IN THIS CITY

第5話 A Sense of Foreboding

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15 Rigged

 土曜日ではあったものの、クラウスは仕事が入っているとのことで、ウォレンはエリザベスを伴いアンソニーの家を訪れていた。
 無理はせずに安静に過ごしていたことが功を奏したらしく、アンソニーは数日前よりも動けるようになったらしい。
「お前たちの言うことを聞いておいてよかったかな」
 昼食を終えたアンソニーが、無理のない範囲でゆっくりと上体を左右に捻る。この数日はほとんど寝ていたこともあり、体の節々が痛んでいる。
「まだ無理はするなよ」
「はいはい」
 答えつつも、怪我をしたときにあまり安静にしていないウォレンを知っているため、説得力があるとはお世辞にも言えないところだ。とはいえ我が身を案じてくれていることは確かであり、アンソニーは大人しくウォレンの言に従うことにした。
 その様子を見て笑みをこぼし、エリザベスが立ち上がる。
 空になった皿を片付けようとしているのを察し、ウォレンが彼女の動作を制止する。
「俺がやる」
 言いながらテーブルの上の皿を手元に集める。
「でも」
「作ってくれたのは君だ。片づけは任せろ」
 集めたものを手に取り、ウォレンが席を立つ。
 礼を言い、キッチンに向かう彼の背中を見送ると、エリザベスはアンソニーに視線を戻した。
「あと数日で治りそうかしら?」
「そうだね」
 頷いたアンソニーが、僅かながら上体を前に倒す。
「さっきの写真は現像したら知らせるから」
 小声で告げられ、エリザベスが微笑む。
「ありがとう」
 アルバム写真の話になったときに、アンソニーがカメラを取り出してき、渋るウォレンを説得して1枚撮ってもらったところだ。
「そろそろ試験に追われている頃かな?」
「そうね」
「体には気をつけてね。何もできなくなっちゃうから」
 手を広げて自身の状態を示し、アンソニーが告げれば、小さく笑ってエリザベスが頷いた。
 キッチンで洗い物をしていたウォレンが、携帯電話の振動を受けて水を止める。
 開いて見てみれば、カルヴァートからのテキストであった。
 携帯電話をポケットに戻し、残りの皿を洗い終えると近くのタオルで手を拭き、ウォレンがダイニングへ足を運ぶ。
「悪いが少し外す」
 一言だけ述べ、玄関へと向かう。
 深くは尋ねず、了解の返事をすると、エリザベスはアンソニーとともに外に出ていくウォレンを見送った。


 ギルのバーの近くまで足を運べば、後部をシートで覆われた自身のBMWが乗っているトラックが目に入ってきた。
 その側面に腰をかけているカルヴァートを見つけ、ウォレンが軽く首を動かして挨拶する。
「修理工場を指定してくれりゃそこまで運んだんだけどな」
 言いながらカルヴァートが両足に体重を乗せる。
「ここでいい」
 ウォレンからの返答に、そうか、とカルヴァートが頷く。
 訳ありの修理工場にでも世話になっているのか、との疑問が頭をもたげるが、昨夜協力してもらったこともあり、疑念は去らせることとした。
「費用は?」
 尋ねられ、カルヴァートが顔を上げる。
「持ち合わせあんの?」
 両手を広げ、ウォレンがないことを示せば、だろうな、とカルヴァートが頷く。
「後払いでいい」
「そうか」
 悪いな、と礼を言いつつ、カルヴァートから差し出されたトラックの鍵をウォレンが受け取る。
「免許は?」
「持っている」
 鍵を確認し、運転席へとウォレンが足を運ぶ。
 そのまま運転席のドアに手をかけるところを見ると、このまま彼の行きつけの修理工場へ向かう気らしい。
「聞かねぇの?」
 背中に一言尋ねかければ、ドアを開けたウォレンがカルヴァートを振り返った。
「あんたに引き渡した」
 返ってきた言葉を聞き、ひいてはFBIに任せる、ということだろうとカルヴァートが推察する。
「やっと信用してくれたか」
 手を腰にやって声をかければ、それには答えず、ウォレンが口元を僅かに緩めた。
 ウォレンが運転席に乗り込み、エンジンの始動音が響いてくる。
 歩道の奥へと退き、去っていくトラックの様子をカルヴァートが見送る。
 何も聞いてこないとはいえ、カルヴァートからでなくても情報は彼の元に入るのだろう。
 軽く笑って首を振ると、カルヴァートは大きな通りのほうへと歩いて行った。


 バージニア州フレデリックスバーグの一角の一件家。
 白い布が家具を覆っており、閉められたカーテンの隙間から入り込んだ日の光が埃を浮かび上がらせる中、コーリが携帯電話を開く。
 が、期待している人物からの連絡は未だになかった。
 ふと、ため息をついて室内へ視線をやる。
 先ほどまでテレビはつけていたが集中できるものでもなく、今は昼下がりの近所の生活音や住民の声が届くのみであった。
 昨夜突然、ブレットから暫く街を出ることを告げられ、住んでいた家に戻る間もなくこの家にやってきた。彼が言うには、彼の親類の持ち家らしく、地下室は散らかっているため入るなと言われたが、他は好きに使っていいとのことであった。
 彼の話では、環境汚染に対する世間の注意を喚起するために大きな計画を企てているものの、問題が発生し、計画の実行を早める必要がでてきたとのことだった。そのため、暫くはこの家に滞在する必要が出てきたという。
 彼の言う計画の内容については一切聞いておらず、寝耳に水だったコーリだ。自然と文句が口からこぼれ出たが、成功させるためには一般の目を欺かなければならず、何も知らないコーリの存在がそれに一役買ったとのことであった。
 加えて、成功すれば世間がもっと環境問題に真摯に向き合うだろう、君にもその一端を担ってほしい、と目を見て告げられると、コーリとしてはあまり悪い気はしなかった。
 頼りにされていることが何よりも嬉しく、また頼られるなど今まで経験したことがなかったため、自然と微笑がこぼれてくる。
 空になったコーヒーカップをテーブルの上に置く。
 生活用品といったものは昨晩簡単に購入してきたところだ。これから各部屋の掃除をし、過ごしやすい空間を作るつもりのコーリである。
 それにしても、ブレットが朝早く出て行って以来、連絡はなく、帰りが遅いと感じられる。
 心配するコーリがひとつ、大きく息をついた。


 ミシェルと彼女の相棒のマックス・グラハムが一軒家の前に車を停める。
「1708、あそこね」
 住宅に書かれている数字を確認し、グラハムもまた頷いた。
 2人が車を降り、周囲を見回す。
 昼下がりの静けさの中、朝方降った雨の痕が水たまりとして残っている。
 グリーン・レスキューとD13との関係については明るみに出ており、加えてホフリン家において昨夜D13と捜査官の接触があったところだ。
 夫妻の経歴などを洗っていたところ、今年に入ってこの家がコーリ・ホフリン名義で購入されていることが分かった。
「いるかしら」
「少なくとも夫のほうはいないだろうな」
 昨夜ホフリン家において見つけた写真に写っていたブレットと思われる人物は、データベースに登録されている『ブレット・ホフリン』の免許証の顔とは違うものであった。また、家の中から採取した指紋を照合したところ、同じく違うことが判明したものの、該当するデータは見当たらなかった。
「何者なのかしらね」
 ポーチへ向かって歩きつつ、ミシェルがこぼす。
 令状は取っているが、まずは相手の出方を窺いたいところだった。
「奥さんが何か知っていればいいがな」
 言いながらグラハムがバッジを取り出す。
 頷くとミシェルは玄関のドアを叩いた。


 不意に玄関のドアが叩かれ、コーリが怪訝な表情をしてその方向を見る。ブレットであれば鍵を持っているはずで、ドアを叩く必要はない。
 座っていた椅子から腰を上げるとコーリは玄関のドアへと向かった。
 その途中、自身の名前を呼ぶ声がドア越しに聞こえてくる。
 誰かと思いつつ、ドアを開ける。
「コーリ・ホフリンね?」
 ホフリン夫妻の顔はミシェルもグラハムも確認済みである。目の前に立っている人物はコーリで間違いないはずであった。
「ええ」
 戸惑いながらも肯定するコーリに、グラハムがバッジを見せる。
「FBI?」
「ええ。私はドーソン、こっちはグラハム」
「ブレット・ホフリンはいるか?」
 グラハムの質問に、コーリが彼を見る。
「今はいないわ。何なの?」
 尋ねながら嫌な予感がコーリを襲う。
「ブレットの身に何か?」
 その声調に強い不安が表れていることを知り、ミシェルが落ち着くように手で示す。
「いえ、そうじゃないわ。グリーン・レスキューとブレットについてちょっと尋ねたいだけ」
 それを聞き、コーリがゆっくりと頷く。
 D13との関係については全く把握していない彼女である。グリーン・レスキューの件でFBIが動いているとなると、クレア・シャトナーが関係しているのだろう、と彼女は結論づけた。
「……彼女、苦情を申し立てたのね」
 あんなことで、と苛立ちが混ざったコーリの発言に、ミシェルとグラハムが揃って怪訝な顔をした。
「何?」
 尋ねつつ、ミシェルがコーリ関係で挙がっている話の記憶を辿る。
 情報提供者であるギルバートは確か、シャトナー上院議員の娘への勧誘の件について言及していたはずだ。
「クレア・シャトナーへの勧誘のことかしら」
 尋ねてみれば、コーリの表情が拒絶に変わった。
「私は何もしていないわ」
「俺たちが来たのはその件じゃない」
「話すことはないわ。失礼」
 一言告げると、コーリは玄関のドアを閉めようとした。
「話を聞くだけだ」
「話すことはないって言ってるでしょう?」
「君の夫はD13と何か繋がりが?」
「何?」
 聞いたことのない単語に、コーリがドアを閉める手を止める。
「D13、麻薬の売買について聞いたことはあるかしら?」
「何を言っているの」
「D13のメンバーが君の家に昨夜押し入った」
 グラハムの言葉に、コーリが眉根を寄せる。
「ブレットからは聞いているか?」
 尋ねられるが勿論のこと聞いてはいない。口を開けるものの言葉が出てこず、コーリが戸惑う。
「説明もなく彼にここに連れられてきたんじゃない?」
 ミシェルに指摘され、コーリが口を結ぶ。
「グリーン・レスキューの資金がD13に流れていることは承知しているか?」
 目を瞑り、コーリが小刻みに首を振る。
「どういうこと?」
 推察はしていたが、やはりコーリの知らないところで事が運ばれていたらしい。
「この顔に覚えは?」
 グラハムが写真を取り出し、ミシェルに見せる。
 データベースに載っていた、ブレット・ホフリン本人の写真であり、当然ながらコーリが首を振る。
「誰?」
「ブレット・ホフリン」
 聞こえてきた名前は確かに夫のものであり、コーリが瞬きを数回繰り返す。
「何?」
「あなたの夫にはIDの盗用疑惑が出ているの」
 初耳の不穏な情報が次々と聞こえてき、コーリの思考が限界を迎える。
「ちょっと待って何言っているの」
 それ以上の情報の流入を制止するように、コーリが両手を前に出す。
「ブレットはブレットよ。ID盗用なんてあり得ないわ」
 言いながら隙を見てドアを閉め、鍵をかける。
「コーリ」
 突然のコーリの動作に制止が間に合わず、ミシェルがドアを叩く。
 その音を背後で聞きながら、コーリが髪の流れを整えつつ、先ほど聞いた話を反芻する。
 グリーン・レスキューの資金がD13に流れていると捜査官は言っていた。ブレットからは何も聞かされていないが、これも彼の言う計画の一部なのだろうか。
 体を抱きしめるように腕を組み、右手の親指の爪を噛む。
 ふと、『一般の目を欺く』という彼の言葉が思い出される。もしかしたらそのために仕組まれたことなのだろうか。
 考えを巡らせるところで、捜査官が最後に言ったIDの盗用について思い出す。
 玄関から彼らの声が聞こえる中、家の中を見渡す。
 そのコーリの目が地下室へのドアを見つける。
 真実にしろ虚偽にしろ、D13との関係やIDの盗用などコーリの知らないブレットの情報が短時間で大量に流れてきた直後である。地下室には入るなというブレットの言葉が、今思い返すとほかにも隠し事がなされているかのように感じられる。
 おもむろにコーリが地下室のドアへと足を進めた。


 玄関の外でコーリに呼びかけていたミシェルが、グラハムを見やる。
「令状に頼るしかなさそうね」
「そうだ――」
 グラハムが同意するのと同時に、轟音が家の中から聞こえてき、ミシェルとグラハムが反射的に身をかがめた。
 ポーチの隣、地面に少しばかり顔をだしている地下室の窓が割れる。
 玄関の下からも爆風が流れ出てくるのが感じられた。
「コーリ」
 家の中にいる彼女の身を案じ、ミシェルとグラハムは立ち上がると玄関のドアに体当たりをくらわせた。
 鍵の部分が壊れてドアが開き、煙と何かが燃える臭いが鼻を衝く。
「コーリ!」
 前方の床に倒れている彼女を発見し、ミシェルが駆け寄る。
 その背後、グラハムが緊急車両の手配を依頼する声が聞こえてきた。
 地下室で爆発があったのだろう、そこへのドアは壊れて吹き飛んでおり、火災が発生しているらしく煙が立ち込めている。
 2発目の爆弾がないとは限らない。
 コーリの状態を確認すれば、熱傷や打撲の痕が確認できる。脈はあるものの意識はないようであった。
「外に」
「ああ」
 安全なところに、とミシェルとグラハムがコーリを抱える。
 地下室のほうから何かが倒れる音が聞こえてくる。
 昨夜から大きく事が動いているとはいえ、D13と今回の爆弾が頭の中でつながらない。
「……何かもうひとつ裏がありそうね」
 独り言のようにこぼし、ミシェルはグラハムと共に意識のないコーリを外に避難させた。


 昨夜から警護についている警官に付き添われ、ヴェラが連絡を受けた病院に駆けつける。
 受付を見つけて駆け寄り、挨拶もそこそこに
「すみません、コーリ・ホフリンの部屋は?」
 と尋ねれば、予めヴェラの来訪を聞いていたのか、担当者が近くのディスプレイに貼ってあったポストイットを外して書いてある文字に目を走らせた。
「303号室ね」
「ありがとう」
 礼を言い、警護の女性と共にエレベーターを目指す。
 3階についてエレベーターを降り、ドアに貼られている番号を確認しながら急ぎ足でコーリの部屋へと向かう。
 目的の部屋の前には捜査官と思しき人物が立っており、来訪者の気配を感じ取ったか彼が振り返った。
「ヴェラ」
 グラハムがヴェラを見留めて声をかける。
 彼とはつい一昨日、FBI本部でミシェルから紹介されたばかりである。
 ミシェルは、と視線を巡らせれば、廊下に設置されている近くの長椅子のところでデズモンドと話をしている様子が確認できた。
「コーリは?」
 グラハムを見、ヴェラが尋ねた。
「まだ意識は戻っていない」
 それを聞き、ヴェラがひとつ息をつく。電話口で命に別状はないだろうことは聞いているが、意識が戻っていないとなるとやはり心配である。
「入っても?」
 担当医からの許可は得ているため、ヴェラの問いにグラハムが頷いて答える。
 ほっと一息つき、ヴェラがドアを開けて中に入る。
 点滴などの管のほか、熱傷の手当ても受けたのだろう。包帯が巻かれているが、皮膚の変色が見て取れた。
 近くの椅子に腰かけ、妹の手を握る。
 一応は無事とはいえ、目を閉じたコーリの痛々しい様子に胸が苦しくなる。
「一体何が……」
 弱く声を落とし、コーリの手を更に握りしめながらヴェラは項垂れた。


 暫く時間が経った後、病室のドアがノックされる。
「少しいいか?」
 グラハムの言葉に、何か尋ねたいことがあるのだろうと推察し、ヴェラは頷くと一度コーリを見た。
 相変わらず目を覚ます気配はない。今は命に別状はないという言葉を信じるしかないだろう。
 病室の外に出て、グラハムと共にミシェルとデズモンドの元へと向かう。
「デズ」
「ヴェラ。コーリは?」
 デズモンドが心配そうに病室を一瞥する。
 ヴェラが首を振れば、まだ意識が戻っていないことを知ったデズモンドが、僅かに視線を落とした。
「ヴェラ。あなたはニュートン化学工業についてコーリから聞いていない?」
 爆発の事件を受けて、新たにデズモンドから聞いた情報だ。
 ミシェルがヴェラに尋ねてみるが、彼女は心当たりがないらしく、首を振るのみであった。
「コーリは私には何も話してくれないから」
 ふっとこぼした後で、聞こえてきた固有名詞に聞き覚えがあり、コーリがミシェルに視線を戻した。
「ニュートン化学工業って、今年初めに汚染水を排水していたことが判明した、あの?」
 尋ねればミシェルが肯定した。
「デズモンドには頻繁に話していたみたいね」
「グリーン・レスキューのメンバーにも、度々。コーリ、相当怒っていたみたいで、その……」
 言いながらデズモンドがヴェラのほうを見やる。
「何?」
「……あの手の連中は一度、痛い目に遭わないと学ばないんじゃないかって」
 徐々に小さくなっていったデズモンドの声を聞き、ヴェラの背中にも嫌な予感が走る。
「君もコーリが過激な発言をするようになったって言っていたな」
「ええ」
 答えつつ、ミシェルもグラハムもひとつの可能性を考えているだろうことをヴェラが察する。
「まさか、コーリがエコテロを?」
 そのヴェラの質問には答えず、グラハムが口を開く。
「爆発した地下には、爆弾を作っていたらしい痕跡があった」
 現場を捜査していた同僚から報告を受けたらしく、主任からミシェルとグラハムあてに連絡があった。グラハムとしては淡々と事実のみ伝えただけなのだが、ヴェラはそう解釈しなかったらしい。
「コーリはそんなことしない」
 強い口調でグラハムの目を見て告げ、ヴェラが続ける。
「ブレットが、本名が何か知らないけど彼がコーリを唆したはず。間違いない」
「でもブレットからはニュートン化学工業の件は聞いたことがないんだ」
 デズモンドの言葉に、ヴェラが彼を見る。
「表向き関係ないフリをしていただけじゃない?」
 可能性を述べてみるものの、デズモンドの反応は芳しくなく、ヴェラがひとつ大きく息をつく。
「デズ、あなたもコーリのことを心配していたじゃない」
「そうなんだけど……」
 言いつつも確信が持てないのか、デズモンドが口を噤む。
 彼のほうが普段のコーリの姿をよく見ている。時折話をするヴェラですら、過激な発言が多いと感じていたところだ。恐らくはヴェラよりも多く、不穏な発言を聞いているのだろう。
 それを考えればあまりデズモンドを責めることもできず、ヴェラもまた、口を閉じるとミシェルとグラハムを見た。
「……コーリは無実なはずよ」
 身内の言葉であり、それだけで信用されるとはヴェラも考えていない。
「そこも調査中だ」
 冷静な声音でグラハムが告げれば、一応は納得したか、ヴェラが弱く頷いた。
「アース・セイバーズについて聞いたことは?」
 その言葉に、ヴェラがミシェルを見やり、記憶を辿る。
「確か、エコテロを起こそうとして失敗した……」
 答えればミシェルとグラハムが揃って肯定するように頷いた。
「地下から押収した爆発物の残骸が、アース・セイバーズが使用していたものに酷似している」
「コーリが関係していた記録はないけど、あなたの認識と相違ないかしら?」
「ええ、4年ほど前よね? その頃はまだ、今ほど環境問題に熱心に入れ込んでいなかったから――」
 言いながらふと、ひとつの可能性がヴェラの頭を過る。
「――ブレットが関係しているの?」
 尋ねてみるものの、ミシェルとグラハムからは肯定も否定も返ってこなかった。恐らくはまだ捜査中なのだろう。
「2人ともまだ暫くは警護を受けて」
 ミシェルの言葉に、ヴェラとデズモンドが頷いて答える。
 彼らの警護を担当している警官に2人を託すと、ミシェルとグラハムは病院の出入り口に向かって歩き始めた。
「……コーリが関係していると思う?」
「少なくとも彼女名義の所有地が一連の事件に関係している」
 近くにあった階段を下りつつ、グラハムが曖昧に回答する。
「疑っているのね」
「そりゃ一応な」
 そうね、とミシェルが頷きを返す。
 エレベーターが到着する音がし、2人が乗り込む。
 ふと、携帯電話に何か連絡が届いたらしく、ミシェルとグラハムが同時にそれを確認した。
「主任からね」
「運転は?」
「あなたに任せる」
 了解、との言葉を聞きつつ、ミシェルは携帯電話をポケットに戻した。


 リッチモンド近郊、ニュートン化学工業のCEOであるベンジャミン・ニュートンの家の前に車を停め、ミシェルとグラハムが降りる。
 目の前に建っているニュートン宅の敷地面積は広く、豪邸と言われればその部類に入るのだろう。
 芝生は丁度、芝刈り機で手入れされている最中らしく、作業音が届いてくる。
 丁度玄関から出てくる壮年の人物を見留める。
「ベンジャミン・ニュートン?」
 尋ねながらミシェルとグラハムが彼のほうへ歩いていく。
「そうだが?」
 肯定を受け、ミシェルがバッジを見せる。
「FBI」
 バッジと2人を交互に見やり、ベンジャミンが軽く笑うと首を振った。
「FBI? EPAかと思ったが」
 自虐の入った返答のように感じるのはほかでもない。
「汚染水のことね」
 ミシェルが述べれば、ベンジャミンが頷いて答え、続けて
「その件についてはちゃんと調査を受けている」
 と述べると、隠すことはない、というように彼が手を広げる。
「エコテロの可能性があるの。あなたの自宅も調査しても?」
 聞こえてきた言葉を怪訝に思ったか、突然の申し出にベンジャミンが眉根を寄せる。
「……エコテロ?」
「環境保護団体から苦情は来ているか?」
「何件も来ているよ。手紙でもメールでも」
「脅迫は?」
 尋ねられ、ベンジャミンがミシェルを見るとひとつ息をついた。
「言ったようにこの件についてはEPA含めて政府機関の調査を受けている」
 彼としては法律に則って対処しているため問題ない、との認識であり、狙われる筋合いはなかった。
「環境保護団体の関係者宅で爆発があった。爆弾を作っていた形跡もある」
 徐々に現実味を帯びてくる可能性に恐怖を感じたか、ベンジャミンは話が向かう先を否定するように僅かに首を振った。
「……問題が発覚してから毎日のように脅迫の手紙やメールも来ている。イタズラの可能性は?」
「ニュートン化学工業が狙われている可能性が高いの。確か4年前にもエコテロの未遂事件があったわよね?」
 指摘を受けてベンジャミンが4年前の事案を思い出す。
「……本社に爆弾が仕掛けられていると?」
 当時はアース・セイバーズの内部から通報者が出て事なきを得たが、計画ではニュートン化学工業本社に設置する予定だったという。あの件以降、警備態勢を整えているため万が一のことは起こらないと信じたいところだが、時間が経っていれば警戒意識も薄まるものだ。
 不安が脳裏を過り、ベンジャミンが一度口を引き結ぶ。
「……本社に向かう」
「いや、別のチームが向かっている。あなたとご家族はこのままFBI本部に来ていただきたい」
「念のためあなたの家も問題ないか調査したいけれど」
 ミシェルとグラハムの申し出に渋い顔をしたベンジャミンだったが、彼らに従ったほうが安全と判断したか、弱いながらも頷いた。
「家族に話をしてきても?」
「ええ」
 許可を得て、ベンジャミンが裏の庭のほうへと向かう。恐らくそちらに彼の家族がいるのだろう。
 その姿を見送りつつ、ミシェルとグラハムが周囲をそれとなく見回す。
 ふと、ミシェルの目がベンジャミンの向かう先の脇に停められている車を捉える。
 何か光ったと感じたが、彼の所有と思われる車の下、朝方降った雨によって作られたのだろう水たまりに、赤いランプが点滅する様子が確認できた。
「ベンジャミン!」
 グラハムの腕を突きつつ、ベンジャミンを追ってミシェルが一歩を踏み出す。
 ミシェルの声調に、ベンジャミンの身に危険が迫っている可能性を感じ取ったのだろう、グラハムが同じようにベンジャミンへと足を向ける。2人の動きを感じ取り、ベンジャミンが振り返った。
 転瞬、高めの電子音が短く断続的に聞こえ、次いで爆発音が聞こえたかと思うと爆風が襲ってきた。
 反射的に身をかがめたものの遮るものがなかったため、地面に叩きつけられる。耳鳴りがする中、ミシェルは自身の名前を呼ぶグラハムの声を認識した。やけに遠く聞こえるのは爆音で一時的に耳の機能が低下しているからだろう。
「大丈夫、ベンジャミンは?」
 言いながら彼を確認すれば、同様に地面に伏せってはいるものの体勢を整えようとしている動きがあり、怪我はしているだろうが無事であることに安心を覚えた。
 ふと、グラハムが周囲を見回す。
 車に爆弾が仕掛けられていたのは間違いないが、ベンジャミンは車には触っていないはずだ。エンジンの始動で起爆装置が作動したのではないとすると、遠隔とはいえ手動の可能性がある。
 爆発音に何かが起こったと気づいたのだろう、裏庭のほうからベンジャミンの家族と思われる数人が走ってくるのが見える。
 彼らはそのままに、車が見える位置にある庭木の茂みなどをグラハムが探す。
 ふと、芝刈りをしていた作業員を思い出す。彼がいた位置を確認すれば、芝刈り機はそのまま残っているものの人の姿がなかった。
「ベンジャミンを頼む」
 緊急連絡を入れるミシェルに一言告げ、グラハムが立ち上がって道路のほうを目指す。
 耳鳴りが収まらないことが関係しているのか初動でバランスをとるのに苦労したが、持ち直す。
 その彼が、バイクで逃走する男の姿を捉える。
 咄嗟に銃を構えるものの、野次馬も集まってきており、かつ間に合う距離ではなかった。
 銃を下ろし、目撃したナンバープレートを念頭に本部に連絡をとる。
「ベンジャミン・ニュートン宅で爆弾が爆発した。バージニアの747634ナンバーのバイクを手配頼む」
 ひとつ息をつき、グラハムはミシェルとベンジャミンの元へと急いだ。
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