IN THIS CITY

閑話2 Be A Family Again

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04 Be a Family Again

 クラウスは玄関のドアを開け、屋内に入った。
 蛍光灯の光の強さに目が痛む。どうやら思っていたよりも長く外にいたらしい。
 1人去って静かになった部屋に、秒針の動きが小さく響く。
 カリカリという作業音を聞く限り、まだパソコンの復旧は終わっていないようだ。
 椅子の元へ足を運び、腰掛ける。
 重心を決めると、バランスをとるように足を組んだ。
 落ち着いた空気が室内に層を成す。
(……あんなこと気にしていやがったのか)
 先ほどのウォレンの言葉を思い出し、彼が立っていたところを漠然と視界に入れつつ8年前を思い返す。
 家族面するな。所詮血は繋がっちゃいない。
 そう言われた直後はかっとなった。それは否めない。今までウォレンがそんな心情で自分と顔を合わせていたのかと思うと、感情を制御することができなくなった。
 ふと、右手の甲に視線を落とす。
 激昂に便乗して思わず殴ったのも、その衝撃が骨まで響いたのも事実だ。
 薬のせいで感覚が鈍っていたにせよ、ウォレンは反射的に避けようと思えば避けられたはずだった。しかし避けようともせず、繰り出された外力を全て受けた彼を見た瞬間、放たれた言葉が本心ではなかったことを悟った。
 言えばクラウスが傷つくことくらいウォレンも分かっていたはずだ。先ほどの謝罪を聞けば、8年の間ずっと後悔していただろうことも察することができる。
 あの言葉を吐いてまでしても、荒んだ姿を見せたくなかったのだろう。
 確かにクラウスを追い払うには十分な効果はあった。
 とはいうものの、言葉自体が直接的な原因となったわけではない。ウォレンにそう言わせてしまうほど酷だったであろう『事件』のほうが、クラウスにとってはショックだった。
 行き場のない怒りを、しかしウォレンにぶつけることもできず、クラウスは混乱する頭を落ち着かせようと部屋を飛び出した。皮肉なまでにさんさんと降り注ぐ太陽光の下を荒々しく歩きつつ、眩しい白色の近隣の建物を睨んだ。
 次第に冷静さを取り戻す中で、踵を返そうとした。だが、あの状態ではまともな会話はできそうになく、時間が必要だと感じた。一応アレックスが側にいるのだから、最悪の事態にはならないだろう。立ち止まった足を再び動かし、クラウスは宿泊先のモーテルに戻った。戻ったものの、心配が消えるわけでもなかった。加えて、アレックスにウォレンを任せていいものかという疑問が膨れ上がり、もう一度アパートを訪れた。
 しかし、大した時間など経っていなかったのに、部屋は少ない家具類を残してもぬけの殻となっており、ウォレンはおろかアレックスの姿も見つけ出すことはできず、また彼らが帰ってくる気配もなかった。
 示された拒絶と、力になれない自分自身への失望に挟まれ、最終的には、勝手にしろ、という心境に達した。
 大学生活に戻ってからも何度か連絡をしようと思った。が、結局連絡先を突き止めることができず、断念し続けた。その内に実生活が忙しくなり、やがてアンソニーがウォレンと連絡をとっていることを知ると、元気にやっているという事実に安心し、そのまま時間が過ぎるようになっていった。
 そして、今日に至る。
 合わない焦点のまま、クラウスはパソコンの画面を見た。
 昔のような状態には戻れないことが分かっていたから、再会することを拒んでいたのだろうか。
 幼い頃に母親を亡くしたことが無自覚にもトラウマとなっているのならば、物理的でないにしても、もう1人、家族を失うことに対して恐怖心を抱いていたのかもしれない。
 確かに、以前のような状態には戻れない。
 だが今夜再会し、別の形を確立するという道があることが分かった。
 再び、ウォレンが立っていた場所に目をやる。
(……『悪かった』、か)
 本気で放った言葉でもないのに、本人が謝罪してきたとあってはそれを受け取るしかない。
 そうなると、とクラウスは椅子の背にもたれかかった。
 こちらも、思いっきり殴ったことに対して詫びを入れなければならないではないか。
 けどなぁ、と渋い顔をする。
(……あいつには、なんか謝りたかねぇんだよなぁ)
 昔の生意気なウォレンを思い出し、小さくため息をつく。
 同意するかのように、パソコンがほんの少しだけ忙しそうな音を立てた。
 組んでいた足を崩し、前方に重心を移動させるとクラウスはデスクの上に肘を乗せ、頬杖をついた。
 ふと、視界の隅に光の変化を感じ、その方向を見る。
 クラウスの目が、そーっと書斎のドアを開けるアンソニーの姿を捉えた。
 見える範囲で居間をスキャンすると、アンソニーはクラウスを見た。
 暫時、無言の時間が流れる。
「……まだ直っちゃいねーぞ」
 作業の報告だけをすれば、あ、そう、とアンソニーが適当な相槌を返す。
「ウォレンは帰ったのかな?」
 再び居間の様子を窺いつつ、アンソニーが尋ねた。
「帰ったっつーか、逃げたっつーか」
 ぶっきらぼうに告げ、玄関のドアを見る。当然ながら、閉じられたドアが動く気配はない。
 ふぅん、とアンソニーはクラウスにつられて玄関を見やった。
 彼の体重が書斎のドアの柱と取っ手に預けられ、軋んだ音が発生する。その源であろう箇所に目をやり、次いでアンソニーはクラウスを見た。
 目と目が合う。
「……もう書斎にいる必要はないんじゃねぇの?」
 息子の言葉に、うん、と頷き、体重を両足に乗せ、居間に足を進めた。
「それで、仲直りはできたのかな?」
 直接的に質問し、アンソニーはクラウスの様子を窺った。
 このやろう、という視線が返ってくる。
「……全部聞いてたんだろ」
「声が大きかったからね、特にお前の」
 不可抗力、と両手で示し、アンソニーはソファーへ腰を落ち着けた。
 クッションを並べ替え、座り心地をよいものにし、形ばかりに新聞を手にする。
「よかったじゃないか」
 読むわけでもなく、ただ単に文字列を目に入れ、アンソニーは呟く。
 クラウスからは、適当な、素っ気ない相槌が返ってきた。
「長い喧嘩だったね。8年以上も、だっけ?」
 先ほどよりもより冷たい声が返ってくる。明らかに、掘り下げるな、という空気を孕んでいた。
「まぁ、若い内は色々と難しいことがあるのかね」
 何一つ記事を読破せず、アンソニーは新聞をめくる。
 何も返事は来ず、パソコンの作業音だけが連続的に届いてくる。
「私が割ってはいるのもどうかと思ったんだけど」
 記事の見出し文句のアルファベットだけに目を通す。
「ほっとくとお前たちがおじーちゃんになっちゃいそうだったしなぁ」
 アンソニーは流れるように次の頁へ視線を移した。
「今の時代、通信手段は色々とあるのに、全くもって連絡をとろうとしないんだから」
 ざっと見たところ、今日の記事の見出しはどうやら『B』率が高いらしい。
「子供でもあるまいし――」
「あーもーうるせぇ分かったよ悪かったなわざわざ親父の手を煩わせる結果にしちまって」
 波状に投じられる言葉に耐えかね、クラウスは区切りを入れずに一気に吐き出した。
「どういたしまして」
 新聞から顔を上げ、アンソニーはにっこりと笑って見せた。
 その表情に、クラウスは深いため息をつく。ウォレンが逃げたのは、ひょっとしたらこの状況を予測してのことだったのかもしれない、と憎たらしそうに玄関のドアを見やる。次に会ったら文句を言ってやらなければならない。
「ともあれ、和解したのなら今度3人で食事にでも出かけようか」
 アンソニーの提案に、クラウスは彼を見た。
「勿論、お前たちのおごりで」
 ごちそうさま、とアンソニーが笑う。クラウスは暫く彼を見た後、眉をしかめた。
「……飲みすぎないって保障は?」
「祝いだよ? 飲むに決まっているじゃないか」
「親父は量が尋常じゃねぇんだよ」
「普通だよ」
「異常だ」
 そうかなぁ、とアンソニーが新聞に目を戻す。
 ほどなくして、パソコンが復旧作業の完了を知らせてきた。
 無機的な音を出してCDドライブが開く。
「……ま、時間が合えばな」
 一言呟き、クラウスはCD-ROMを取り出す。
 了承の返事と解釈し、アンソニーは柔らかに微笑した。
「使うか?」
 尋ねられ、アンソニーは顔を上げるとクラウスを見た。復活したらしいパソコンを指差している。
 首を振るアンソニーを見、なら電源落とすぞ、とクラウスがシャットダウンの準備に取り掛かる。
 暫くの間、淡い電子的な音が続き、やがて静かな空間に溶け込むようにそれは消えていった。
 終了したことを確認する間を置いて、クラウスは椅子から立ち上がった。
「とりあえず、妙なメールは開かずに捨てろ」
 忠告に、うん、とアンソニーが小さく頷く。
「あと、これをインストールしておけ。それくらいできるだろ」
 言いながらクラウスはウィルス対策用のソフトを見せ、それをデスクの上に置いた。
「できるかな」
「できろよ」
 どうかなぁ、とアンソニーが首を傾げる。
 そんな彼を無視し、クラウスは荷物をまとめ、上着を手に取った。
「あれ、泊まっていけばいいのに」
 新聞をソファの上に置き、アンソニーが立ち上がる。
「明日早く行かなきゃなんねーからな。俺は朝が苦手なんだよ」
 クラウスの一言に、そうだったね、とアンソニーは頷く。
「ま、ともかく今日はありがとう。助かったよ」
「少しは勉強しとけ」
「うーん」
 気のない声を出せば、咎めるような視線を寄こされた。アンソニーは一度視線を逸らして誤魔化す。
「バイクで来たの?」
「ああ」
「気をつけるんだぞ」
 上着を羽織り終わった息子に声をかければ、適当な返事が返ってくる。
 荷物を手に取り、数歩進みかけてクラウスは足を止めた。
「……あいつ、ここにはよく来るのか?」
 尋ねられ、ふぅむ、とアンソニーは考えた。
「少なくとも、ここ数ヶ月はそこそこ顔を出しにきてるかな」
 以前は怪我をしたときだけだったっけ、と振り返るが、それは口には出さなかった。
 彼から視線を逸らし、ふぅん、とクラウスが頷く。
「一応連絡先は聞いてあるから、教えようか?」
 視線を一旦アンソニーに戻した後、クラウスは、
「いーよ、別に」
 と言いながら再び足を動かし、じゃあな、と振り向かずに軽い一言を残して玄関のドアを開け、そのまま外に出ていった。
 明確な挨拶がなかったせいか、ドアが閉まる音でクラウスが帰ったことを認識すると、アンソニーは遅ればせながら無人のドアに向かって小さく手を振った。その先で、階段を下りる足音が徐々に小さくなっていった。


 息を吐けば、まだほのかに白く空気が染まる。
 駆け足だった歩調を落とし、ウォレンはギルバートのバーの方へ足を動かしていた。
 今頃クラウスはアンソニーの小言に付き合っているはずだ。次に会うときには真っ先に文句を言われることだろう。
 逃げやがって、と思われても仕方ない。逃げたわけではないのだが、そう否定できるものでもない。ただなんとなく、あの場を去ってしまった。
 過去のあの時点で止まっていた時間については、それなりに前に進めることができただろう。クラウスにはまだ納得いかないところがあるかもしれないが、だとしても全てを話す必要はない。
 話を切り上げて外に飛び出したのは、他でもない。
 あのままあの場に留まっていれば、話の焦点は『現在』に切り替わっていただろう。
 せっかく再会したのだ。
 ただでさえ、張り詰めて重苦しく始まった空気を、あれ以上悪くさせたくなかった。
 だが、とウォレンはどこに焦点を合わすでもなく顔を上げた。
 ただ、先延ばしにしただけだ。
 いずれは真正面から衝突することになる。
 先ほどは会話の流れを中断することができたが、今度はそうはいかないだろう。浅い口論では負ける気はしないが、深いところまで掘り下げられると、クラウスは手ごわい。加えて、『正当な正義』は彼の側に存在する。そこは強く否定できるものではないと、ウォレンも理解している。
 ふと、3年前が思い返される。
 アンソニーと話をしたときも、今と似たようなことを考えていた気がする。
 一線を越えてしまった以上、戻るまい、と誓っていたのだが、心のどこか片隅にはそれと対極の感情が存在しており、気がつけば、見慣れたドアの前に立っていた。
 ノックをした後、アンソニーがドアを開くまでは不安だった。
 彼がずっと自分の身を案じてくれていたことは、誰に聞かなくても分かっていた。
 その彼を裏切ってしまったのではないか。
 ひょっとしたら、受け入れてくれないかもしれない。
 そんな不安は、開いたドアの先のアンソニーを見た瞬間に掻き消えた。
 驚いた表情を見せたアンソニーは、じっとウォレンを見つめ、やがて口元を綻ばせ、昔、ウォレンがよく遊びに来たときと同じ言葉で迎えてくれた。
 しかしその中で、ほんの一瞬、彼が見せた目は忘れられるものではない。
 初めてアンソニーと交わした激しい口論の合間にも、その目は存在していた。どんな言葉よりも強く訴えかけてくる、それは今でも変わらない。
 今日のクラウスの目にも、同じ色が浮かんでいた。
 何故、という言葉を中心とした、深く、だが淡い色。
 ふと、曲がり角から折れてきた数人の若者とぶつかりそうになり、足の動きと思考が途切れる。彼らに道を譲りつつ、無駄な喧嘩にならないよう、短い詫びの言葉が経験的に口をついて出る。
 それでも彼らは何か文句を言ってきたが、振り返らずにそのまま歩を進め、中断していた思考を呼び起こした。
 今ではアンソニーと話し合うことはなくなった。何度も論戦を繰り返した結果、ウォレンの現状に対して彼は静観の立場をとることにしたらしい。
 根負けしたのか、長く生きている経験から何か考えてのことなのか、それは分からない。
 だが、アンソニーと違い、クラウスは恐らくどこまでも否定してくるだろう。
(……難しいな)
 理解してくれとは言わない。認めてくれというのも、酷なことだ。
 全く疑問を感じないわけでもないが、納得した上で選んだ道だ。曲げる気はない。
 それならば何故、彼らときっぱり縁を切らないのか。
 このまま接していれば、迷惑をかける可能性が極めて高いというのに、だ。
 その上、あの色をずっと彼らの目に映させることになる。
 それは、とウォレンは自問に対する言葉を探る。
 縁を切るという行為も、彼らを傷つけることになってしまう。
 気にかけてくれている心を、受け流すことはできない。
 そう考えた後で、ウォレンは自嘲した。
 随分と都合のいい言い訳だ。
 あの家庭が心地いい場所だったから、ただそれを失いたくないだけだろう。
 どんなに理由を探しても、つまるところ、甘えからくる自分勝手な行動だ。
 けれど、彼らがそれを許してくれるというのならば、と思ってしまう。
(……この繰り返しだ)
 3年前、ここに戻ってきた時から、何一つ成長していない。
 むしろ逆だな、とウォレンは視線を上げ、深く息をついた。
 肺の中に溜まっていた空気が、新鮮なそれと入れ替わる。
 随分な距離を歩いたと思っていたのだが、ギルバートのバーにはまだ距離があった。
 不意に、後ろに人の気配を感じて振り返る。
 ウォレンの数歩後ろで、タバコを取り出しかけた、同じ歩調で歩いていたらしいアレックスが足を止めた。
「お前気づくの遅いよ」
 振り向いたウォレンに対して一言そう告げると、アレックスは箱を指で軽く叩いてタバコを一本取り出し、それを口にくわえた。
 視線を一旦アレックスから逸らし、彼の後方を目的もなく確認すると、ウォレンは再びアレックスを見た。
 先刻のクラウスの発言が脳裏をかすめる。それを自然に去らせ、ウォレンは怪訝な表情をした。
「何してる?」
 彼の質問に、アレックスは少し考えるふりをすると、
「タバコを吸おうとしてる」
 と不真面目な答えを返した。
 ウォレンが気のない頷きを返す。
 それを受けつつ、アレックスは妙に思いながらもポケットからライターを取り出し、くわえているタバコの下に持っていった。
「何、俺の両脇に美人がいないのがそんなに不思議?」
 相応の笑いを見せつつ、アレックスが言った。
 ウォレンからは、数瞬の間を置いて、別に、という適当な相槌が返ってきた。
 火をつけようとした指先から力を抜き、アレックスはにやけた表情を引っ込めると、いつもと様子の違うウォレンに改めて向き直った。
 何か言おうとしたが、それを止め、ウォレンが歩いてきた方向を一瞥する。
 ギルバートのバーに向かっているだけかと思っていたが、その前に行くところがあったのだろう。
「……アンソニーのとこに行ってたのか?」
 ウォレンを見て尋ねれば、肯定の返事が返ってくる。
 ふぅん、と頷き、アレックスはくわえていたタバコに火をつけた。
 彼との間に何かあったと想像するが、そこは干渉しないことにしている。
 ひとつ吸う間に歩いていた方向に足を動かせば、ウォレンもそれに倣う。
 そういや最近彼と一緒に飲んでないなぁ、と煙を吐きつつ、アレックスは独り言を呟いた。
「酒、飲みすぎてなかったか?」
 並行して歩く左隣のウォレンを窺いつつ、アレックスは尋ねる。
「大丈夫だろ。許容量は人並み外れているし」
「そだね」
 心配するべきなのは彼の肝臓か、とアレックスはタバコを吸った。自分自身は肺を気にかける必要があるかもしれない、とも思うが、禁煙をしようという気はさらさらない。美味い、と思えるのなら、それでいいのだ。
 煙を吐き出すアレックスの隣で、ウォレンが口を開く。
「……クラウスと会ってきた」
 彼の名前を耳に入れ、アレックスの脳裏にも8年前の一件が思い出される。
 アレックスも、あれ以来クラウスを見かけたことはない。
 ウォレンをよくアンソニーの元へ連れて行ったこともあり、クラウスとは面識があったが、これといった会話をした記憶はない。印象に残っているものといえば、ウォレンと一緒に年相応に遊ぶ姿と、穏やかなアンソニーとは反対に鋭い眼をしていたことくらいだ。
 あの事件の後のアパートの部屋で、2人が激しく言い争っていた光景は今でも覚えている。
 だが、クラウスと違い、あの一件とその後の一連の諸々に関しては、ウォレンと同様に過去として消化できている分、アレックスの時間が戻ることはなかった。
 そうか、と頷きを返した後、小さな疑問が首をもたげる。
「あれ。何、ずっと会ってなかったのか?」
 語尾に重なるようにタバコをくわえる。
 数年前にウォレンから、アンソニーに会ってきた、と聞いていたものだから、てっきりクラウスとも和解していたのかと思っていた。が、今のウォレンの雰囲気から推し量るにどうやらそうではないらしい。
「ああ」
 返ってきた言葉に対し、アレックスは軽く眉をしかめる。
「『ああ』って、けっこう時間経ってるよ?」
「……まぁ、ちょっと、色々とあって」
 歯切れの悪いウォレンの言葉に、ははぁ、と半分納得したともとれる相槌を返す。
 年が近いこともあって、難しいところもあったのだろう。
 理由は分からないでもないか、とアレックスはタバコの灰を地面に落とす。
「ガキだなぁ」
 心の底から、というアレックスの言葉に対し、ほっとけ、とウォレンが左前方に視線を逃がす。
 その様子を見、アレックスはウォレンには知られないように小さく笑い、タバコを口に持っていってそれを隠した。
「だって何年だっけ。7、や、8年?」
「それくらいだな」
「電話かける機会くらいあったろうに」
 アレックスの言葉を聞き、昼間にも似たことを言われたな、と思いつつ、分かっている、とウォレンは呟く。


 アンソニーの小言は避けることはできたが、もう1人、より面倒な相手がいたことを忘れていた。
 からかいの混じったアレックスの声から逃れるように歩調を速めたが、それほどの効果はなかった。
 1人楽しそうなアレックスを後ろに、やがてウォレンはギルバートのバーを前方の左手に確認する。
 依然として寄せてくる言葉の波を適当にあしらいつつ、ウォレンはドアを開ける。
 来客を知らせるベルが鳴り、2人は橙色の灯りに照らされた、木枠のドアの中に吸い込まれていった。



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