IN THIS CITY

第1話 Pilot

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03 Deal (1)

 空高く晴れた今日、正午の風は心地よく、気温も快適であった。
 ビジネス街から離れた繁華街は、そんな天気の中、いつも通り賑わいを見せている。
 その一角の飲食店。
「ったく、自首ならそのまま放っとけばいいじゃねぇか」
 昼食時間、デュークは警察署を抜け出して常連の店で軽く腹を満たしていた。
 朝呼び出されて来てみれば、妻殺しの容疑で指名手配されていた男が自首してきたという。その事情聴取が始まっていたところだった。裏づけをとるために捜査を開始したが、犯人が割れていることもあり、半ば気の抜けた仕事となり、ぶつぶつと独り言を呟いきながらカウンターに座っている始末だ。
 客の声に混じって正面に据えられているテレビからニュースが流れている。どちらに意識を傾けるでもなく食後のコーヒーを飲み干すと、内ポケットからタバコを取り出し、慣れた手つきでライターを扱うと火をつけた。
 煙が気管を通って肺を満たす感覚を満喫しながら、深く息を吐く。
 風が背中をなでた気配で、客が入ってきたことを知る。
 振り返ってみれば、2人組の男だった。店内を一通り見渡して、テーブル席が満員であることを確認したらしく、カウンターにやってきて、席をひとつおいてデュークの右隣に座った。
「ビール2つ」
 という声を聞いてデュークは、昼間からアルコールかよ、と小声で呟く。
 仕事中の自分としては飲みたくても飲めない代物だ。いや、飲もうと思えば飲めるのだが、何度か上司から注意を受けているため控えておいたほうがいいだろう。灰皿を手元に引き寄せると、二、三度指で軽く叩いて灰を落とした。
「……みろ、やっぱあの後すぐに谷に下りてりゃよかったんだ」
 周囲は賑やかだが、席が近い2人組の男の会話は耳に入ってくる。別に聞く気はなかったが、聞こえるものは仕方がない。その会話をBGMに、デュークはテレビに目をやった。
「過ぎたことは仕方ない。グチグチ言うな」
「愚痴りたくもなるさ。これは兄貴のせいだからな」
 目を見開いて責めたてる弟に半ば呆れた様子でジョージは両手を広げる。
「分かった。俺のせいだ。認めよう」
「ったく。ケガはしてるだろうけどよ、また一から探し出すとなると厄介だぞ」
「……確かにな」
 淡々とした口調のジョージに対して深くため息をつくと、グレッグは手元に来たビールを一気に半分以上飲み干した。
「ッくー! いら立ったときの解消法にはやっぱこれが一番手軽でいいな」
 軽く皮肉を交えながらジョージを見る。知らん顔で静かにビールを飲む姿がまた憎らしい。
「おい、奴を探すあてでもあるのか? ちったぁ考えろよ!」
「そう怒鳴るな、声を落とせ。今朝方街外れで奴らしい姿を見かけたという情報がある。確信のもてる話じゃないが、別の筋の情報だと奴はこの街をよく訪れているらしい。あながち嘘でもないだろう」
「なんだよ、ンならそうと早く言ってくれよな。午前中無駄に過ごしたじゃねぇか」
 グレッグはいきり立って残りのビールをまた一気に飲み干すと、席を立とうとした。
「待て。下手に動くな」
「じっとしてられるか。早く奴の死に顔を拝ませてくれや」
「忘れたのか、俺達は手配中の身だ。派手に動いてサツにばれたらどうする」
「バレたらそいつらをバラせばいいだけだろーが。今更人数が増えたところで痛くも痒くもねぇ」
 にやっと笑う弟に、ジョージは小さくため息をついた。
「……その考えで一度捕まっただろう」
「ああ、……あれか」
 苦い過去を思い出してにグレッグは渋い顔をした。
「あれは、だなぁ、ちょっと油断しててだなぁ。まぁ、なんだ、感謝してるぜ、こうやって無事なんだからよ」
「礼なら親父にいってくれ。裁判が有利に進んだのは全て親父のおかげだ」
「……親父、か」
 ふと3ヶ月ほど前の光景が2人の脳裏に浮かび上がる。
 ジョージとグレッグの父親、エリック・ウィマーは、麻薬の大きな取引を南米で終えて帰国したばかりだった。ボスとまではいかないものの、組織内ではかなりの権力を持っていた。一見、穏やかそうな壮年だったが、その雰囲気とは正反対に、暴力的な一面があった。他の組織と小競り合いになったときには力強い男だったが、逆に組織内部で諍いがあると皆が彼を恐れた。
 そんな彼が過って組織幹部の女を寝盗り、勢い余ってなぶり殺しにしてしまった。以前からエリックを追い出す、あるいは抹殺する機会をうかがっていた連中にとってはもってこいの状況となった。しかし、内部での抗争となれば組織自体が危うくなる。自分たちが手を直接下すことはできない。誰が依頼したのかは分からないが、外部の人間が彼の始末に雇われた。
 青く晴れた日の夕方。
 黒塗りのベンツから降り立ったエリックを、付き添いのボディーガードが援護するよりも早く彼の鮮血が宙を舞った。後頭部から進入した弾丸はそのまま額を貫通し、アスファルトの地面に転がった。出迎えた息子達が見ている目の前で、エリックは二度と動かない肉塊となった。
 狙撃者はどこか。ジョージとグレッグは車の陰に隠れ、父親の亡骸を守るような姿勢をとりながら周囲を見回したが、目的はエリック1人だけだったらしく、二度目の狙撃はなく辺りは静まり返ったままだった。
 その場で推測することはできなかったが、どうやら凶弾は500mほど離れた建物の屋上から放たれたらしい。薬莢といった証拠はなかったにしても、弾道から考えるとその地点に狙撃者がいたことが濃厚だった。
「……あのヤロウ、絶対に殺してやる」
 ぎり、と奥歯をかみ締めて、グレッグは殺意のこもった視線を前方へ向けた。
 慎重に調べ上げて辿り着いた内部の裏切り者を締め上げてようやく掴んた狙撃者の情報だった。ウォレン・スコット。金に糸目をつけずあらゆる手を使って所在地をつきとめ、先の追跡劇と相成った。
「青二才が舐めた真似しやがって……ッ!」
 そのままビール瓶をカウンターに叩き付けそうな勢いだったので、慌ててジョージが制した。
「憤りは最もだ。だが冷静に対処しなければこちらも危うい」
「兄貴は冷静すぎるんだよ!」
 声が大きくなりすぎたのか、カウンターの店員、その他数人の客が驚いてグレッグを見る。
「……で、奴はまだ、この街にいるってことだな」
 周囲の視線に気まずくなり、小声でグレッグは尋ねる。
「まぁ、情報を照らし合わせればそういうことになる」
「そうか。ンなら、まず、つてを探さねぇと――?」
 語尾のほうが疑問調になったのでジョージは、何か、とグレッグを見た。
「お話中すまないね、でもちょっと気になったもんで」
 突然聞こえてきた男の声。ジョージも視線の先をグレッグのそれと重ねる。
 いつの間にいたのか、知らない男がグレッグの左後ろに立っていた。
「……誰だよ、お前」
 警戒している雰囲気を十分に出しながらグレッグが尋ねた。
「俺はデューク。デューク・ホルムだ。悪いが隣にいたんで話を聞かせてもらった。おたくら人を探してるんだって? なんなら手を貸すぜ。この街の裏の事情にはちと詳しいんでね」
 にっと笑って、デュークはまだ警戒を解かない2人を見た。
 別に話を聞くつもりはなかったが、耳に入るものだからついつい聞いてしまった。
 最初はただの兄弟喧嘩とばかり思っていたのだが、話が進むにつれて、うまくいけば一儲けできるような状態であることを知った。情報提供料として金をもらう。この街のことなら、デュークはいろいろな情報筋を持っている。おまけにどこかで見た顔だと思えば、指名手配されているウィマー兄弟ではないか。どう転んだとしても、金を絞り上げるにはいいカモだ。デュークはそう考えて声をかけた。
「おたくら訳アリみたいだから、人ッ気のないところでゆっくり商談といきましょうや。いや、別に断ってもいいぜ。ただ、俺はこの街では顔がきくんでね。話に乗ってくれるなら得はしても損はしないと思うが、どうかな?」
 グレッグはジョージを見た。わずかな沈黙の後に、ジョージは黙って頷いた。
「いいだろう。聞いてみるだけ聞いてみよう」
 言いながらジョージは微笑をし、席を立つ。兄につられるようにグレッグも腰を上げた。
 情報は絞れるだけ絞り、何か不都合が生じたら消せばいい。
 情報提供で水増し請求し、なんなら指名手配を逆手に強請ればいい。
 互いに利益を考えつつ、3人はしかしながら飲食代金はきっちりと支払って店を出た。
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