IN THIS CITY

第1話 Pilot

01 .02 .03 .04 .05 .06 .07 .08 .09 .10 .11 .12 .13 .14 .15 .16 .17

07 Gun Involved

 ドアを開けて外に出れば、ひんやりとした空気が身を包む。同時に新鮮な空気が肺を満たした。
 エリザベスは辺りを見回して先ほどの人物を探す。薄暗い街灯で暗さに目が不慣れなため、発見するのに時間がかかったが、まだ距離はそう離れてはいなかった。
 近づこうとしてふと立ち止まる。
 不用意に近づいては危険だ。とりあえず、見つけたことだけでもデュークに伝えておいたほうがいいだろう。
 適度と思われる距離を保ち、相手を見失わないように注意しながら携帯電話を取り出し、電話をかける。
 数回の呼び出し音の後、相手が出た。
『もしもし?』
「デューク? 見つけたわ」
『何だって?』
「見つけたのよ、彼を」
『ウォレン・スコットか?』
 確認の後、興奮したようにデュークは続ける。
『でかしたぞ! で、今どこにいる?』
「今は――」
 エリザベスは周囲を見渡しながら、現在地を頭に描き、目印となる主だった通りの名前をまず告げ、徐々に詳細な場所へと範囲を縮めて伝えた。
 電話の向こうでデュークが場所を復唱するのが聞こえる。
『……分かった、今すぐ向かう。5分ほどかかりそうだが、見失うなよ。金づるだからな』
 了解の返事をしてエリザベスは電話を切る。
 どこへ向かっているのか、相手の速度はそう速くはなかった。
 途中で声をかけてくる路上の男がいたが、構わず無視した。むしろそのことによって尾行がばれないか心配だったが、相手が振り向かないところをみると大丈夫らしい。
 歩道に沿って直線を歩いていたが、細い路地との十字路に差し掛かったときに前を歩いていた人物が右に折れた。見失ってはいけない、と多少小走りで後を追い、細い路地の手前で止まってそっと様子を窺う。人工の光がほとんどない薄暗い裏路地で、一瞬入るのをためらわせる雰囲気を醸し出している。だが尾行すべき人物はそのままの速度で足を進めていた。
 しばらくの躊躇の後、エリザベスは彼の後を追って路地に入った。
 路地の奥に足を進めれば進めるほど、すーっと明るさが消えていくのを感じる。それと同時に聞こえていた音も小さくなっていった。
 表の通りと違い、人気が全くない。
 不安に駆られる心を抑えながら、注意深く前方の人物に集中する。
 ふと、相手がまた進路を変えて左に折れた。
 再び早足になり、曲がり角まで来て立ち止まる。
 建物の壁に沿うようにそっと彼が曲がっていった路地を覗いてみた。
 いない。
 慌ててその路地に踏み出す。もう一度注意深く凝視したが、遠く前方に大通りの明かりが見えるほかは何も見えない。両側に建つ高いアパートは古く、暗い路地をいっそう不気味に仕立て上げている。
 見失った焦りと暗い路地に1人という状況が不安の蓋を開ける。
 後方も含め周囲を見回してみたが人影のようなものは見当たらない。
 急ぎ足となって男が消え去った路地を進んでいく。
 先に見える光に安堵を求め、それに向かって歩調を速めていた時、不意に腕を掴まれ真横に強い力で引っ張られた。驚いて叫ぶが、言葉が喉を発する前に口をふさがれ、声はその場で消滅した。強く体を回転させる力が働き、壁にぶつかった背中への衝撃と同時に鈍痛が体前面に伝わる。
 痛さで目を細めながら、目の前にいる人物を確認する。
 薄暗い逆光で見えにくいが、確かに先ほどの男だった。手を振り解こうとしたが、力に差があるため無駄な抵抗となる。
「騒ぐな」
 ウォレンは短くそう言うと、手を離した。それに伴いエリザベスの手も自由になる。鼓動と呼吸を整えながら、エリザベスは、一歩後退して距離をとった男を見た。
「俺に何か用か?」
 特に威圧感もない落ち着いた口調。知人同士の会話のような、その声のトーンにいくらか緊張がほぐれるのを感じ、エリザベスは慌てて自ら緊張感を駆り立てた。
「……別に、通りかかったらいきなりあなたが抱きついてきたんじゃない」
「それは君の誤解だ」
「男は誰だってそう言うのよ」
「バーからずっと尾けてきたな」
 切り返した言葉を無視され、エリザベスは小さくため息をつく。簡単に時間稼ぎに乗ってくるような相手ではないようだ。
「……尾けてなんか、いないわよ。たまたま方向が同じだっただけで――」
「尾行者はたいてい、そう言い訳する」
 同じように返されてエリザベスは言葉に詰まった。
「……わかったわよ」
 言いながら観念したような素振りを見せる。
「正直に話すわ。立ち寄ったバーにいたあなたがあまりにもイイ男だったから、こうして後を尾行したわけ。……分かるでしょう?」
 微笑んで上目遣いで目の前の男を見る。多少言動を変えれば男たちの熱い視線が自分に向かうことくらいエリザベス自身も知っている。毛嫌いしていた母親譲りの顔立ちだが、役に立たないことはなさそうだ。
「君みたいな美人のお眼鏡にかなうとは、嬉しいことだな」
 微笑を返されたが、エリザベスの言葉を信じている目ではなかった。その表情を受け取った瞬間、エリザベスは色仕掛けに走った自身の行動を恥じた。
「で、本当の用件は何だ?」
「……言ったでしょう、あなたが――」
「嘘を貫き通す自信があるのか?」
 問われて返答に困る。会話の主導権は確実に相手の男にあった。
 だんだんと、その落ち着いた口調が詰問のように感じられてくる。
「君が俺を探していたことは分かっている。目的はなんだ?」
 発せられた言葉に、ふと先ほどのバーでのマスターとのやりとりを思い出す。彼は否定していたが、エリザベスが昼間に得た情報が正しければ、今目の前にいるこの男はあのバーの常連客だ。
「……マスターと知り合いだったのね」
 人のよさそうなマスターの顔を思い浮かべながら、エリザベスは苦笑した。かといって、マスターを恨む気持ちは沸き起こらなかった。
「誰に頼まれた?」
 そう聞かれれば、思わず答えてしまいそうになる。マスターといい、この男といい、つい親近感を抱いてしまう何かを持っている。不思議な人だ、とエリザベスは小さくひとつため息をついた。
「……残念だけど、それは言えないわ」
「なら、俺を探すように君に頼んだ人間がいるんだな」
 言われて、しまった、と感じたがこれ以上訂正する余裕はなかった。
「……誘導が巧いのね」
「君がかかりやすいだけだろう」
 相変わらずの口調だが、この場合はあまりいい気持ちはしない。エリザベスは切り返そうと口を開いたが相手のほうが早かった。
「もう一度尋ねる。誰に頼まれた?」
 相手の口調の圧力のなさに、逆に気圧される感覚がする。
 心拍数が、増加する。
 エリザベスはその理由を恐怖と捉え、それを隠すように口をつぐんで気丈な視線を送り、答えることを拒否した。
 しばらくの間、視線が噛み合う。
 先に目をそらしては駄目だ、と思うが、それ以前に相手の視線から逃れられない何かを感じ、逸らそうにも逸らせない状況にあった。
 親近感と同時に醸し出される危険な雰囲気。
 そう感じ取れば取るほど脈が波打つ。
「……雇い主のところに案内してもらおうか」
 沈黙が破られる。
 その穏やかな口調で綴られる言葉を聞くたび、緊張が緩む。緊張は緩むが、鼓動は速くなる。
「悪いけど、お断りよ」
 自分の感情の中の、状況的に異質なものを否定するように、エリザベスはきっぱりとした口調で答えた。
「いや、案内してもらわないと困る。時間がないんでね」
「それは大変ね」
「なるべくなら穏便に事を運びたい」
 あくまで静かな口調。強制的な威圧感も、請うような嘆願もなく、まるで友人であるかのように紡ぎだされる言葉。思わず首を縦に振ってしまいそうな空気がそこにある。
「……断るわ」
 そう言いながら、エリザベスは早くデュークが来てくれることを願った。そうでなければ、ついうっかりこの男の口車に乗せられてしまいかねない。
 沈黙が2人の間を埋める。
「……そうか」
 小さく呟かれる言葉。
 彼の表情に変化はないが、場の空気が変わっていくのをエリザベスは感じた。嫌な予感が脳裏をかすめると同時に、相手の体がわずかに動く。
「脅迫はできるなら控えたいが、そうも言っていられないみたいだな」
 疑問顔で相手を見上げるエリザベスの視線の先に、黒く鈍く光るものが見えた。
 拳銃。
 そう脳が察知するや否や、紛れもない緊張が全身を駆け抜ける。
「なっ……」
 いきなり突きつけられた銃口を凝視し、エリザベスは硬直した。
Page Top