IN THIS CITY

第1話 Pilot

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14 Done

 ふと、ウォレンが振り返った。
 感情が押し殺されたその表情と手に握られている拳銃を見て、エリザベスの体に異様な緊張が走る。だが、ウォレンは無事なエリザベスの姿を確認しただけで、すぐに視線を戻すとデュークの所へと足を進めた。
 彼が去った後、視界に倒れている2人の男の姿が見えた。
 脳がだんだんと状況を理解する。
 エリザベスはゆっくりと立ち上がり、まだぼうっとする頭を手で押さえた。
 暗がりの中、デュークに拳銃を握らせ、手錠を返却するウォレンの姿が見える。
 空のアタッシュケースを持って歩み寄る彼に、エリザベスは上ずる声で質問を投げかける。
「……殺したの?」
 問いに対する無言の返答が肯定を意味する。
「……なんで……」
「返してもらおうか」
 まとまらない頭の中、何を、とエリザベスはウォレンを見上げた。その顔にはすでに表情が戻っており、何事もなかったかのような目がエリザベスを見ていた。
「安心しろ、君は撃たない」
 言われてはっとして拳銃のことを思い出す。
「……あ、拳銃なら、助手席に……」
 その言葉にウォレンはくるりと向きを変えると乗ってきた車に足を向けた。
「この車にはよく乗っていたのか?」
 助手席のドアを開けながらウォレンが尋ねた。
「……ええ」
「なら、君の指紋が出てきても不自然ではないんだな」
 エリザベスは言われた言葉を理解するのに多少時間がかかった。
「……まさか、あなた殺人をデュークになすりつけるつもりなの?」
「……そんなところかな」
 複雑な表情をするエリザベスに対し、ウォレンは続ける。
「あの連中は指名手配されている殺人犯だ。手柄になるんじゃないのか? 殉職は名誉なんだろ」
「でも……――」
「君も彼から解放された。もう考える必要はないんじゃないのか?」
 思いがけない言葉に、エリザベスの心拍数が瞬間的に上がった。
「……何を……」
「彼から逃れたかったんだろ?」
 助手席のドアを静かに閉め、ウォレンは続ける。
「会話の様子や君の態度を見ていれば分かる」
「……そんなこと……」
 ない、とはいえない。むしろ望んでいたことだった。確かにこれで束縛からは解放された。
 だが、デュークは死んだのだ。
「……確かに、彼と別れたいとは思っていたけど、でも、彼の死を望んでなんか……」
 言った後で疑問が残る。
 本当に、そう言い切れるのだろうか。
 心の底では、望んでいたのではないだろうか。
「……そんなことは……」
 否定をしようとするが、言葉が続かない。そして、非情な自分に対してもショックを感じる。
 戸惑いを隠せないエリザベスに、落ち着いた口調のウォレンの言葉が覆いかぶさる。
「……気休めにしかならないかもしれないが、奴の場合、こうなることは時間の問題だったろう」
 その言葉は聞こえたが、エリザベスはまとまらない思考整理することもできず、感情の波にもまれていた。
「とりあえず、遠からず事情聴取されるだろうが、何も知らない、で通したほうが好ましいな。俺のことを話したければそうすればいいが、こちらは裏から手を打っておくから君の話が聞き入れられることはない」
 告げられた言葉をゆっくりと理解し、エリザベスはまだうまく動かない口を開いた。
「……『話したら殺す』、とでも言いたいわけ?」
 エリザベスの問いに、ウォレンは軽く左上を見て、さぁ、と答える。
「ウィマー兄弟は顔が広い。今回の件、深く関わらないほうが身のためだ、ということだ」
 そう告げながらウォレンはエリザベスを見た。
 視線がかみ合う。
 ウォレンの穏やかな眼差しが、エリザベスには優しく感じられた。
 ひょっとしたら、自分のことを気遣っているのかもしれない。ぼんやりとそう考えながら、エリザベスは動かなくなったデュークに視線を移した。
 嫌いになったとはいえ、一度は愛した相手である。その彼が、今はもう動かぬ人となっている。
 真実を話して、悪徳警官のまま埋葬するか、最後にひとつ、華を持たせてやるか。
 都合のいい解釈かもしれないが、これが彼の運命だったのなら、流れに任せるしかないのかもしれない。ウォレンの言うとおり、デュークは危ないことに首を突っ込んでいた。だから、いずれこうなるだろうことはエリザベスも薄々感じていた。ただ、このように深く関わるとは思ってもいなかった。
「……歩きになるが、街に戻るぞ」
 言われてエリザベスはウォレンを見た。道路へ足を向けようとしている姿がそこにあった。
「……歩けるか?」
 動かないエリザベスを怪訝に思い、ウォレンは彼女に向き直った。
 その心配そうな表情を受け止め、エリザベスは全身の緊張がようやくほぐれていくのを感じた。
 立場上、殺されてもおかしくない状況である。だが、彼はエリザベスに殺意や害意をまったく持っていない。
「……ええ、歩けるわ」
 大丈夫であることを微笑して告げる。ぎこちなさが伴っていたが、笑うことによって気持ちが落ちついたのも事実だった。
 ウォレンは、そうか、と呟くと踵を返し、エリザベスに背を向けて道路へと歩いていった。
 その後姿に近寄れば、ウォレンの衣服の色が赤黒く染まっているのが見えた。怪我をしていることに気づき、エリザベスが思わず、あっ、と声を上げた。
 何だ、とウォレンが振り返る。
「血が……」
 エリザベスの視線を辿ってウォレンは自分の体を確かめた。
「ああ、本当だ」
 指摘されてやっと気がつく。
 左肩の増幅された痛み以外に何か違和感があるな、と思っていたが、服の左腕の裏の部分が破れ、血が出ていた。右手で様子を確かめる。弾丸にえぐられたのだろう、出血はしているが、傷は危険なほど深くはないようだ。
「救急車を……」
 そう言ってエリザベスは携帯を取り出そうとした。
 途中、ウォレンの視線に気づき顔を上げた。
「大したことはない、気にするな」
 左腕をシャツで器用に縛り上げながら、ウォレンは再び足を動かし始めた。
 ぼうっとその姿を見ていたが、慌ててエリザベスも歩き出す。
 星がかすかに見える静かな夜の中、オレンジ色に薄く明るく、電灯が道を照らしていた。
「……ねぇ」
「なんだ?」
「手錠、どうやって外したの?」
 その質問にウォレンは、ああ、と呟くと、どこから取り出したのか針金らしい代物をエリザベスに見せた。
「小道具があれば楽に外せる」
「……器用なのね」
 エリザベスの言葉に、そうだな、とウォレンは言った。
「じゃ、いつでも逃げられたんだ」
「……まぁ、な」
 状況を利用していたことに気まずさを感じているのか、逃げられない振りをしてエリザベスを騙していたことに後ろめたさを感じているのか、申し訳なさそうにウォレンは肯定した。
 そんな彼の様子をみて、エリザベスの顔に自然と微笑がこぼれた。


 涼やかな風が、そっと脇を通り過ぎる。
 足音とともに会話も遠ざかり、2人の影は道路の先の夜の空気に吸い込まれていった。
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