い息を吐きながら、自賛の笑みを空に投げた。
 賛美を受けて、図に乗るギャビー。
 エイミーは面白くなかった。
 私、嫌い。
 遠くから、事態に気づいた大人たちの声が聞こえてくる。
「あなたはどうなの? エイミー」
 後ろにいるエイミーを意識しながら、ギャビーが尋ねる。
「私、そんな危険なことをするほど馬鹿じゃないの」
 エイミーは答えた。
「だって、こうやって誰かが後ろから押すかもしれないじゃない」
 エイミーの一言が耳に入り、驚いたようにギャビーが振り返ろうとした。
 私、嫌い。
「こういう子、すっごく嫌い。いなくなっちゃえばいいのよ」
 呟きながら、エイミーはギャビーの背中を押した。
 あっ、という声が聞こえた気がした。
 けれど、それに気づくよりも何よりも、エイミーは手すりからきれいに離れていくギャビーの手を追っていた。
 しんなりとたわんだギャビーの背中。
 まるで時間の進みが遅くなったかのように、緩やかな弧を描いて、ギャビーの体がゆっくりと傾いていく。
 そのまま落ちるのかと思っていたが、身の危険をようやく知ったギャビーが、ブロンドの髪をなびかせながら振り返り、手を伸ばした。
 きれいに落ちる形が崩れてしまった。
 エイミーはギャビーの視線を残念そうに見送り、手すりに手をかけた。
 もう、ギャビーの体はまっさかさまに落下している。
 それからは速かった。
 氷の割れる音と水しぶきが同時に聞こえてきた。
 目を見張ったギャビーがそれに呑み込まれていった。
 最後の彼女の表情は、とてもじゃないがアイドルとは言い難く、情けない顔をしていた。
 ああ、これでも一時は、憧れの対象だったのに。
 失望を感じつつ、エイミーは不規則に割れた氷の近く、白いところが赤く染まる様子を見ていた。
 後ろから、取り巻きたちのうるさい悲鳴が聞こえてくる。
 うるさいな。彼女たちもいなくなっちゃいえばいいのに。
 橋の下、ギャビーが浮かんでくる様子はなかった。
 大人たちが駆けつけるが、手遅れだろう。
 エイミーは、手すりから手を離すと取り巻きたちを見やった。
 口を押さえてギャビーの名前を叫ぶ彼女たちは、それぞれが信じられない、という表情をしていた。
 メレディスは早くも泣き出しそうになっている。
 その彼女が真っ先に、エイミーの存在を思い出し、エイミーを見た。
 瞬時にして真っ青になる顔を、エイミーは見ていた。
 取り巻きたちが次々と、エイミーの存在を思い出す。
 怯えた彼女たちの表情が、一斉にエイミーに集まった。
「次、誰?」
 エイミーの言葉に、取り巻き立ちは喉の奥で悲鳴を上げた。
 メレディスが、すとんとその場に座り込んだ。
 それが合図だったかのように、その他の取り巻きたちが後ずさり、足元が滑るのも厭わずに走り出した。
 エイミーの視線が、メレディスに落とされる。
 メレディスは、ただひたすらに首を振っていた。
 腰が抜けてしまったらしい。
 途端に情けなく、気力がなくなり、エイミーは呆然とメレディスを見下ろしていた。
 やがて、橋の上も騒がしくなりそうな気配がし、エイミーはゆっくりとメレディスに背中を向けると、家へ向かって歩き出した。


 連絡を受け、スピード違反になるかもしれない可能性を省みず、エイミーの母親が仕事から戻ってきた。
 父親もまた、車から降りたところだった。
「あなた、どうしたの?」
「分からん、俺も連絡があったばかりだ」
 家には既に警官が到着しており、母親は彼らを掻き分けるようにして家の中に入っていった。
「エイミー!」
 名前を呼べば、キッチンにいた、ひげを蓄えた警官とエイミーが振り返る。
 駆け寄り、警官を横に押しのけた。
「ウィルソン夫人」
「うちの子に何をしたんですか?」
「何もしていません。質問もまだしていません。奥さんが帰ってくるのを待っていました」
「ああ、エイミー。どうしたの? 大丈夫?」
 慌てふためいた様子で、母親はエイミーの顔を包んだ。
「ああ、髪の毛までぐちゃぐちゃになって……いったい何があったの?」
「奥さん」
「あなたは黙ってて」
「エイミー」
 遅れて入ってきた父親が、エイミーを見、そして警官を見た。
「ウィルソンさん。少し、向こうでお話を聞いていいですか?」
「ああ、いいが……。エイミー、無事か?」
「娘さんは無事です。さ、こちらへ」
 警官に促されるまま、父親は居間へと去っていった。
 その様子を見送り、母親はエイミーに視線を戻した。
「エイミー。何があったの?」
「…………」
「エイミー、話してちょうだい」
 俯いていたエイミーは、目だけ上に向け、母親を見た。
「黙っていたら分からないでしょ? 何があったの?」
「……ギャビーが……」
 ぼそぼそと、エイミーが口を開く。
「なあに?」
「ギャビーがね、川に落ちて死んじゃったの」
 エイミーの説明に、母親は一瞬、呼吸をするのを忘れた。
「え?」
「学校からの帰り道、ギャビーが川に落ちて、死んじゃったの」


 警官に促されたが座ることなく、ソファの近くをうろうろとし、父親は顎をしきりに撫でていた。
「……それで、エイミーがその子を押した、と?」
「ええ。目撃者もいます」
「……そんな馬鹿な……」
「ですが彼女は、『エイミー』がやった、と言っています」
 警官の言葉に、何、と父親が疑問調で聞き返す。
「友達の『エイミー』がやった、と」
 その言葉に、ああ、と父親が納得し、顔を撫でた。
「アリソンが――、彼女の親友が引っ越してから、同じ名前の友達ができたと言っていた。その子がギャビーを?」
「いえ」
「でも、娘はその子がやったと言っているんだろ? 嘘をつくような子じゃない。ましてや、友達の背中を押すなんて……」
「ウィルソンさん。『エイミー』はいません」
 父親が足を止め、理解できない、と警官を見る。
「学年の中で、娘さんの言う赤毛でウェーブがかった髪のエイミーは、彼女しかいません」


 キッチンでは、母親がエイミーの手を握っていた。
 彼女の口から、吐息が漏れる。
「……そう。『エイミー』がギャビーの背中を押したの」
 確認する母親に、うん、とエイミーは迷いながらも小さく頷いた。
「それで、エイミー。その『エイミー』は今どこにいるの?」
 その質問を聞き、不思議そうな顔をしてエイミーは首を傾げた。
「いるよ?」
 返ってきた娘の返答が理解できず、母親はもう一度目で尋ねた。
「ここに、いるよ?」
 何言っているの、ママ、と、エイミーが怪訝な表情をする。
「……エイミー、冗談は止めなさい」
「冗談じゃないよ?」
「エイミー」
 口調を強くすると、エイミーは口をつぐんで黙った。
「友達を庇う気持ちは分かるわ。けど、本当のことを言いなさい」
「…………」
「エイミー」
「…………」
 俯いていたエイミーが、母親を見る。
 無言で、話なさい、と圧力をかける彼女と暫く目を合わせ、ふと、誘導するようにエイミーは視線を母親の後ろに転じた。
 それにつられ、母親が後ろを向く。
 キッチンの食器棚があるばかりで、そこには誰もいない。
 ため息をつき、母親はエイミーを見据えた。
「エイミー。大事なことなの。素直に答えなさい。その子はどこにいるの?」
 再度の質問に、エイミーはもう一度視線を食器棚のほうに転じた。
「そこに、いるよ?」
 何で分からないの、とエイミーが困った顔をする。
 母親は眉根を寄せた後、もう一度、後ろを振り返った。
 相変わらず、食器棚があるばかりだ。
 だが、その一点に、彼女の視線が釘付けとなった。


 ガラス張り、そこに映る母親とエイミー。
 ウェーブがかった髪を下ろし、白いマフラーを首に巻いたエイミー。


 彼女の口元は、薄っすらと笑っていた。



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