IN THIS CITY

第1話 Pilot

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12 Shootings

「場所が決まった。行くぞ」
 取引相手と連絡がついたらしいデュークがにやっとした笑いを浮かべながら入ってきた。嬉しそうな彼の様子を見るほどに、エリザベスの不安は増幅するばかりだ。
「……どこ?」
「最近つぶれた工場があっただろう?あそこだとよ」
 そう言われれば、暗く荒れた光景がエリザベスの頭の中にイメージとして湧き上がる。
 嫌な予感だ。
 エリザベスの様子に気づくことなく、デュークはウォレンへ歩み寄ると格子にかけられていた手錠を外し、後ろ手にそれをかけた。
 無抵抗なウォレンを見ながら、エリザベスはふと口を開く。
「ね、デューク」
「あん?」
「……本当に大丈夫なの?」
「何が?」
「この話。ちゃんと無事に――」
「当たり前だろ」
 笑いながら答え、デュークはウォレン連れて車に向かう。大金が入ると踏んでいるためか、嬉々としており、何も心配してはいないようだった。
 不安を残しながらも、エリザベスはそれ以上のことについては触れなかった。
「金がいるんだろ?」
 後部座席にウォレンを入れたデュークが話しかける。
 助手席のドアを開けた状態でエリザベスは顔を上げた。
「心配するなよな」
 そう言ってデュークはにやっと笑った。
 その顔を見た瞬間、エリザベスは今までにない嫌悪感に襲われた。
 無事に生きて帰られるか、それは分からない。だが、デュークが交わした約束を守るかどうか、それが今、ここではっきりとした。
 この男は、自分を手放す気などない。
 エリザベスは直感的にそう感じとった。
「ぼやっとしてんなよ。行くぞ」
 何事もないようにデュークは運転席に腰をおろし、せかしてくる。
 エリザベスは混乱する頭を落ち着かせ、ゆっくりと助手席に座るとドアを閉めた。
 エンジン音を聞きながら、サイドミラーに目をやる。後部座席に座っているウォレンが見えた。
 何をするでもなく、相変わらずの雰囲気を醸し出しながらただ外を見ている。
「デューク……」
「あん?」
「……あの約束はちゃんと――」
 最後まで言葉が出なかったが、相手は理解したらしい。
「分かってるって」
 軽い返事が戻ってきた。
 ちらっと横目にデュークの表情を窺う。その横顔には嫌な笑みが刻まれていた。
 動き出す車の中、エリザベスはもう一度サイドミラーを見た。
 無関心な様子のウォレンが街灯と共に映っていた。


 車を走らせて十数分後、濃い群青の空の下、所々で光る電灯と黒い建物の影が不気味に浮かぶ工場跡地に着いた。
「なんだ、人を来させといてまだ到着してないのか」
 エンジンを切り、デュークはフロントガラスから外を見た。
 助手席のエリザベスも辺りの様子を窺う。
 静かに、暗い。
 左側は広く、工場が黒く佇んでいる。
 右側のすぐ隣には倉庫のようなものがあった。
「お?」
 前方で何かが動く気配があり、デュークが目を凝らす。
 瞬間、刺されるような眩しい光が真正面に現れ、彼が思わず目を細めた。どうやら車のヘッドライトらしい。
「ったく、何だ、あいつら」
 デュークは苛々とした口調で呟いた。
 運転席のドアを開け外に出ると、デュークは後部座席からウォレンを引っ張り出した。
 続くようにしてエリザベスも外に出て、デュークの後ろに移動する。
「約束どおり、連れてきたぜ」
 立派なことでもしたようにデュークは胸を張ると、ウォレンの腕を引いて乗ってきた車の前に移動する。
「止まれ」
 前方で声がする。落ち着いた声だ。逆光のため姿は見えないが、恐らくジョージだろう。
 言われたとおりに動きを止め、デュークは目を細めて前を見据えた。
「金はどこにある?」
 デュークの質問に照らされていたヘッドライトの光の強さが弱まる。
「そこだ」
 2人のうちの1人が指をさす。デュークの右前方に車庫のような建物があり、その前にアタッシュケースがひとつ、置いてあった。
 にやっと笑い、取りに行こうとするデュークをグレッグが制止する。
「待った。武器は置いてけ」
 言われてデュークは苦笑した。
「用心深いんだな、あんたら」
 腰から拳銃を取り出し、その場に置いた。
 眩しい光に照らされながら、ウォレンはちらっとその拳銃に目をやる。手に取ろうと思えば取れない距離でもないが、ウィマー兄弟の銃口が自分に向いていることは分かっていた。まだ機ではない。しばらくは事の成り行きに任せることにした。
 デュークの関心は既に自分から離れて金のほうにある。視線を動かさずエリザベスの挙動にも気を配ったが、彼女は今の状況を受け入れるので精一杯の様子だった。
 表情を変えることなく、ウォレンはすぐに動けるような態勢を整える。彼にとって手錠はあまり意味を成さない。左肩が痛まないように注意しながら、手先のみ動かし、次の行動に備えた。
「さて、確かめさせてもらうよ」
 これでいいだろ、と両手を広げて見せると、デュークはアタッシュケースに近寄った。
 その姿を見送りながら、エリザベスは不安度が増していくのを肌で感じていた。
 嫌な予感というものはたいてい的中するものだ。
「なんだよ、これ」
 アタッシュケースを開けたデュークが呟くように言った。
「空じゃないか。金はどこだ?」
 怒気を含んだ口調ではあったが、形勢的に不利なデュークの言葉は、むなしく消えるだけだった。
「ハッ! 誰が払うかよ!」
 かかったな、とでもいうように、悪辣な笑みを浮かべたグレッグが銃口をデュークに向ける。
 驚いたデュークの表情が見えた瞬間、銃声と共にデュークの体が大きく揺れた。
「……な……」
 間髪いれずにもう一度銃声が響く。
 ぐらっと揺れたデュークの体がその場に崩れた。
 銃声に体をびくつかせながら、エリザベスはその光景を見ていた。ヘッドライトの光の範囲ではないため、デュークが立っていた位置は暗く、はっきりしたことは分からない。ただ、デュークが倒れた、それだけは見えた。
 薄いオレンジの光の外、青黒い闇の中、ゆっくりと倒れる姿が見えた。
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