翌日の朝。
鏡の前で全身を確認したが、母親譲りの服も、白いマフラーで前を隠せば思うほどダサいものではなかった。
マフラーを買うことにあまりいい顔をしなかった母親も、珍しいものでも見るようにエイミーを見た。
三つ編みから逃れることはできなかったが、それでもエイミーは自信を持ち、いつもよりも足取り軽く、学校へ向かった。
ロッカーから教室に行くまで、振り返る生徒たちが数人いたが、彼らの視線は、それほど悪いものではなかった。
遠くからのギャビーたちの視線を感じたが、エイミーは『エイミー』の言うことに従って振り返らなかった。
「エイミーに構って欲しいのよ。何だかんだ言って」
『エイミー』はにっこりしながらそう言った。
もっともなことだ、とエイミーも頷いた。
不思議なことに、もうギャビーを学校のアイドルとして羨み、憧れる感情は湧き上がってこなかった。
ギャビーはかわいい。
かわいいけれども、エイミーは彼女の裏の顔を知っている。彼女の取り巻きの性格も知っている。
彼女は、大勢からちやほやされていないと不安な子なのだ。
それは本当の友達なんかじゃない。
『エイミー』が語ってくれた。
アリソンがいなくなってから、たった1人、心の内を明かせた『エイミー』。
彼女のように強くなりたい。エイミーはいつからか、そう思っていた。
橋の上から眺めるチャールズ川は、厚い氷で覆われていた。
所どころ、薄い部分があり、川の上を散策する人たちは注意しながら歩いている。
その様子を見ながら、エイミーは手すりの雪をすくった。
少し時間が経っているのか、固まった氷になっており、予想していた量は手に入らなかった。
「エイミー」
後ろからギャビーの声が聞こえてき、エイミーは振り返った。
睨むようにエイミーを見据え、ギャビーが立っていた。彼女の周りには、相変わらず取り巻きたちがいる。
「川なんか覗きこんじゃって。飛び降りたいの?」
相変わらずのギャビーの口調に、取り巻きたちがくすくす笑う。
黙っているエイミーを尻目に、ギャビーは手すりに手をかけると、下を覗き込んだ。
ぱらぱらと、彼女の手の下から氷っぽい雪が落ちる。
「こっち側からだとよく見えないでしょ。向こう側に立ってみたら?」
「立ってみたら?」
メレディスが、ギャビーの言葉を復唱する。
エイミーは俯きがちに彼女たちを見ながら、黙っていた。
「ああ、エイミーは意気地なしだから、そんなことできないか」
ギャビーはそういうと、自分はできるとでもいうように、手すりに体重を預け、少しばかり身を乗り出した。
高所恐怖症の取り巻きの1人が、小さく悲鳴をあげる。
「大丈夫よ、こんなの怖くないわ」
何ということはない、とギャビーが足を地面に下ろし、胸を張って答える。
その自信ありげな笑みのまま、エイミーを見た。
エイミーとしては、そのどこが素晴らしいのか分からなかったが、取り巻き立ちは羨望の眼差しをギャビーに送っていた。
「……何無視してるのよ」
エイミーから何も反応がないことに対し、ギャビーが声のトーンを落として尋ねた。
少しばかりびくつき、エイミーは彼女を見た。
無視、と言われたが、今、こうしてギャビーと向き合っている。無視はしていない。
そう言いたかったが、エイミーは腕を下ろしただけで、反論はできなかった。
頭の中では、言い返しなさい、と声が聞こえる。
脈拍が増加しているのを感じながら、エイミーは拳を握った。
「聞いてんの? 何無視してんのよ」
口調が荒くなったギャビーに、取り巻き立ちも、ギャビーを無視するなんて許せない、と無言の圧力をかけてくる。
呼吸が速度を増し、エイミーの耳の奥の鼓動が大きくなった。
「いい加減にしなさいよ。生意気」
一歩、ギャビーが足を踏み出す。
思わず、エイミーは一歩退いた。
その様子に満足したのか、ギャビーが、ふっと笑った。
「似合わないマフラーなんかしちゃって。どうしたの? 何があったの?」
「…………」
「突然お洒落に目覚めちゃって。あ、勘違いしないでね。あなたのそれはお洒落じゃないわ」
「…………」
「そのマフラー、あんたには豚に真珠よ。私が使ってあげる。貸しなさい」
「…………」
「貸しなさいよ」
「……嫌」
「貸しなさいって!」
「嫌!」
エイミー自身びっくりするほど、強い大きな声が出た。
それに怯んだのか、ギャビーは差し出していた手を引っ込めた。
「……生意気言わないでよ。あなたには似合わないって言ってるでしょ?」
「似合っているもん」
「は? 何言ってるの?」
「『エイミー』は似合っているって言ったもん!」
それを聞き、呆れたようにギャビーは横を向くと息を吐いた。
「何言っているのよ」
「『エイミー』はかわいいって言ってくれたもん! 私、似合っているもん! だから、ギャビーには貸さないし、あげない!」
そこまで言い切って、エイミーは息を吸った。
言えた。
ギャビーに向かって、ちゃんと言えた。
鼓動が速い。
ものすごく緊張しているせいか、手が小刻みに震えている。
「似合ってないわよ、このダサ女!」
「ダサくなんかないもん!」
「ダサいわよ! いっつも!」
「違うもん! 『エイミー』が言っていたもん!」
「ダサダサよ! せっかくのマフラーが台無しじゃない!」
「違うもん! 『エイミー』は似合っているって言ってくれたもん!」
「似合ってないわ!」
「似合ってる! 『エイミー』が言ってたもん!」
「いい加減にしてよ!」
ギャビーもまた肩を上下させ、大声で言った。
「『エイミー』なんてどこにいるの? どこにもいないじゃない! あんたが勝手に勘違いしているだけよ!」
「いるもん! 『エイミー』はここにいるもん!」
隣を示して、エイミーは叫んだ。
エイミーの頭の中が、わんわんと鳴り始めた。
「いないわよ! 最初は面白いからあんたのホラ話に付き合ってきてあげたけど、もう面白くないわ。いい加減にして!」
「いるもん!」
「いないわよ!」
「いるもん!」
「いない!」
『エイミー』はいない。
その言葉を聞いて、エイミーの頭の中の音が大きさを増した。
「よく見なさいよ、どこにいるの!? 誰もいないじゃない! あんたのおふざけに付き合うのはもうこりごりよ!」
「いるもん!」
ギャビーの声もかき消されそうなほど、わんわんとした耳鳴りのような音が、エイミーの頭の中を支配する。
「うるさい! そんなダサい名前の子、あんただけで十分よ!」
心拍数が増加する中鋭く聞こえてきたギャビーの一声に、エイミーの頭の中の音が、ふつ、と消えた。
服装はエイミー自身も認める。時代遅れのダサいものだ。
でも名前は――
「早く寄越しなさい!」
伸びてきたギャビーの手を、『エイミー』は力いっぱい、はたいた。
驚いて、ギャビーが後ずさりつつ、右手を抱える。
「あげない」
打って変わって落ち着いた声音がエイミーの口から出てきた。
それまで荒かったはずの呼吸も、鎮まっている。
きゅっと引き結ばれた口元で、エイミーはギャビーを見据えていた。
「……ど、どうしたのよ、エイミー」
「あげない。ギャビーには似合わないから、あげない」
背筋を伸ばし、エイミーが言い放つ。
ふと、エイミーが自分の肩に視線を落とした。
「やだ。また三つ編み」
そう呟くと、エイミーは苛苛した様子でゴムを解き、ウェーブのかかった髪を下ろすと手櫛で整えた。
痛みの少ない赤毛の髪は、すぐに通りのいい髪に変わった。
「……エイミー?」
恐る恐る尋ねるギャビーに、エイミーは鋭い目線を送った。
圧倒されたのか、ギャビーが息を呑むのが分かった。
なあんだ。
エイミーは心の中で失望しながら、ギャビーを見ていた。
注目の的の割りには、すごい臆病。取り巻きたちも、ただただおろおろするばかりでギャビーの指示がなければ動けない。
エイミーは、笑った。
「こんなところで何しているの? ギャビー」
尋ねながら、一歩ずつ、ゆっくりと前に進む。
対応するように、ギャビーたちがゆっくりと後退する。
ふと、エイミーは横手の川の存在に気づいた。
手すりは、多少高いものの乗り越えられない高さではない。
「ああ、ギャビー。川を見に来たのね」
首をわずかに傾げ、エイミーは微笑を残したままギャビーを見た。
「こっち側からだとよく見えないでしょ」
足を止め、首の角度を戻す。
「向こう側に立ってみたら?」
エイミーの提案に、ギャビーは嫌な汗を背中に感じた。
ふと、エイミーの視線がメレディスに移る。
「立ってみたら?」
先ほど、メレディスがエイミーに対して放った言葉。
メレディスは、ギャビーの後ろに隠れるように慌てて後退した。その途中、足元の氷に足を取られ、転びそうになった。だが、誰も笑おうとはしなかった。
エイミーの視線が、再びギャビーに戻った。
「どうなの? ギャビー」
「……な、何がよ」
「怖くないんでしょ?」
尋ねられ、ギャビーは黙り込んだ。
「あれ? おかしいな。私の聞き違いかな。それとも、やっぱりギャビーは意気地なし? 臆病者?」
「違うわよ!」
力強く言った後、ギャビーは引き返せない状況に自らを陥れてしまったことに気づいた。
「そう。それじゃ、向こう側に立ってみてよ」
一歩、前に足を踏み出し、エイミーが促す。
「どうしたの?」
「…………」
「怖いんでしょ?」
「ギャビー、あんな子の言うことなんか聞かなくても――」
「メレディスは黙ってて」
ギャビーに遮られ、メレディスはびくっと体を跳ねさせると黙り込んだ。
「……いいわよ。向こう側に立てばいいんでしょ?」
「ギャビー」
「大丈夫よ」
心配する取り巻き立ちを振り返り、しかしすぐに前を向いた。
「私、エイミーと違って臆病じゃないもの」
言いながらもギャビーの体はかすかに震えていた。
荷物を取り巻きに渡し、ギャビーは手すりに手をかけた。
「ギャビー、危ないよ」
「戻って」
取り巻きたちが、おろおろと、ギャビーを止めようとする。
そんな彼女たちをエイミーが一瞥すれば、途端に尻込みし、ギャビーから離れた。
「見ててよエイミー。私、臆病じゃないんだから」
そういうとギャビーは地面を蹴り、手すりに乗せた手に全体重を預けた。
そのままゆっくりと、慎重に足を一本ずつ向こう側に回す。
ぱらぱらと、氷が落ちていく。
足場を確かめるように、ギャビーはゆっくりと、足を下ろした。
1本、そして2本。
息を吐きながら、体重を足の上に推移させる。
「……どう?」
できたでしょ、と満足げに、だが引きつった笑いでギャビーはエイミーを見た。
安堵の吐息が取り巻きたちから漏れた。
転瞬。
「こっち側向いて? 川を見たいんじゃなかったの?」
エイミーの追い討ちに、ギャビーの表情が硬くなった。
取り巻き立ちがエイミーを見るが、何も言えない。誰も止められない。
迷うギャビーに、近づき、
「意気地なし」
とエイミーが告げた。
その一言で火がついたか、ギャビーがきっと顔を上げた。
「できるわよ」
強気で言い放つと、ギャビーはゆっくりと、体の向きを変えていった。
まず、足の角度を変える。
わずかな足がかりに積もった雪は凍り、一瞬、ギャビーが滑りそうになった。
取り巻きたちが情けないような声を上げる。
それに気づいたのか、川を散策していた人がこちらを見上げた。
「おい! 何しているんだ!」
だが集中しているギャビーの耳に、その言葉は聞こえなかった。
ギャビーのことを不安そうに見守る取り巻きたちも同じだった。
唯一、エイミーだけその声を聞いていたが、彼女は聞こえないふりをした。
やがて、ギャビーが完全に川のほうを向いた。
目下に広がる氷に覆い尽くされた白い川。
所どころ、薄い氷の下に囚われた空気の泡が見える。
速い鼓動の中、ギャビーは必死に、呼吸を整えた。
「……どう? 私、すごいでしょ。臆病じゃないのよ?」
川のほうを向いて立ったギャビー。取り巻きたちから、感嘆の声が漏れた。
「私、本当にすごいんだから」
ギャビー自身も満足したのか、白い息を吐きながら、自賛の笑みを空に投げた。
賛美を受けて、図に乗るギャビー。
エイミーは面白くなかった。
私、嫌い。
遠くから、事態に気づいた大人たちの声が聞こえてくる。
「あなたはどうなの? エイミー」
後ろにいるエイミーを意識しながら、ギャビーが尋ねる。
「私、そんな危険なことをするほど馬鹿じゃないの」
エイミーは答えた。
「だって、こうやって誰かが後ろから押すかもしれないじゃない」
エイミーの一言が耳に入り、驚いたようにギャビーが振り返ろうとした。
私、嫌い。
「こういう子、すっごく嫌い。いなくなっちゃえばいいのよ」
呟きながら、エイミーはギャビーの背中を押した。
あっ、という声が聞こえた気がした。
けれど、それに気づくよりも何よりも、エイミーは手すりからきれいに離れていくギャビーの手を追っていた。
しんなりとたわんだギャビーの背中。
まるで時間の進みが遅くなったかのように、緩やかな弧を描いて、ギャビーの体がゆっくりと傾いていく。
そのまま落ちるのかと思っていたが、身の危険をようやく知ったギャビーが、ブロンドの髪をなびかせながら振り返り、手を伸ばした。
きれいに落ちる形が崩れてしまった。
エイミーはギャビーの視線を残念そうに見送り、手すりに手をかけた。
もう、ギャビーの体はまっさかさまに落下している。
それからは速かった。
氷の割れる音と水しぶきが同時に聞こえてきた。
目を見張ったギャビーがそれに呑み込まれていった。
最後の彼女の表情は、とてもじゃないがアイドルとは言い難く、情けない顔をしていた。
ああ、これでも一時は、憧れの対象だったのに。
失望を感じつつ、エイミーは不規則に割れた氷の近く、白いところが赤く染まる様子を見ていた。
後ろから、取り巻きたちのうるさい悲鳴が聞こえてくる。
うるさいな。彼女たちもいなくなっちゃいえばいいのに。
橋の下、ギャビーが浮かんでくる様子はなかった。
大人たちが駆けつけるが、手遅れだろう。
エイミーは、手すりから手を離すと取り巻きたちを見やった。
口を押さえてギャビーの名前を叫ぶ彼女たちは、それぞれが信じられない、という表情をしていた。
メレディスは早くも泣き出しそうになっている。
その彼女が真っ先に、エイミーの存在を思い出し、エイミーを見た。
瞬時にして真っ青になる顔を、エイミーは見ていた。
取り巻きたちが次々と、エイミーの存在を思い出す。
怯えた彼女たちの表情が、一斉にエイミーに集まった。
「次、誰?」
エイミーの言葉に、取り巻き立ちは喉の奥で悲鳴を上げた。
メレディスが、すとんとその場に座り込んだ。
それが合図だったかのように、その他の取り巻きたちが後ずさり、足元が滑るのも厭わずに走り出した。
エイミーの視線が、メレディスに落とされる。
メレディスは、ただひたすらに首を振っていた。
腰が抜けてしまったらしい。
途端に情けなく、気力がなくなり、エイミーは呆然とメレディスを見下ろしていた。
やがて、橋の上も騒がしくなりそうな気配がし、エイミーはゆっくりとメレディスに背中を向けると、家へ向かって歩き出した。
連絡を受け、スピード違反になるかもしれない可能性を省みず、エイミーの母親が仕事から戻ってきた。
父親もまた、車から降りたところだった。
「あなた、どうしたの?」
「分からん、俺も連絡があったばかりだ」
家には既に警官が到着しており、母親は彼らを掻き分けるようにして家の中に入っていった。
「エイミー!」
名前を呼べば、キッチンにいた、ひげを蓄えた警官とエイミーが振り返る。
駆け寄り、警官を横に押しのけた。
「ウィルソン夫人」
「うちの子に何をしたんですか?」
「何もしていません。質問もまだしていません。奥さんが帰ってくるのを待っていました」
「ああ、エイミー。どうしたの? 大丈夫?」
慌てふためいた様子で、母親はエイミーの顔を包んだ。
「ああ、髪の毛までぐちゃぐちゃになって……いったい何があったの?」
「奥さん」
「あなたは黙ってて」
「エイミー」
遅れて入ってきた父親が、エイミーを見、そして警官を見た。
「ウィルソンさん。少し、向こうでお話を聞いていいですか?」
「ああ、いいが……。エイミー、無事か?」
「娘さんは無事です。さ、こちらへ」
警官に促されるまま、父親は居間へと去っていった。
その様子を見送り、母親はエイミーに視線を戻した。
「エイミー。何があったの?」
「…………」
「エイミー、話してちょうだい」
俯いていたエイミーは、目だけ上に向け、母親を見た。
「黙っていたら分からないでしょ? 何があったの?」
「……ギャビーが……」
ぼそぼそと、エイミーが口を開く。
「なあに?」
「ギャビーがね、川に落ちて死んじゃったの」
エイミーの説明に、母親は一瞬、呼吸をするのを忘れた。
「え?」
「学校からの帰り道、ギャビーが川に落ちて、死んじゃったの」
警官に促されたが座ることなく、ソファの近くをうろうろとし、父親は顎をしきりに撫でていた。
「……それで、エイミーがその子を押した、と?」
「ええ。目撃者もいます」
「……そんな馬鹿な……」
「ですが彼女は、『エイミー』がやった、と言っています」
警官の言葉に、何、と父親が疑問調で聞き返す。
「友達の『エイミー』がやった、と」
その言葉に、ああ、と父親が納得し、顔を撫でた。
「アリソンが――、彼女の親友が引っ越してから、同じ名前の友達ができたと言っていた。その子がギャビーを?」
「いえ」
「でも、娘はその子がやったと言っているんだろ? 嘘をつくような子じゃない。ましてや、友達の背中を押すなんて……」
「ウィルソンさん。『エイミー』はいません」
父親が足を止め、理解できない、と警官を見る。
「学年の中で、娘さんの言う赤毛でウェーブがかった髪のエイミーは、彼女しかいません」
キッチンでは、母親がエイミーの手を握っていた。
彼女の口から、吐息が漏れる。
「……そう。『エイミー』がギャビーの背中を押したの」
確認する母親に、うん、とエイミーは迷いながらも小さく頷いた。
「それで、エイミー。その『エイミー』は今どこにいるの?」
その質問を聞き、不思議そうな顔をしてエイミーは首を傾げた。
「いるよ?」
返ってきた娘の返答が理解できず、母親はもう一度目で尋ねた。
「ここに、いるよ?」
何言っているの、ママ、と、エイミーが怪訝な表情をする。
「……エイミー、冗談は止めなさい」
「冗談じゃないよ?」
「エイミー」
口調を強くすると、エイミーは口をつぐんで黙った。
「友達を庇う気持ちは分かるわ。けど、本当のことを言いなさい」
「…………」
「エイミー」
「…………」
俯いていたエイミーが、母親を見る。
無言で、話なさい、と圧力をかける彼女と暫く目を合わせ、ふと、誘導するようにエイミーは視線を母親の後ろに転じた。
それにつられ、母親が後ろを向く。
キッチンの食器棚があるばかりで、そこには誰もいない。
ため息をつき、母親はエイミーを見据えた。
「エイミー。大事なことなの。素直に答えなさい。その子はどこにいるの?」
再度の質問に、エイミーはもう一度視線を食器棚のほうに転じた。
「そこに、いるよ?」
何で分からないの、とエイミーが困った顔をする。
母親は眉根を寄せた後、もう一度、後ろを振り返った。
相変わらず、食器棚があるばかりだ。
だが、その一点に、彼女の視線が釘付けとなった。
ガラス張り、そこに映る母親とエイミー。
ウェーブがかった髪を下ろし、白いマフラーを首に巻いたエイミー。
彼女の口元は、薄っすらと笑っていた。
了
