14 Teaming Up
風の音を背に、ハンドルを握りながらウォレンが隣で久しく無言となっているカルヴァートを一瞥する。「……寒ぃな」
上着の襟を立て、カルヴァートが呟いた。
リアガラスが割れているため、外気は侵入し放題である。
「警告はしたぞ」
それなりに暖房は入れているものの、複雑な気流が生まれているせいか、あまり効果はないように思われる。
「まぁいいや。もうすぐだろ」
願いを込めつつ一言こぼし、カルヴァートが両手を擦り合わせた。
先ほどリンとヴェラを預けた先の彼の同僚は、ヴェラから妹の話も聞いたのだろう。話を聞き、彼女の安全を確保するため、セブン・コーナーズにあるコーリの家に向かっているところだ。グリーン・レスキューの一員というヴェラの情報提供者のところにも捜査官が派遣されているはずである。
コーリの家にも捜査官が向かっているはずだが、丁度近くにいるということで、先行してカルヴァートもまた駆り出された次第である。
「……ブレット・ホフリンについては?」
尋ねられ、ちら、とカルヴァートがウォレンを見る。
「経歴に不審な点がある奴か?」
ブレットについても先ほどの電話でミシェルから簡潔に聞いているところだ。バーでのウォレンとの会話で聞いた話のほか、IDの盗用について疑惑が上がっているとのことだった。しかしながらそのことは表に出さず、
「何か知ってんなら言えよ」
と気楽に座り直して再度ウォレンを見た。
その様子にウォレンが前方に視線を固定したままひとつ短く息をつく。
「ID盗用疑惑が上がっている」
その言葉にカルヴァートが感心したような声を出した。
「……そっちにも情報が入っていたはずだけどな」
「縦割りでね」
白を切るカルヴァートに対して失笑すると、ウォレンは緩く首を振った。
「ま、その件については令状がないとな」
確証は得られていないのだろう。監視はするのだろうが、今はあくまでもコーリに話を聞くことと彼女の安全を保障することに重きが置かれているらしい。
「単独での行動は避けたほうがいいんじゃないのか?」
「お前がいるだろ」
返答を聞いてウォレンが咎めるようにカルヴァートを一瞥する。
「応援が来るまでのつなぎだ」
難しい話じゃない、という雰囲気のカルヴァートに、ウォレンが無言を保つ。
関わりたくないのは理解できるものの、D13が関係しているだけに人手は多いほうが助かる。
「何かあったらまたあの弁護士に相談すればいいだろ」
指で軽く顎をつつきながら、カルヴァートは隣で渋そうに運転しているウォレンを見やった。
「弁護士?」
6年前のNYでの事件の際に世話になったクレイトン・シークレストのことを言っていると察したものの、ウォレンは知らないふりを装った。
反応を観察するかのように、暫時、間が置かれる。
「ほれ、シーシェルだっけ?」
思い出すような素振りを見せるカルヴァートに、ああ、とウォレンが頷く。
「シークレストだったかな」
「とぼけるねぇ」
口元を緩め、カルヴァートがウォレンを見やる。証拠はないものの、ウォレンがシークレストと以前からの知り合いなのではという勘は働いている。
「あの時は向こうの都合で申し出てきただけだろ。こっちから依頼する気にはならない」
ウォレンとしても疑念を向けられているのは承知しているが、シークレストとの表に出ている接点は6年前の一件だけである。幼い頃から顔を合わせる機会はあったものの、記録として残っているわけではなかった。
観察するようなカルヴァートの目はそのまま流し、前方の標識を確認する。
「相当高いスーツ着ていたぞ」
普段となんら変わらない声調に、演技がうまいのか実際に6年前の一件でしか関りがないのか判断を下しかねる。
ひとつ息をつき、カルヴァートが軽く頭を掻いた。
ウォレンに関する不穏な話については今のところ突き詰める気はなく、シークレストとの繋がりもそこまで重要な点ではない。見て見ぬふりをすることで協力を得やすくなるのであれば、それに越したことはなかった。
「……ま、いいや。心配すんな」
大人しく引き下がったカルヴァートをウォレンが無言で見やる。
いつものことながら軽く探りは入れてくるものの、深くは探ってはこない。とはいえ小さな情報でも繋がれば何かが見えてしまうこともあるため、油断できないことは確かだった。
「大事にはならねぇだろ」
ふと、カルヴァートの言葉が耳に入ってき、懐疑的な視線でもってウォレンが彼を見やる。
その視線の意図することを知ったのだろう、カルヴァートが車内の手の届く付近を見回した。が、残念ながら手ごろな木製の代物は見つからない。それでも何もしないよりはいいと判断したか、カルヴァートが適当に窓際あたりを叩いた。
「……それは木製じゃない」
「分かってる」
軽く片手を広げるカルヴァートに小さく息をつき、ウォレンは指示器を入れると指定の住所の通りへと車を走らせた。
無灯火の家や売りに出されている家がある様子を横目に見つつ、速度を落としてホフリン家を探す。
車を進めるごとに、各家の壁に記されている数字が減少していく。
「780,この隣だな」
カルヴァートの声にウォレンも壁の数字を確認し、街路樹を通り越して車を停めた。
「暗いな」
窓越しに観察するが、玄関以外は明かりがついていない。
それとなくウォレンが周囲を見回せば、通りを挟んで向かいと右隣の家には複数の部屋の電気がついていたが、左隣は留守であるようだった。
「帰宅しているはずなのか?」
「いや、そこまでは聞いていねぇ」
一応確かめに、とカルヴァートがシートベルトを外し、車内から周囲を確認する。
「武器は?」
問われ、ウォレンが助手席との間のケースを開けた。
念のため持っていけ、とカルヴァートが頷いて示す。
小さく息をついてウォレンは拳銃を取り出すと外に出、腰にしまうと上着の裾を垂らしてそれを隠した。
木々が風に揺れる音以外は静かな夜である。
階段を上ってポーチに立ち、カルヴァートがベルを鳴らす。
が、応答はなかった。
不在か、とカルヴァートがウォレンを見やれば、彼が軽く眉を動かす。
近くの窓から室内の様子を窺おうとしたときに、不意に家の電気がついた。
いたのか、とカルヴァートがドアに視線を戻す。
起こしてしまったか、と思ったものの、就寝時間にしては早い。
ドアが僅かに開き、中から女性が顔を出し、短く挨拶を交わす。
「何か御用?」
尋ねられてカルヴァートが女性を観察する。
コーリの名前は聞いているが、残念ながら顔は知らない。
振り返るがウォレンも同様であり、僅かに首を傾げてその旨を伝える。
ヴェラの妹としては年齢的に合っていると感じつつも、2人ともヴェラとは似ていないことは感じ取った。
「えーっと、コーリ・ホフリン?」
カルヴァートが尋ねれば、間を置いて女性が、
「ええ」
と肯定した。
時間はあったものの、知らない人間が尋ねてきたことに対する戸惑いとも受け取れる。
「あなたたちは?」
尋ねられ、カルヴァートがバッジを取り出すとそれを見せた。
それを見て納得したらしい顔をした女性が、改めて疑問の顔をカルヴァートに向ける。
「何か事件でも?」
戸惑ったように尋ねてくる女性をもう一度カルヴァートが観察する
「まぁちょっとしたな。君のお姉さんが関係している」
やりとりをするカルヴァートの後ろでウォレンがさりげなく周囲の様子を窺う。
閑静な住宅街といったところであり、ブラックラズベリーと思われる街路樹が風を受けて揺らいでいる。近辺には駐車されている車も多いが、このホフリン家の前には車はなかった。そのことがどうも引っ掛かる。
「姉が?」
女性からの返答に、カルヴァートは肯定を返しつつもヴェラの名前が出なかったことを気に留める。
「中に入って話を伺ってもいいか?」
カルヴァートの提案の声を聞き、ウォレンが彼のほうに視線を戻す。
暫時迷ったらしい女性だったが、ええ、と頷くとドアを広く開けた。
「どうぞ」
促され、まずカルヴァートが家の中に足を踏み入れる。
すぐ右側は居間となっており、ソファとテレビのほか、窓のない壁際には棚が設置されていた。
左側はダイニングとキッチンであり、こちらは明かりがついていないが、キッチンの奥に隣の部屋へのドアがあるらしい。
正面には廊下と階段があり、廊下の奥には部屋のドアが見えるが、どこからも明かりは漏れてはいなかった。
女性の誘導に従い、カルヴァートが居間のほうへ足を進める。
続いてウォレンも足を踏み入れ、カルヴァートと同様に家の中の様子を確認した。
「飲み物を用意するから座って」
ウォレンも居間のほうへ誘導しつつ、女性が伝える。
「どうも」
口元を緩めて礼を言いながらカルヴァートがウォレンを見やる。
注意しろ、との視線を受け、ウォレンもまた目で了解の意を返す。
カルヴァートが居間のほうを向き、棚の上に写真が置いてあるのを見つけるとそちらに向かって足を進めた。ブレットとコーリの写真が飾ってあれば、女性がコーリ自身であるかどうかも分かるだろう。
続いてウォレンもまた女性に背を向け、居間へと歩き始める。
その背後、写真が置いてある棚へ向かうカルヴァートを一瞥した女が背後に手を回し、腰から拳銃を静かに取り出した。
質にとるためにウォレンを掴もうとした瞬間、彼が身を翻して伸ばされた女の左手を払う。驚く女のことは構わずに、そのまま拳銃を持っている彼女の右腕を掴むと容赦なく捻り上げた。
一連の動作の音に加え、女の口から思わずこぼれ出た苦痛の声にカルヴァートが振り返る。
丁度、ウォレンが女の足を払った直後だったらしく、彼女が受け身を取れないままに床に倒れる派手な音が届いてきた。
ふと、カルヴァートの目が暗いキッチンのほうで動く像を捉える。
「伏せろ!」
反射的に叫ばれたカルヴァートの声に、ウォレンは背後を振り返ることなくソファの背のほうから前方へと飛びこんだ。
銃声がしてそのソファの背に何発か打ち込まれるが、カルヴァートが応戦し、それ以上の銃撃が一瞬止む。
援護を終えたカルヴァートが、玄関から階段の線に平行に少しばかり出張っている居間の壁に隠れた直後、もう1人キッチン側に隠れていたのか、3点ずつの銃声が連続して届いてき、壁の破片が飛んだ。
「マジか」
先ほどサブマシンガンを撃たれたことはウォレンから聞いていたが、まさかこの住居に侵入した人物も装備しているとは思っておらず、カルヴァートの口から4文字語がこぼれる。
「発砲許可は?」
ソファの中身が勢いよく射出され、その後ふわふわと落ちてくる中、ウォレンがカルヴァートに尋ねた。
「どうぞ」
短く回答が返ってき、ウォレンはまず居間の照明を撃った。
明かりが消え、相手方から発砲の対象が見えづらくなったところで、ウォレンがクッションを掴んでカルヴァートを見やる。
意図を察し、カルヴァートが頷いて合図を送る。
キッチンを背にソファに隠れているウォレンが、銃撃の合間を縫ってそれを自身の右側へ放った。
転瞬、キッチン側から単発と3点バーストの銃声が届き、弾丸の一部が投げられたクッションに当たったらしく、羽毛が空中に舞った。
同時にカルヴァートが壁から身を出し、相手方に向けて発砲した。
1人仕留めたらしく、男の呻き声が届いてき、もう1人からは罵声が吐き出される。
応戦を受けてカルヴァートが壁に身を潜めるのを確認し、ウォレンがソファから身を起こすと残る1人に対し2,3発発砲し、ソファの陰に隠れる。
相手が再度ウォレンを狙って発砲した隙を見てカルヴァートが壁から身を出し、先ほど確認した相手の位置に向かって銃口を向けると、難なく頭を撃ち抜いた。
カルヴァートとしては極力ウォレンが相手方を仕留めるような事態は避けたいところであったが、どうやらそのことは彼も理解しているらしい。援護に徹する姿勢のウォレンを視界に入れつつ、カルヴァートがキッチンへ銃口を向ける。
銃声が鳴りを潜め、これ以上の増援がないことを確認すると、カルヴァートは階段と廊下のほうを確認した。
動きがないことを確認し、素早くキッチンのほうへ足を運ぶ。途中、ウォレンが倒した女の様子を確認するが、頭を打ったのか気を失っているようであった。
自身はキッチンの奥のドアへ向かうことを告げ、ウォレンには2階の様子を見るように伝える。
カルヴァートの動きを確認して廊下と階段のほうを警戒していたウォレンが頷きを返し、拳銃を構えながら2階へと向かった。
キッチンに入り、カルヴァートが倒れている相手を確認する。
手応えどおり、息はしていなかった。
そのままキッチンの奥へと進み、ドア越しに隣の部屋の様子を窺う。
人の気配はなく、静かであった。
フラッシュライトを取り出し、点灯させつつドアを開ける。
見える範囲には誰もおらず、クローゼットにも隠れていないことを確認し、カルヴァートは室内を横切って廊下に出た。
向かいの恐らく浴室だろうドアを開けようとしたとき、中から何か物音が聞こえてきた。
間髪入れず勢いよくドアを開け、フラッシュライトで中を確認する。
人の気配はないが、窓が開けられており、風圧の変化でカーテンが揺れる。
そこから外に出たのだろうことを察し、カルヴァートは引き返して廊下に出た。
「メイス、外に出る!」
2階に向けて自身の今後の行動を告げ、カルヴァートが玄関を目指す。
ドアを開けてポーチに出れば、敷地内を走り去っていく男の後ろ姿を確認できた。
「止まれ!」
拳銃を片手に制止の声を鋭く飛ばすが、男が止まる気配はなく、隣家の前に止めてあったSUVに乗り込む。
構えた拳銃を一度下ろし、カルヴァートがSUVに向かって走る。
エンジン音がし、走っても間に合わないと判断したか、カルヴァートが足の動きを止めると銃口を上げた。
タイヤと地面が高速で擦れる甲高い音がし、SUVが急発車する。
数発発砲し、車体には当たったものの、SUVの動きを止めるには至らない。
追撃を、と道路に出たカルヴァートが銃を構えようとした瞬間、
「距離を」
と隣から声が聞こえたかと思えば、先ほど撃った男から奪ったらしいM16をウォレンが構えるところであった。
「あーっと、40ヤード」
電柱の距離から推し量り、カルヴァートが80ヤードとカウントしていく。
その声を聞きつつ、ウォレンが先ほど単発に切り替えたアサルトライフルの照準をSUVに合わせる。
通りは緩い下り坂になっており、左右の揺れがなくなり直進していく車のタイヤを狙うには丁度よかった。
「120ヤード」
カルヴァートの声を聞き、ウォレンが引き金を引く。
前方でSUVが奇妙な音を立てて制御を失い、大きく蛇行した。
2発目がリアガラスを割る。
制御が効かない車となった上にその音に驚いたらしい運転手がハンドル操作を誤ったらしく、近くの街灯に激突するとクラクションの派手な音がし、強制的に停止した。
あの衝突具合であれば、エアバックも開いて運転手の行動も封じられただろう。ウォレンがアサルトライフルを下ろし、両目でその様子を確認する。
隣ではカルヴァートが僅かに目を細めて一部始終を見守っていた。
「お前ときどきホントすっげー便利だよな」
聞こえてきた言葉はそのままに流し、ウォレンはセレクターの位置を確認するとカルヴァートにアサルトライフルを持たせた。
「さすがだな、カルヴァート捜査官」
そう告げてカルヴァートの肩を軽く叩き、ウォレンはホフリン家のほうへ足を向けた。女は気を失っているとはいえ、意識が回復するまえに拘束しておきたいところだった。
その背後、便利なのは俺か、とカルヴァートが小さく呟く。
「どこで習得したか聞いていいか?」
ウォレンの背中に尋ねてみるが、いい色の返事はこなかった。
そうだろうな、と息をつくと手に持たされたアサルトライフルの状態を確認した。
徐々に、騒ぎを聞きつけたらしい近隣の住民の騒ぎも聞こえてくる。
バッジの場所を確認しつつ、カルヴァートはミシェルとの連絡のために携帯電話を取り出し、衝突した車のほうへと向かっていった。
支払いをしてタクシーを降り、周囲を確認するとウォレンは拳銃の入ったケースを抱え、自身のアパートのほうへと歩き出した。
ホフリン家において襲ってきた女を拘束した後、カルヴァートの応援が来る前に、彼に促されて現場を後にした次第だ。
少なからず事情聴取があるだろうと思っていたが、カルヴァートがうまいこと対応するのだろう。言葉に甘えて戻ることとしたが、リアガラスの割れた自身の車ではこの季節はやはり寒さが堪える。加えて車の背後には銃痕も多いため、人目につくのも気がかりといえば気がかりであった。
あまり気は進まなかったが、押収されて困るものは置いていなかったため、車についてもカルヴァートに預けることとした。修理までは望んでいないが、運んでくることは期待できるだろう。
アパートに踏み込む。
鍵を入れている郵便受けを確認したウォレンが、鍵がないことに気づく。
隠していることを話している相手は1人である。
そのまま郵便受けを離れて階段を上がり、部屋のドアの下を確認する。
鍵を使った場合は部屋の明かりをつけておくよう伝えているところだが、今回を含め、破られたことはなかった。
念のための警戒をしつつも自室にいる人物の予想はついている。
ドアを3回ノックし、開ける。
自室の居間に視線を向ければ、エリザベスが丁度顔を出したところだった。
「来ていたのか」
後ろ手にドアと鍵を閉める。
居間へと足を進め、近くの棚にそっと拳銃の入ったケースを置いた。
「ちょっと話したいことがあって」
言いながらエリザベスもまたウォレンのほうへ足を進めた。
遠慮がちなところが気にかかり、どうしたのか尋ねようとしたところで近くまで歩み寄ってきたエリザベスがふと足を止める。
「……これって、硝煙の臭い?」
尋ねられ、ウォレンが右腕を確認する。が、鼻が慣れているのかよく分からない。
「臭うか?」
尋ね返せば、頷いたエリザベスが疑問の眼差しを送ってきた。
彼女はかなり深く事情を理解しているため、ウォレンがその疑問を理解するのが遅れる。が、その意味するところに気づき、
「あ」
と半ば間の抜けたような声がウォレンの口から出てきた。
危ないことからは手を引く約束をエリザベスとはしている。
硝煙の臭いが体についているとなると、その約束を破られたと疑われても仕方がないだろう。
何か告げようとしたが、それよりも先にウォレンの右手がエリザベスの憶測を否定するかのように動く。
「説明させてくれ」
月並みの言葉を口にする間に、話すべき事項を頭の中で整理する。
珍しく慌てた様子のウォレンを見、思わず笑いがこぼれそうになるのを堪え、エリザベスは口を結ぶと続きを待った。
その様子を違う意味に捉えたか、僅かに視線を泳がせ、ウォレンもまた口を一度結んだ。
「ヴェラに話を聞きにいったんだが、そこでちょっとしたトラブルに見舞われてな」
ひとつ咳払いをし、ウォレンが続ける。
「グリーン・レスキューが大麻か何かの栽培に関係していることが判明した」
それを聞き、エリザベスが驚くと同時に怪訝な表情をする。
「『ちょっとした』トラブル?」
指摘され、ちょっとしたではなかったか、とウォレンが思い直す。
「大きめの、かな」
迷うように動くウォレンの右手を見、やはりどこか認識の基準に齟齬があることを感じつつも、エリザベスは頷いて続きを促した。
「俺の手には余る話だから、知り合いの捜査官に引き渡した。リンもヴェラも無事だから安心してくれ」
「捜査官?」
尋ねればウォレンが、ああ、と肯定する。話の内容からしてFBIなのだろう、とエリザベスが推測する。
「……悪徳捜査官なの?」
「いや、融通は利くが真面目な奴だ」
答えた後で、真面目という表現が正しいかどうか、ウォレンが疑問を持ったが、カルヴァートの仕事への姿勢は一応そう評価してもいいだろう。
頷いたエリザベスだったが、ウォレンの立場とは対極に位置する名称が出てき、解釈に困ったような表情をする。
「FBIとも働いているの?」
その言葉に、ウォレンがあからさまに渋い顔をする。
「あいつらと一緒にされるのは、ちょっと癪に障るかな」
聞こえてきた言葉に、そこは嫌がらなくてもいいのでは、とエリザベスが疑問を抱く。
「でも知り合いがいるんでしょ?」
「いるな」
「協力しているんじゃないの?」
先ほどと似たような表現ではあったものの、こちらにはそこまで拒否反応はないのか、迷うようにウォレンが軽く首を傾げる。
「まぁ、向こうにも割と理解のある奴がいたほうが動きやすくてね」
それを聞き、そう、とエリザベスが頷く。
「クレアには恐らくもう話が届いているだろう。コーリについては残念ながら居場所が不明だ」
夫のブレットと共に、身を隠しているのか連絡がとれない状況になっていることについて、カルヴァートから聞いているところだ。明確に頼まれはしなかったが、何か手がかりがあれば知らせるようにとの意味合いも含まれているだろう。
「ないとは思うが、接触してきたら捜査機関に連絡してくれ」
「分かった」
コーリがクレアに積極的に接触しようとしていたこともあり、エリザベスとしても心配がないわけではない。が、ウォレンやギルバートだけでなくFBIも動いているのであれば、問題ないように思われる。
「――それで、対応している間に銃撃戦もあったのね」
エリザベスの問いに、一瞬横手に視線を逃がしたウォレンが短く肯定する。
「……監督者はいた。許してくれないか」
先ほど話に出てきた捜査官と行動していたのだろうとエリザベスが推察する。
「ええ」
それ以上の詳細は尋ねないこととし、エリザベスは納得がいったことを表情を和らげることでもって伝えた。
その様子を見て安心したか、ウォレンもまた口元を緩める。
「それで、話というのは?」
「え?」
尋ねられ、エリザベスが本来ここに来た理由を思い出す。
「あ、えーっと――」
今度は彼女がどう話をすればいいか迷うように両手を胸の前で合わせる。
「――あの後、アンソニーのお見舞いに行ったの」
言いつつエリザベスがウォレンの目を見る。
その動作でおおよそのことを察したか、ウォレンが、視線を一度床に落とし、軽く首を振った。
「アルバムの写真を見たんだな」
覗き込むように尋ねられ、エリザベスは小さく肯定の返事を告げた。
「クラウスのやつ……」
ひとつため息をつくウォレンの様子に、あ、とエリザベスが口を開く。
「一応、何か見せたくない写真は回収してたわよ」
その言葉に、ウォレンがエリザベスを見やる。
「恐らくあなたのも」
「あいつがか?」
ええ、とエリザベスが答えれば、感心したような感嘆詞をウォレンがこぼした。
「成長したな」
短く告げられた言葉を聞き、エリザベスが弱く口元を緩める。
「……それで、10年ほど前で写真が終わっていることに気づいちゃって」
そこで切られたエリザベスの言葉に、ウォレンが暫時、彼女を見た。
無言のまま静かに、彼が腕を組む。
「……彼らは何か話したか?」
問われ、エリザベスが首を振る。
「アンソニーから少しだけ、半年ほど連絡が取れなかったって」
それを聞き、ウォレンが頷いて床に視線を落とす。
「詮索する気はなかったの。でも、知ってしまったことを黙っているのも心苦しくて……」
ここに来た理由を述べ、エリザベスがウォレンを見やる。
暫時視線が嚙み合うが、責められているようなものではなく、少しばかり安堵してエリザベスが次の言葉を待つ。
「……彼らには、何も話していない」
努めて淡々と述べられている様子が伝わってき、エリザベスは頷いた。
「話してくれなくていいの。きっと――」
余程のことがあったのだろう、とは分かるものの、どれほど深い傷を負ったのかまでは想像できないところだ。以前聞いた、修正第二条の話が関係しているかもしれないとも思いつつ、続ける言葉を見つけ出せずにエリザベスが首を振る。
「――……ごめんなさい」
一言弱くこぼし、エリザベスは口を結んだ。
暫くの間、電灯の弱い電子音のみが辺りを包み込む。
無言のままエリザベスを見やっていたウォレンが、おもむろに口を開く。
「……アレックスの助けになりたかったんだけどな。しくじった」
相変わらず抑えられた声調に、胸を痛めつつエリザベスが顔を上げる。
「アレックスが関係していることも、彼らには伝えていない。まぁ、察しているとは思うが……」
そこで一度区切り、ウォレンが小さく息をつく。
「……クラウスには特に伏せていてくれ。あいつはアレックスを昔から毛嫌いしている。更に関係を悪化させたくない」
僅かに戻った抑揚を耳にしつつ、エリザベスは頷いて了承したことを伝える。
言われてみれば、昨年のクリスマスパーティーでもアレックスとクラウスが話しているところはあまり見かけなかったように思われる。
「……ジェイとシェリを覚えているか?」
問われ、エリザベスが記憶を辿る。
「NYの?」
確認すれば、ウォレンが短く肯定した。
「10年前の件で心底参っていた時に会ったんだ。そこで彼らの友人にも世話になってね。今夜の件にもそいつが絡んでいる」
「さっき言ってた捜査官?」
そうだ、とウォレンが肯定する。
「彼らも何も知らないが、……存在には救われた」
単にジェイやシェリらのことを言っているのではないように感じられ、エリザベスがアイゼンバイス家にも意識を向ける。
「あとは、……そうだな。あの件がなければ恐らく、身長でクラウスに勝てたかな」
聞こえてきたウォレンの言葉に間を置き、エリザベスがふっと小さく笑う。
「彼のほうが高いの?」
「比較はしていないが、嫌な気はしている」
「並んでくれたら私が判断するけど」
申し出てみればウォレンが小さく首を傾げた。
「どうかな。曖昧にしておいたほうがいいこともある」
穏やかな声音にいつもの雰囲気が戻ってきていることを感じ取りつつ、エリザベスは、そうね、と頷いて答えた。
ふと、彼女がウォレンとの距離を更に詰めた。
「……ありがとう」
一言告げ、エリザベスがウォレンの目を見上げる。
「許してくれて」
弱い声音で告げられた言葉に、ウォレンが組んでいた腕を解く。
「構わない」
聞こえてきた言葉に口元を緩めて一度ウォレンの目を見、エリザベスは彼の額に自身のそれを近づけた。