13 Pool of Blood
「……デューク?」自分でも聞こえないほど小さな声が漏れる。
嫌悪感を持っていた相手ではあるが、撃たれるところを目撃し、エリザベスは全身の血の気がさっと引くのが分かった。
「ハッ! 単純だな、ここまで見事に騙されるとは思ってなかったぜ!」
グレッグの高い笑い声が響く。響く中でもデュークは起き上がってこない。
まさか、と思いながら、エリザベスはふらっと足を進める。
「下手に動くな」
不意に腕を握られ、はっと視線を声の主に向ける。
ウィマー兄弟に顔を向けたまま、ウォレンはエリザベスを制止した。
「だっ……デューク……」
エリザベスは自分がひどく動揺しているのが分かった。言葉が、出ない。
今日何度目かの銃声。そして崩れたデュークの姿。
暗い中、再び視線をデュークに向ければ、彼の周りに黒いものが広がるのが見え、それが周囲の光を鈍く反射させていた。
血。
「……何が……」
ふら、とその場に崩れそうになるエリザベスをウォレンが強い力で支えてくる。
その力を受けて、エリザベスは慌てて自分の足に力を入れた。
「取り乱すなら、事の収拾がついてからにしてくれ」
相変わらずのウォレンの口調がパニックに陥っていた頭の中を落ち着かせる。
「いいな?」
言われて顔を上げれば、間近でしっかりと視線が交差する。
穏やかな、しかし力強い目。
ふと、胸に痛みを感じる。
今、自分たちは確実に不利な状況に置かれている。そして、ウォレンを目の前にいる非情な男たちに渡そうとしたのはエリザベス自身でもあった。
こんな状況に陥れた自分に向けられるものとは思えない視線に、思わず涙が出そうになる。
「深呼吸でもしろ。落ち着くぞ」
掴まれていた腕に力が入り、そのまま緩やかに後方へと押しやられる。
言葉が出ずに、エリザベスは何度か頷いてウォレンの後ろに下がった。
「……ごめんなさい……」
こみ上げる罪悪感に、無理に声を出せば言葉はかすれて出てきた。
気にするな、と素っ気なくウォレンは言った。
「想定の範囲内だ」
告げられた言葉に、え、とエリザベスは顔を上げる。
視線は合わなかったが、前に立つウォレンの背中に少なからずの安心感を抱いた。
同時に、自由になっている彼の手に気づく。
いつの間に、と問いかけようとしたときに、前方からグレッグの声が届いてくる。
「さてさて、ウォレン・スコット、だな?」
まとわりつくような言い方をし、ウォレンのほうに体を向けたグレッグが、その後ろにいるエリザベスを発見する。
「おや、もう1人連れがいたのか」
表情までは見えないが、グレッグがにやっと笑う雰囲気を感じとり、エリザベスは背筋に寒気が走るのを感じた。
「しかもなかなかの美人じゃないか」
「グレッグ、後にしろ」
弟の考えを察知したらしく、ジョージが制する。
エリザベスは2人の会話を耳にしながら、込み上げる悪寒を殺すように自分の身を抱いた。
「よく生きてたな、スコット」
抑揚のない声が響き、テンションの高い弟を尻目にジョージが一歩前進する。
「てっきり死んだと思っていたが……。運のいい男だ」
「それはどうも」
「あのカーチェイスはなかなか楽しませてもらったぜ。必死に運転する姿を是非とも拝みたかったな」
口調が徐々に変わり、冷静に見えていたジョージの口元が歪む。
「あの時は失敗したが、今度はしっかりと死んでもらう。それまで、存分に楽しませてくれよ?」
逆光越しにも窺い知れる相手の表情に、エリザベスは背筋が凍るのを感じた。
彼女が金縛りにあったように動けなくなった瞬間、ふいにウォレンが動き、エリザベスを動線外に突き飛ばした。受身をとる暇もなく、エリザベスが倉庫のドアの前に倒れる。
「痛ッ……」
小さく呻いて顔を上げるが、車とドラム缶で視界が遮られ、聴覚でしか状況を確認できない。
エリザベスを比較的安全なところに突き飛ばした後、ウォレンは身を低くしてデュークが捨てた拳銃に飛びかかった。左肩に激痛が走るが気にしてなどいられない。銃声と共にやや後方のアスファルトがえぐられ、破片が飛び散る。流れるような動作で落ちていた拳銃を手に取ると、横に転がりながら撃鉄を起こした。無駄な動きなく標的を確認すると体の回転を止め、ピタリと照準を合わせる。
一発。
ジョージの心臓が打ち抜かれる。
転瞬、ウォレンは体を起こして逆方向に飛びのいた。同時にグレッグの銃弾が脇をかすめる。体のどこかに痛みが走るが今は痛覚を押し殺す。
「兄貴ッ!」
グレッグの叫びを聞き流しながらウォレンは彼に狙いを定めた。
「野郎ッ!」
相手の銃口が自分を捉えるよりも早く、引き金を引いた。
銃声が二発、ほぼ重なるようにして響く。
ウォレンの弾丸はジョージに撃ったそれと同じくグレッグの心臓付近を貫いた。
銃を構えたままのウォレンの後方でアスファルトがピシッとえぐられた。
鈍く重たい音を立て、グレッグがその場に倒れこむ。
動きが、止まる。
静けさが、訪れる。
暫時、ウォレンは拳銃を構えた状態で相手方を見やっていたが、やがて全身の力をゆっくりと抜き、体を起こした。
銃声が数発聞こえた。
その後、静かになった。
エリザベスはそっとドラム缶の影から顔を出し、様子を窺った。
ゆっくりと体を起こすウォレンの姿が見えた。
光と影に演出された彼の表情は、無、以外の何ものでもなかった。