IN THIS CITY

第2話 People Person

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04 Pray in the Soundless World

 無音の空間。
 質素さが高級感を漂わせる車の助手席で、コニー・プレイガーは目を閉じ、両の手をひざの上に重ねていた。
 感じ取れるものは自分の手のぬくもりと、いつもより少しだけ速い自分の鼓動、そして座席の下から伝わってくる振動のみだった。
 それらを背景に、今朝流れていたニュースの映像が彼女の脳裏を音もなく過ぎる。
 同時に、昨夜、しばらくの間街から離れるように告げた夫の顔が思い起こされる。
 妻の目を真っ直ぐに見つめた優しい彼の表情と穏やかな口の動き、そして手の動き。
 ふと、走行中であることを知らせる振動が弱まり、体に慣性力を感じた。
 停車と同時にコニーは目を開けた。左隣を見れば、ハンドルを握っていたTJ・グラスフォードが微笑をし、着きましたよ、と目で伝えてきた。
 ありがとう、の形で口を動かし、コニーはシートベルトを外して助手席のドアを開けた。
 外に立った瞬間、コンクリートで固められた地面を照らす日の光が弱まった。
 どこからか流れてきた雲に、太陽が隠されたのだろう。
 動きやすいパンツ姿のTJが先に歩く。肩までの茶色の髪をしっかりと後ろでくくり上げた姿は、機敏で油断のない雰囲気を倍増させていた。
 彼女の後に続き、コニーもまた、まだ開店していないバーの裏口へ向かった。


 差し込む光に触れた煙が、滑らかな動きを残し拡散していく。
 携帯電話を片手にタバコを吸いながら、アレックスはその様子を目で追っていた。
 客のいないバーは静かで、日光の温もりを吸収していた。
「――あと20分くらいか、分かった。――ん、今か? 今はギルのとこ。――そうだなぁ、一応ここに集合ということで。また何か進展があったら連絡するから。――あいよ、安全運転でな」
 通話を終えると、アレックスは指に挟んでいたタバコを口に持っていき、ひとつ、深く煙を吸った。
 踵を返し、座っていた席に戻る。
 店内の反対側ではギルバートが同じように携帯電話を持って話をしていた。彼のもう片方の手には、タバコではなくコーヒーカップが握られている。
 閉じられた窓から漏れ入ってくる光が弱まり、アレックスは細めていた目を開いた。
 椅子に腰をおろし、量の増えたタバコの灰を灰皿に落とす。
 目の前のテーブルの上に置かれたコーヒーカップの側には紙が散らばっており、黒いペンがキャップを外されて置かれている。1枚の紙には十数名の名前がかかれており、5人以外の名前の上には黒く線が引かれていた。
「……そうか、分かった、ありがとう」
 携帯電話を耳から離し、ギルバートはアレックスに向き直った。
「仮出所中だそうだ。監視がついているからそいつじゃあなさそうだな」
「そうかい」
 左手にタバコを挟み、その手をこめかみに当てていたアレックスがペンをもう片方の手でとり、候補から外れた名前の上に2本の黒い線を引く。
「……4人、か」
 ペンを放り出し、ため息をつきながらアレックスは椅子にもたれかかった。
「大分絞り込めたな」
 ギルバートはそう言うと、コーヒーを一口飲んだ。体温よりも低くなった苦い液体が喉を通る。
 そうだねぇ、とアレックスが呟く。
「お前さんのおかげだよ、ギル」
「どういたしまして。あと、ベンからも連絡が入る予定だからもう少し狭められるだろうよ」
 にっこりと笑ってギルバートは言った。
「助かるよ。1人1人直接当たるっていうのも骨が折れるからねぇ」
 アレックスは短くなったタバコから最後の一服を吸うと、体を起こして灰皿で消火した。
「頼りになる知り合いと現代文明の機器に感謝、だな」
 呟かれたギルバートの言葉に、確かに、とアレックスが大きく頷く。
「一番楽なのは、自己申告してくれることなんだけどねぇ」
「そうだな。新聞の広告に出すか? 『捏造したのは誰ですか』って」
 ギルバートのその言葉にアレックスが人差し指を振る。
「ギル、今時新聞は古いよ。インターネットという存在があるんだから」
「ああ、さすが現代文明。不特定多数の信頼できる人間から、非常に有力な情報が得られそうだね」
 皮肉めいた大仰な口調で言うと、ギルバートは冷めたコーヒーを最後まで飲んだ。
「ところで、ウォレンは何て?」
「カイルからヒラー側の情報を受け取ったらしい」
「ほう、じゃ、カイルもヒラーが仕掛けたと思っているってことか」
「だね」
「恨まれているな、ヒラー氏も」
「かわいそうだねぇ」
 言葉とは裏腹の口調と表情でアレックスは言った。同意しながらギルバートは軽く笑う。
 会話の間を縫うように、裏口から来客を知らせるベルが鳴った。
「おや、誰かな」
 コーヒーのカップをカウンターに置き、ギルバートはアレックスに、ちょっと失礼、と手で合図をするとカウンターの中へ移動した。いつもの立ち位置の後ろにあるドアを開け、物置と裏口へつながる薄暗い通路を歩いていった。
 途中、通路脇に据えられている棚の上の小型の液晶画面で外の様子を確認する。
 物静かな雰囲気を纏いカメラに視線を送る女性と、カメラに向かってにっこり笑いながら手を振るもう1人の女性の映像が白黒でくっきりと映し出されていた。
 2人の来訪に驚きながらも、ギルバートは裏口の鍵を開ける。
「やぁ、コニー、TJ、いらっしゃい」
 自然とこぼれ出た笑顔とジェスチャーで、ギルバートは2人を歓迎した。
 コニーはギルバートの目を見て穏やかな微笑を送ると、長い指を持つ手を動かし始めた。
「『突然訪れてごめんなさいね、ギル。でも元気そうで何よりだわ』」
 隣に立つTJが、彼女の滑らかな手の動きを言葉に訳してギルバートに伝えた。
「2人とも元気そうで、俺も会えて嬉しいよ」
 口の動きからも言葉を察することができるように、ゆっくりとギルバートは言った。
 彼の言葉をTJが手話に訳してコニーに伝える。
 元気そうで、とは言ったものの、コニーの微笑の影に負の色が浮かんでいるのを、ギルバートはそれとなく感じ取った。
「立ち話もなんだから、どうぞ中へ」
 一歩下がって広くドアを開け、ギルバートは続ける。
「丁度アレックスも来ているところだよ」
 あら、とコニーは口を動かし、道を開けたギルバートに、ありがとう、と手話で伝えると店の中へ足を踏み入れた。
「ありがと」
 TJもギルバートに一言礼を言うと、コニーに続いて中に入った。
 2人が通り過ぎ、ギルバートは裏口のドアとその鍵を閉めた。
「車はどこに停めたんだい?」
「表通りよ。晴れているから、『彼女』にとってはいい日光浴になりそうね」
 TJはにっこりと笑って答えた。
「そう? ウチのスペースを使えばいいのに」
「大丈夫。駐車禁止じゃないし、防犯もバッチリだから」
 物静かな印象のあるコニーとは対照的に、TJは快活に受け答えをする。どちらかといえば口数の多いほうではあるが、会話では決してコニーを置き去りにすることなく、常に同じ速さを保っていた。
 護身術にも優れており、かれこれ5年以上、コニーの護衛として働き、またよき友人として接している。
 数年前にコニーが襲われたことがあったが、その時、彼女を守ったのは他でもないこのTJであった。
 彼女の人柄を尊敬すると同時に、人を観る目があるな、とギルバートはTJを雇い入れたモーリスに改めて感心した。


 椅子の背にもたれかかりながら、アレックスはタバコを1本取り出そうと、くしゃくしゃになった箱を手に取った。
 箱からタバコが半分ほど顔を出したとき、カウンターにあるドアがゆっくりと開いた。
 静かな足音が聞こえ、明るい栗色の髪をゆるく後ろでまとめ上げた女性の姿が室内に現れる。
 大人の雰囲気をまとっている彼女は、だが実際の年よりも若く見えた。
「おや」
 出しかけたタバコを箱に戻し、それを適当なポケットにしまうとアレックスは椅子から腰を上げた。
 目が合い、互いに微笑を交わす。
「コニー、久しぶりだねぇ」
 言葉と同時に手を動かしながらアレックスは挨拶をした。
『こんにちは、アレックス』
 コニーは手話で挨拶を返す。
「相変わらず、きれいだねぇ」
『相変わらず、口が上手ね』
「本当のことだよ」
「ありがとう」
 少しばかりくぐもった発音で、コニーは礼を言った。
 再びドアが開き、TJとギルバートが入ってくる。
「アレックス、こんにちは」
 コニーに会話の内容が分かるように、TJは手話も交えて言った。
「やぁ、TJ。君も相変わらずきれいだねぇ」
「ありがとう。でも女性には必ず言うんでしょう?」
 TJはコニーに視線を投げかけた。
 2人の会話を見ていたコニーが手を動かす。
「『私も言われたわ』」
 訳しがてらに、ほらね、とTJが肩をすくめる。
「そりゃあ、それは2人とも素敵な女性だからだよ」
「アレックス、言い訳は無駄だぞ。お前のだらしなさは皆知っているんだから」
「その通り。周知の事実よ」
 ギルバートの言葉を手話に訳し、TJが強く肯定した。
 微笑しながらコニーも軽く頷く。
「これはまた、いい評判を得られて嬉しい限りですな」
 イギリス的なアクセントでアレックスは言い、姿勢を正した。
 コニーとTJが笑みをこぼし、ギルバートがやれやれとため息をつく。
「ま、彼のことはほっといて。えーっと、何か、飲むかい?」
 以前に覚えた手話を思い出すように、ギルバートはぎこちなく手を動かした。
 穏やかな表情で、コニーはギルバートとTJを交互に見ながら手で答える。
「『ありがとう。でもすぐ帰るから結構よ』」
 ギルバートは目で同じ質問をTJに投げる。
「私も結構よ。ありがとう」
「そうかい?」
 了解の意を示すと、ギルバートは2人をテーブルに案内した。
 アレックスが4人用の丸いテーブルの椅子を引き、コニーとTJに席を勧める。
 どうも、とコニーはアレックスの目を見ながら手で告げ、TJは小さく礼を述べた。
 2人と対面する位置にアレックスとギルバートも腰掛ける。
「コニー、今回のことは……」
 遠慮がちに言い出したギルバートの続きを制し、コニーが手を動かす。
「『いいのよ、気にしないで。私も突然のことで驚いたけど、彼を信じているから』」
 TJの訳が追いつくのを待ち、コニーは続ける。
「『面倒が起こるだろうから、しばらく街を出るように言われたの。詳しいことは聞かなかったわ。でも、今朝のニュースを見て――』」
 手の動きを止め、コニーは小さく肩をすくめてみせた。
「『――昔は色々としていたかもしれないけど、まさか今の彼に殺人の容疑がかかるなんて……』」
 膝の上に手を下ろし、コニーはゆっくりと首を横に振った。
 そんな彼女の様子を見て、アレックスの脳裏に数年前の光景がよみがえる。
 青く高く晴れた空の下、祝福を受ける新郎と新婦。
 2人が、人生で最も美しい笑顔を見せた瞬間。
 モーリスとの長い付き合いの中、あんなにも優しい彼の目を、アレックスはかつて見たことがなかった。
 彼が裏稼業から足を洗った理由のひとつに、彼女の存在があったことは確かだった。
「……過去は過去だが、それを放っておかない人間もいるってことだ」
 ギルバートの声に現実に戻り、アレックスは軽く頷いて肯定した。
 コニーはいたって普通の女性だ。
 モーリスの過去を承知した上で一緒になったが、その全てを知っているわけではない。
 数年前にコニーが襲われたとき、モーリスの口からニール・ヒラーの名前を聞いたことがあるかもしれない。しかし、彼が今回の件にも関わってきていることをわざわざ彼女に告げなくてもいいだろう、とギルバートもアレックスも判断した。
 コニーもまた、深くまで踏み込むべきでないことを心得ている。
 ただ、過去のしがらみが依然として夫の周りに存在することに、一抹の不安を抱いているようだった。
「心配ないよ。俺もギルも、ウォレンも今動いているから」
「証人が見つかれば、あとのことはモーリスの弁護士に任せておけばいいさ」
「そ。その証人もあと少しで捕まえられそうだしねぇ」
 アレックスもギルバートも、ゆったりと構えて余裕のある空気を纏った。
 その様子に、コニーとTJは互いに顔を合わせ、胸をなで下ろすように微笑をこぼした。
「『ありがとう。彼、あなたたちにきっと相談しただろうと思って、今日ここに来たの。それで、2人にこれを――』」
 手の動きを止め、コニーはハンドバッグの中から厚みのある封筒を取り出した。
 一見して中身が分かり、アレックスもギルバートも慌てて体を起こし、手で制する。
「いやいや、いらないよ」
「金銭面では全く困っていないから」
 遠慮をする2人を交互に見ながら、コニーは封筒をテーブルに置くと手を動かした。
「『大丈夫よ。隠し口座のほうから下ろしたお金だから、例え捜査の手が伸びてきても足はつかないわ』」
 アレックスとギルバートは一瞬動きを止め、コニーの顔を見た。
 彼女自身は後ろめたい過去を何も持っていない、一般の人であるが、さすがモーリスの妻、である。『網』にはかからないように注意を払っているようだ。
 感心したように2人が感嘆詞をもらす。
 その後の一瞬の静寂を縫うように、店内に電子音が鳴り響いた。
 ギルバートが携帯電話を取り出し、発信者を確認する。
「ベンからだ。ちょっと失礼するよ」
 言いながら腰を上げ、奥へ足を運んだ。
 去っていく彼の姿をしばらく見送り、アレックスは前かがみになるとテーブルの上に置かれた封筒をコニーの方へ滑らせた。
「コニー、気持ちは嬉しいよ。ありがとう。だけど、やっぱりこれは受け取れない」
 アレックスの手の動きを読むと、コニーは疑問の視線を彼に投げかけた。
「モーリスには色々と世話になったからね。このくらいのことは、やってのけて当然だよ」
 にっこりと笑ってアレックスは告げた。
 コニーはしばらく彼を見つめ、やがて、ふ、と微笑をすると、言葉よりも多くを語るその目から視線を外し、手を顎に持っていくとゆっくりと下ろした。
『ありがとう』
 紡がれた無音の言葉に、アレックスは、こちらこそ、と返した。
 温かな静寂が3人を包み込み、通話をするギルバートの声が遠くから聞こえてくる。
「いいところあるのね」
 封筒をバッグにしまうコニーの横で、感心したようにTJが言った。
「気づくのが遅いねぇ。惚れたかい?」
 座る角度を少し変え、視線にも変化を入れてアレックスはTJを見た。
「あなたじゃなかったら、ひょっとしたかもね」
 意地の悪い笑みを浮かべ、TJはしなやかに手を組むと上目遣いで答えた。
 アレックスは苦笑をすると、体を起こし、そのまま椅子の背中にもたれかかった。
 通話が終わったらしいギルバートの声がして、足音が近づいてくる。
 TJが振り返り、それにつられるようにコニーが後ろを向いた。
 携帯電話を持っている右手の人差し指を立て、ギルバートは立ち止まると3人を見た。
「いいニュースか、悪いニュースか」
「その顔を見るところ、よさげだねぇ」
 アレックスの推測に、その通り、とギルバートがジェスチャーで強調して答え、続いて質問を投げかける。
「大金が手に入ったらどうする?」
 そうだなぁ、と考え込むようにアレックスは右上を見、TJはコニーに手話で尋ねた。
「コニーは買い物って。私も彼女と同じよ」
「うん、何か買うか、カジノに行くか、だねぇ」
 一通りの意見を拾った後、ギルバートは、なるほど、と頷いた。
「俺の票も加えて4票。使いたくなるのはどうやら人間の性らしいな。さて、絞り込んだ4人の中でここ数日の間に大画面のプラズマテレビなどなど高価な電子機器を数点購入した奴がいる」
 ギルバートの言葉に、店内に感嘆の声が上がる。
「プラズマ、しかも大画面、ねぇ。俺が欲しいよ」
「俺もだよ」
「私も是非とも欲しいわ」
 強調してTJも主張した。
 アレックスとギルバート、そしてコニーの視線がTJに向けられる。
「……置くところはないけどね」
 肩をすくめて言うTJの隣で、コニーがゆっくりと手を動かす。
「『私は持っているわ。2台』」
 いつものようにコニーの手が語り、TJが後のほうを強調して言葉に訳した。
 空間に、2台、という文字が浮かんで消える。
「おおっと、なんだか俺もモーリスの写真を偽造したくなってきたなぁ」
 目を細め、アレックスは手話と言葉の両方で告げた。
「俺も動機をもらった気がするよ」
「2人に同じく」
 意見が合致した3人に対して、にっこりと笑みをこぼしながら、コニーは姿勢を正すと上品な手の動きで語り始めた。
「『視野角が広くて、映像の動きも滑らかで、1台あるだけでも雰囲気が違うわよ。特に、映画を観るときとかね』」
 隣でTJもまた、優雅な口調で訳した。
「羨ましい限りだねぇ」
「どうだアレックス、今夜あたり1台頂戴しにいこうか」
 その提案にアレックスは、いいねぇ、と頷いて同意する。
「1台減ってももう1台あるわけだからねぇ。で、分け前はどうしようか?」
「2等分するしかないだろうね」
「あら、3等分よ」
 通訳作業をしながらTJが参加する。
「3等分か、小型になっちまうねぇ」
「ああ、それはまずいな。大画面の意味がない」
 軽く笑いの起こる中、コニーも今日一番の笑顔を見せた。
 不安の色が消え、普段の彼女の姿に戻ったコニーに、アレックスとギルバートは穏やかな視線を送った。
「さて本題。お目当ての人物はジョン・マーティン。住所はメモしておいた。アーリントン郡在住だそうだ」
 メモを受け取り、アレックスは目を細めてそれを確認する。
「よし、いっちょ押しかけますかね」
 アレックスの様子に動き出す気配を察知して、コニーはTJに目配せをし、席を立った。
「『何もできなくてごめんなさいね。でも、何かあったら連絡して。できる限り、力になるわ』」
「いやいや、来てくれただけで十分嬉しいよ」
 にっこりと笑ってアレックスが告げた。
「表から出たほうが近いかな。車まで送るよ」
 一言呟くと、ギルバートは表の入り口のドアへ足を運んだ。
 コニーは彼の背を少し見送った後、再びアレックスに向き直った。
『気をつけて』
 温かみのある彼女の視線。
 それを受け、アレックスは手話と言葉で答える。
「そうするよ」
「私からも、気をつけて」
 TJも一言告げた。
 アレックスは、紳士的な礼をしてそれに答えた。
 2人は微笑をすると、ギルバートの待つ表の入り口へ向かった。
 アレックスは彼女達の背中を見送りつつ、携帯電話を取り出してウォレンに電話をかける。
 ドアが閉まる音と同時に、相手が電話に出た。
「ウォレンか? 偽造した奴が分かったぞ。――んー、まぁほぼ確。現地で落ち合おうかね。住所は――」


 外に出れば日差しが眩しく感じられる。
「マスコミに追われたりはしていないか?」
 穏やかな光を受けながら、ギルバートが尋ねた。
「『大丈夫よ。彼らに嗅ぎつけられる前に家を出たから』」
「それはよかった」
「何かあっても、私がついているから心配ないわ」
 自信たっぷりにTJが告げる。同意するようにコニーが頷いた。
「安心だね」
 ギルバートもにっこりと微笑む。
 交通量が比較的多い表通りに歩いてきた道が交わり、3人は右手に折れた。
「そこよ。送ってくれてありがとう」
 TJがキーを車に向けてロックを外す。
「しばらくは身辺が騒がしくなるだろうから、気をつけて」
 ギルバートの言葉をTJが訳し、コニーは、ええ、と頷いた。
「それじゃまたね、ギル」
 一言残し、TJは運転席に、コニーは助手席に乗り込んだ。
 小さく手を振り、去っていく車を見送った後、ギルバートは温かい日差しの下、自身の経営するバーへと引き返した。
 途中、アレックスとすれ違う。 
「引き続きベンが詳しく調べてくれるそうだ。何か分かり次第、また連絡する。ま、とりあえず後は任せたぞ」
 軽く視線を上げ、静かに澄み渡る青空を仰ぎながらギルバートは言った。
「あいよ、任せておきなさい」
 のほほんとした口調でアレックスは答えると、裏通りに停めてある車へ向かった。
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