IN THIS CITY

第1話 Pilot

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09 Let Things Be

 視界に薄く灯りが差し込んで消えた。
 大通りを通り過ぎる車のヘッドライトからの光だろう。
 エリザベスは耳元で聞こえる鼓動の音が小さくなっていくのを感じた。手の震えも落ち着き、銃口は静かに相手の男を捉えていた。
 ふと、ウォレンがエリザベスの後方に視線をやる。
 その動きにエリザベスに緊張が走るが、聞きなれた声が後ろから耳に届いた。
「エリザベス?」
 振り返ればデュークが路地裏に入ってきたところだった。2人の様子を見て状況を悟ったらしく、腰から拳銃を取り出すとウォレンに向けた。
 さすが刑事といったところだろうか、形が様になっている。
「デューク……」
 エリザベスは安心したような、だが微妙な感情を交えた表情をした。
 その口から漏れた名前を何気なくウォレンは耳に入れた。
「……こいつが、か?」
 エリザベスに尋ねながら、下がれ、と顎で合図し、デュークはウォレンに近づいていった。
「ええ」
 エリザベスは拳銃を下ろすと、デュークの後ろに下がった。
「へぇ、どんな男かと思いきや、まだ若造じゃないか」
 余裕の笑みを浮かべながらデュークはウォレンを観察する。
 その手に鈍く光る金属の輪があった。
 嫌な光だ、とウォレンは思った。
「あんたに恨みはないが、商売なんでね。身柄を預からせてもらうよ」
 にやっと笑いながらデュークはウォレンの目の高さで手錠をぶらつかせた。
「……サツか。面倒ごとを起こした覚えはないんだがな」
「四の五の言わずに黙って大人しく捕まってろ。それとも殴られて気絶して連行されたいか?」
 デュークは拳銃で後ろを向け、と促す。
 やれやれ、とでもいうように、ゆっくりとウォレンは180度回転した。
「悪いな」
 悪びれた素振りも見せず、ウォレンに近寄るとデュークは身体チェックをし始めた。ウォレンが武器を持ってないことを確かめ、ポケットからマネークリップに挟まれた紙幣を取り上げた。
「なんだ。はした金か」
 札の数字を確認し、落胆したように呟いたが、それでもしっかりと自分の懐にしまう。
「ありがとよ」
 にっと笑う気配をウォレンは背後に感じた。続いて器用に後ろ手に素早く手錠をかけられる。
 金属の冷たい感触が手首に集中する。
 無抵抗に大人しくしながら、ウォレンはこの男の名前を確かめるように記憶を辿る。
 デューク。ギルバートが言っていたデューク・ホルムという不良刑事か。となると、『商売』というのはウィマー兄弟との間での商談のことだろう。取引内容は知らないが、恐らく身柄を引き渡せば金をやるとでも言われているに違いない。大人しく従っていればウィマー兄弟と接触することができそうだ。
「ほれ、歩け」
 思考を中断されるようにぶっきらぼうに背中を押される。
 拳銃を突きつけられたまま、デュークがやってきた方へと連行された。
「よくやった、ハニー」
 途中、デュークはエリザベスににっと笑いかけ、ついてくるよう促した。
 無抵抗なウォレンに違和感を覚えつつも、エリザベスは2人の後を追ってデュークの乗ってきた車へと向かった。


「ったく、連絡取れる状態じゃない電話番号なんか教えるなっつーの」
 人気のない古びた工場の立ち並ぶ路上で車を止め、デュークは忌々しげに携帯電話を睨んだ。見つけたら連絡を、と手渡されたメモの番号に電話をしても、いっこうに出る気配がない。
「……留守なの?」
「ああ。みたいだな」
 荒々しく運転席のドアを開け、外に出る。エリザベスも後を追うように助手席のドアを開けて外に出た。
「出ろ」
 後部座席のドアを開けて強制的にウォレンを外に引きずり出す。無駄口をたたかず抵抗もしないままウォレンはデュークに腕を引かれ作業場の一角の小さな建物のほうへ歩いていった。
 錆び付いた鍵をこじ開けると、ホラー映画の舞台になれるのではと思えるような青暗い闇が広がっていた。窓から侵入する月明かりに埃がきらきらと反射し、床には古びた書類や椅子などが散乱している。使われている様子のない作業場は、それでも未だ電気は通じているらしく、デュークがブレーカーをあげると天井の蛍光灯が屋内に人工的な光をもたらした。
 明るくなった視界に安心感を抱きながら、エリザベスはぐるりと屋内を見回す。荒れて殺伐とした光景が広がっていたが、水道やガスコンロなどがあり、そう遠くない過去に人がいたという形跡が残っている。
「昔ちょいと働いてたところだ。今はあまり使われてないが隠れ場としては役立つぜ」
 窓の側でデュークが呟く。
 手錠を片方外し、格子の部分にそれを取り付ける。片手は自由になったがウォレンの動ける範囲は半径1mほどの半円だけだった。
「しばらくそこでおとなしくしててもらおうか」
 素早くウォレンから離れると、彼の周りにあった机や椅子などを手の届かないところまで引き下げた。そうしたデュークの行動を気にする様子もなく、ウォレンはゆっくりと屋内を見回している。恐れる雰囲気も、緊張した雰囲気もなく、それがエリザベスの興味を引いた。
 特に気になるものがなかったのか、しばらくするとウォレンは窓の外に視線を落ち着けた。
「それは?」
 デュークの疑問の声が屋内に響く。響きはしたが、ウォレンはその言葉を無視し、エリザベスは注意をウォレンに向けていたため、デュークの問いかけに気づかなかった。
「ハニー」
「え?」 
 言われて反射的にデュークへ顔を向ける。
「その手に持ってるやつはどこで拾ったんだ?」
 エリザベスが多少なりとも窓格子に繋がれている男に興味を持っていることを肌で感じ、少しばかりイラついた口調でデュークは問いかける。
 そんなデュークの態度に気づきはしたが、エリザベスは彼の嫉妬を切り捨て、自分の手の中のものに視線を落とした。
 ウォレンから取り上げた拳銃をずっと握り締めたままだった。
「これは彼の所持品よ」
 握り締めていたため温かくなった重い武器をデュークに手渡す。
「ふーん」
 デュークは手渡されたものをいろいろな角度から眺める。
「あんた、いつも拳銃持ち歩いてるのか?」
 デュークの問いにウォレンは窓の外から視線を外した。
「あいつらから追われているとなると……、ひょっとして俺と同業者か?」
 質問に答えないまま、ウォレンは再び窓の外に視線を戻す。
「……なわけないか」
 無視されたことも気に障り、デュークが続けて何かを言い出そうとした。が、その前に着信音が静かな屋内に響いた。うるさそうにデュークがポケットから携帯電話を取り出す。
「もしもし」
 電話口に出たデュークは数秒後に嫌そうな顔をした。
「……いや、今忙し……――あん? ……分かったよ、行けばいいんだろ?」
 小さな機械の中からの怒鳴り声が、側にいるエリザベスにも聞こえてきた。
「仕事?」
 通話を切ながら大きくため息をつくデュークに尋ねた。
「ああ。ったく」
 はき捨てながらデュークはウォレンを見る。相変わらず窓の外に視線を送っている姿が目に入る。
「……エリザベス」
 苛立ちを抑えるように低い声でそう言うと、デュークはエリザベスに向き直った。
「悪いがしばらくの間、見張っててくれないか?」
 個人的にはあまり頼みたくないことではあったが、上司の命令を無視して職を失っては元も子もない。
「え?」
「大丈夫だ、奴は動けない。距離を保ってこれで威嚇してれば心配ないさ」
 言いながらエリザベスにウォレンの拳銃を手渡す。
「でも……」
「すぐ戻るから、それまで頼む」
「どれくらい?」
「長くはかからない。じゃ、よろしく」
 否と言う暇も与えずデュークはエリザベスの額にキスをすると急ぎ足で車へと向かった。
「ちょっと、デューク!」
「頼んだぞ」
 入り口で立ち止まるエリザベスに微笑を送り、デュークは運転席に乗り込んでエンジンをかけた。
 次第に遠ざかっていくエンジン音の後、静寂が訪れた。
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