04 The First Drug is the Worst Drug
作業服をロッカーにしまい、扉を閉める。首にかけていたマフラーを一回りさせながら、ウォレンは周期的に痛む頭を気遣いながらドアへ体を向けた。
丁度、そのドアが開き、頬にススをつけたドンが入ってきた。
「お、メイス。お疲れ。どうだ、飲みに行くか?」
元来仲間内で騒ぐのが好きなのだろう。
娘ができて禁煙には成功したらしいが、飲むことだけはどうにも絶てないらしい。
ウォレンは酒が苦手だということを知っているのだが、ドンは飲むか飲まないかは関係ないとでもいうように誘ってくる。
「いや。部屋探しもあるから今日は遠慮する」
「部屋? 引越しか?」
「ああ」
「騒ぎすぎて追っ払われたとか?」
「あんたと一緒にするな」
切り返せば、笑いながらドンが、だよな、と頷く。
騒がしすぎて疲れることもある彼だが、根が素直なのか柔らかいのか、付き合いやすい人柄だ。
「じゃ、また明日な」
手を上げる彼に、ああ、と答えながら、それとなくウォレンは頬が汚れていることを伝えた。
怪訝な顔をして鏡を見に行くドンをドアの向こうに残し、外へと向かう。
アレックスから逃げるようにアパートを出て2日ほど経った。
当初は、部屋を見つけるまでは暫くモーテル暮らしをするかと考えていたが、どうしたものか、ヤング家のゲストルームに落ち着いている。
モーテルの駐車場でシェリに声をかけられた夜、彼女を家まで送っていったのだが、会話上ふと部屋を探していることを言ってしまったことから、ジュリアスとシェリに「それならゲストルームを」と強く推され、暫くの間借りることとなった。
息子との間に問題があったのではと思ったが、彼らとしては、違う人間がいることで状況が好転すれば、という期待もあったのかもしれない。
その息子のJJだが、ゲストには慣れているのかウォレンのことはあまり気にしていない様子だった。
しかしながら、先日の朝に見たときと変わらず、両親のことは避けているらしかった。
シェリ曰く、アメリカンフットボールで怪我をしてから様子がおかしい、とのことだから、練習から遠ざかっている分チームメイトとの技術の差を気にしているのだろうか。
いずれにしても、悩みを抱え込み、あまり部屋からは出てこない状況だ。
気にならないといえば嘘になるが、出口を見つけるのは最終的には自分自身だ。赤の他人がどうこう言う問題ではない。
とまれ、気まずい空気ではないため、部屋を決めるまではヤング家のゲストルームに厄介になることとした。
声をかけてきた従業員に返事をし、外に出る。
停めていた車の鍵を開けると、中に滑り込んだ。
ドアを閉め、一息ついたところで若干の高低差が響いたか、頭痛が度合いを増した。
左手で押さえつつ、右手でダッシュボードを開く。
中からアスピリンの入った瓶を取り出すと、一錠手のひらに取り出した。
口に入れようとしたところで、まだ抜けきれていないのか、と言ったアレックスを思い出す。
必要なときだけだ、と答えたものの、それがどこまで正しいのかは分からなかった。
あの日はその場の勢いで部屋を去った。
アレックスから完全に隠れるのであれば、部屋だけでなく今の働き先も変えるべきだ。
だが、そこまで避ける必要はない。
私生活には関わってきてほしくないが、無事であることは分かるようにしておきたい。
もっとも、行方をくらましてもアレックスなら遅かれ早かれ探し出してくるだろう。むしろ完全に行方をくらましてしまうと、彼に追ってくる理由を与えてしまう。
数日前の記憶を払うように、ウォレンはアスピリンを口に放り込むと嚥下した。
そういえば、とゾルピデムが切れたことを思い出す。
部屋も探さなければならないが、まずは睡眠薬の調達に向かわなければならない。
エンジンをかけると、緩やかにアクセルを踏み込んだ。
風に吹かれて前の足元を横切っていくビニール袋を見送りつつ、ウォレンはラップ調の音楽がかけられているバスケットコートの金網のドアを開いた。
息が白くなる寒さの中でも試合は白熱しているらしく、応援と野次の混じった歓声の中、ボールの音が時折聞こえてくる。軋んだ金網のドアの音など誰も気にしない。
人垣の後ろを通り、奥へと進む。
その先、隣接する建物の出入り口に近いところに探していた人物を見つけた。
「チーコー」
名前を呼んだ声は歓声に紛れたが相手には聞こえたらしく、金網に背をもたれかけさせたままチーコーが振り向く。
呼び名が定まったときは小さかったのかもしれないが、今は名前に似合わずひょろ高い。
「スコッティー」
客が来たと分かったのだろう。口元をにやけさせ、チーコーは口からタバコを離した。
「こっちは止めたんじゃねのか?」
尋ねながらタバコを地面に落とし、靴の裏ですりつぶす。
「量は減らしている」
ウォレンの回答に、だろうな、と鼻で相槌を打つとチーコーは金網から背を離した。
「報われねぇ努力だな」
「かもな」
「女と同じだ。一度味をしめたら止められね」
だろ、と窺うように同意を求めてくるチーコーに対し、ウォレンは苦笑を返した。
「で、入用の品は?」
「睡眠薬」
「ベンゾジアゼピン?」
「ゾルピデム」
言いながら丸めた紙幣をチーコーに見せる。
紙幣を受け取り、額を確認した後、了解、とチーコーが頷いた。
踵を返し、ドアの側にいた男に少しどくよう声をかけると、彼は依頼の品物を取りに建物の中へ入っていった。
その姿を見送り、ウォレンは待つ間人垣で見えない試合に目をやると、金網に背を預けた。
金網は僅かにたわみ、上着越しに冷たいであろう感触を伝えてきた。
時折、ゴール付近でボールと手が見える。ダンクが決まった瞬間、歓声の音量がひとしきり増大した。
「兄さん」
ふと声が聞こえてき、ウォレンは視線を落とした。
「賭ける?」
中学生くらいだろうか、場にそぐわないほど純真な目をしながらも、賭け金を募っていた。
「いや。観てるだけだ」
「そっか」
食い下がることなくあっさりと引くと、少年は次の人間に同じ質問を投げかけた。
ひとつ息をつくと、ウォレンは再び攻防戦が繰り広げられているであろうコートの中へ視線をやった。
やがてドアが開き、建物の中からチーコーが出てきた。
彼を確認し、金網から体を起こすと同時に、袋に詰められた品物が弧を描いて投げられた。
受け取り、数量をざっと確認するとウォレンはそれをポケットにしまった。
「依存してんならアゼピンでも変わらねぇぞ」
じゃな、とチーコーは先ほどまでと同じ場所で金網に背を預けると、新しいタバコを取り出してくわえた。
数瞬チーコーを見たウォレンだったが、無言のまま彼に背を向けると、金網の外へ向かった。
徐々にバスケットコートからの歓声が遠ざかり、角を曲がれば建物に遮られ、届く声が一層小さくなった。
ポケットに入れた手は、先ほど購入した袋入りのゾルピデムに当たっていた。
依存、とチーコーは言っていた。
否定したいところではあったが、現実を見れば、指摘が正しいことは否めない。
以前ほど必要としていないものの、瓶が空になることはない。
それでも、強い依存症になるような薬は選んでいないつもりだ。
ふと、アイリーンの顔が思い出される。
彼女が生きていた頃は、もっと真剣に中毒症状からの脱却に取り組んでいた。
あの頃は悪い夢もそのうち見なくなるという希望も持っていたからだろう。
考えているうちに頭痛が襲ってきそうな気配がし、ウォレンは顔を上げた。
その先、一瞬見えた後姿に見覚えがあり、足を止めるとその人物が入っていった路地のほうを注視した。
(……JJ?)
ガラの悪い地区だ。こんなところで見かけるべき姿ではない。
見間違いとして処理することも可能だったが、JJが今何かしらの悩みを抱えていることは知っている。
それを考えると、この場所とJJとを結びつけるものが見えるような気がした。
どうしようか考えた後、ウォレンはひとつ息をつくと、JJらしい姿が吸い込まれていった路地のほうへ足を向けた。
古びたアパートの裏側は、人気がなく薄暗い様子だった。
周囲を見回し、誰もいないことを確認すると、JJはバッグから小さなプラスチックの袋を取り出した。
深呼吸をし、袋の中に入っているものをひとつ、指先で掴む。
続いてライターを取り出す。
手順は簡単だ。指先に軽い力を入れて火をつける。それだけでいい。
が、踏ん切りはつかず、逸る心に脈拍が増加した。
「JJ」
横から不意に声がかかってき、驚いてJJは軽く腰掛けていた木箱から体を離すと両足に体重を乗せた。
同時に、慌てて両手を後ろに隠す。
振り向いた先には、2~3日前からゲストルームを使用している若い男の姿があった。
「……メイス?」
朝は顔を合わして軽く挨拶を交わすくらいで、これといった会話をしたことはない。
「この路地に入るところを見かけた。ちょっと気になってな」
親指で後ろのほうを示し、ウォレンはJJの目を見た。
「真面目な奴の来るところじゃないぞ」
ウォレンの口調は怪しむようなものではなかったものの、心のどこかに罪悪感を抱いていたのだろう、JJは小さくなると、ばつの悪そうな素振りを見せた。
「あんたこそ、こんなところで何してるんだよ」
逆に尋ねてみれば、ポケットに手を入れ、ウォレンが肩を竦めた。
「俺は『真面目な奴』じゃない」
回答に、JJは改めてウォレンを見た。
確か、車の修理工場で働いていると聞いた記憶がある。外見も、カルヴァートに比べれば随分まともな人間だ。だが、どことなく、近寄りがたい雰囲気を持っていた。
スラム街の外れのほうとはいえ、彼の言うとおり、ここは真面目な人間が1人でふらりと立ち寄る場所ではない。それを考えると――
「ドラッグか?」
思考を遮るように聞こえてきたウォレンの声に、JJの心臓が跳ねた。
後ろ手に隠したとはいえ、直前の行動は見られていたのだろう。
観念した様子で、JJはひとつため息をつくと持っていたプラスチックの袋をウォレンの前に出した。
それを見たウォレンが、JJに視線を戻す。
「ほらよ」
ぶっきらぼうにJJがもう一度差し出せば、数瞬の間を置いてウォレンがそれを手に取った。
透明の小さなプラスチック袋の中には、マリファナが3本ほど入っていた。
そうだろうとは察していたものの、こう素直に手渡されるとは思っておらず、ウォレンは言葉を探しつつJJを見た。
それを詰問の視線と感じ取ったか、弁明を、とJJがもごもごと口を開いた。
「俺が買ったわけじゃない。本当だよ。偶然拾ったんだ」
「……マリファナをか?」
「ああ、学校に着いてロッカーのところで、ディーラーだって噂の、学年が2つ上の同じ学校の奴がさ、何か、落としたから拾ってみたら、それだった」
小袋に視線を落とした後、ウォレンはそれをJJに見せた。
「吸ってみたくなったか」
小袋とウォレンを交互に見つつ、JJは肯定も否定もせずに顔を下げた。
「……ここならまずバレないと思ったんだ」
周囲には似たようなことをやっている人間が大勢いる。
紛れ込んでしまえば、目立たないと思ったのだろう。だが、部外者をそうやすやすと置いてくれるほど、生易しい場所ではない。
危ないことを考えるな、とひとつ息をつき、ウォレンは小袋を持っている手を下ろした。
「……逃げたいことでもあるのか?」
問いかけに顔を上げたJJを見る分には、それは存在するのだろう。だが、
「……あんたには関係ない」
と小さな返事が返ってきた。
親であるジュリアスとシェリにも言えないことだ。他人に話せるわけがない。
そうだな、と頷くと、ウォレンは小さく息をついた。
「間違ってない。一番手っ取り早く逃げる方法だ」
聞こえてきた言葉に、JJがウォレンを見る。
「トリップしている間は何も考えなくていいからな」
そう告げると、ウォレンはマリファナの入った小袋をJJに差し出した。
まさかに返ってくるとは思っていなかったのだろう。意図をはかりかね、JJは怪訝な表情をウォレンに向けた。
「俺はマリファナはやらない」
「いや、そうじゃなくて――……」
手に戻ってきた小袋を見、JJは戸惑いながらそう呟いた後、ふと、顔を上げた。
「……あんた、クスリやってたことあるのか?」
尋ねられ、今もまだ続いている事実を遠くに認識しつつ、ウォレンは擦過音のみで肯定した。
訪れた無言の時間を暫くの間受け入れる。どうしようか迷ったが、ウォレンは視線を落とすと口を開いた。
「手っ取り早く現実から逃れられるいい媒体だ。が、気づいたときには、副作用の幻覚から逃げるために摂取し続けている」
声として出される情報に触発されたか、閉ざしていた過去の記憶が蘇ってき、ウォレンは一度、瞬きをするとその映像を去らせた。
「最初のドラッグが元凶だ」
たとえ『最初』が自分の意思ではなかったにしても、だ。
「マリファナならかわいいもんだが、確実にそれだけじゃ終わらない」
過去を思い出したことによって重くなった心を知られないよう、ウォレンは平常を装ってJJを見ると、
「気をつけて帰れよ」
と一言残し、踵を返した。
背後で、あ、と声がしたようにも聞こえたが、JJからはそれ以上の呼び止めはなかった。
やがて角を曲がると先ほどの路地の雰囲気はどこかに消え、冷えた風が側を通り過ぎていった。
前方で路上を歩いていたホシムクドリが飛び立つ。
その動きにつられて顔を上げれば、暗くなり始めた空の下、青味を帯びたスラム街が目に入る。
依存している本人が、何を説いているのか。
自身に対して呆れつつ、ウォレンは足早に車を停めた場所へ向かった。
何も見えない。
ここはどこだ、と探りを入れるように手を伸ばせば、手のひらが布の感触を伝えてきた。
その方向を見やる。
細く横長に伸びた一筋の光に、洋服を掴む自身の手が見えた。
少し視線を上げる。
先ほどまで真っ暗だった空間に、細く横長の光の筋が数本、差し込んでいた。
クローゼットの中、と認識すると同時に、視界が明度を増す。
扉の形が見え、その先から聞き取れないほどにぼやけた人の声が聞こえてきた。
知らない状況ではない。
瞬間、人の声なのか物音なのか区別がつかないざわめきが急激に音量を増すと同時に口がある単語を発して体がドアを開けようと動く。
手がクローゼットに触れる直前、それが外から開いた。
眩しい光の中に輪郭のぼやけた人のシルエットが浮かんだ直後。
耳を煩わせていた雑音一式が消え、目が覚めた。
耳の奥で脈が速く音を立てている。
窓から入り込む薄明かりとゲストルームの中がはっきり見えるようになった頃、体を包んでいた緊張が流れ落ちていった。
息を吐き、ウォレンは右手を伸ばして近くに置いておいた腕時計を見た。
時刻を確認した後、目を閉じるとゆっくりとした呼吸を繰り返す。
別のよく見る夢だ。
最後にひとつ、大きく息を吐きながら腕時計を持っていた腕を自由落下させる。
昨晩飲んだゾルピデムには、夢を追いやるまでの効果はなかったらしい。
心身ともに重たくなり、動こうとしない体の状態をそのまま許す。
ふと、階下からシェリの立ち振る舞いの音が柔らかく聞こえてきた。
それとともに、窓の淵までやってきただろうイエスズメの声と羽音が、耳元まで届く。
朝。
どことなく聞き覚えのある雰囲気の中、ウォレンは目を開けた。
支度を整え階下へ足を運ぶと、食卓の用意をしているシェリの背中が見えた。
近寄る前に挨拶を投げかければ、彼女が振り返り、笑顔を見せた。
「おはよう。朝食は?」
「いや、いい」
「シェリの手料理を断るたぁ、バチが当たるぞバチが」
耳に入ってきた声に、その主のほうへ視線をやる。
ヤング家では珍しくない画だ。カルヴァートが食卓の一角に堂々と腰を下ろしていた。
難しそうな顔をして新聞を広げているが、読んでいるかは定かではない。
「いいのよ。夕食はちゃんと評価を得ているし。そうよね? メイス」
ふふ、と笑いを残し、シェリはキッチンへと去っていった。
「朝食わねぇと夜まで持たねぇだろ」
「昼は食う」
ふぅん、と頷き、カルヴァートは新聞を閉じた。
「ここじゃ朝食はタダな上にうまい。食っときゃいいのに」
カルヴァートの言葉にウォレンが呆れたような視線を寄こせば、
「人の好意には甘えるのが俺の信条だ」
と、何に対しての自信か分からない笑みと共に言葉が返ってきた。
「甘えるのはいいが、新聞はぐしゃぐしゃにするな」
一足先に食事を済ませて歯磨きを終えたジュリアスが、カルヴァートから新聞を取り上げる。
手持ち無沙汰となった両の手の平を広げ、そのまま頭の後ろに持っていくと、カルヴァートは椅子の背にもたれかかった。
「トイレに持ち込むなよ。匂いが染み付くだろ」
その声に、カルヴァートの後ろを通り過ぎる際にジュリアスが新聞で彼の頭をはたいた。
「……今ので余計にぐしゃったな」
呟きながら坊主頭を撫で、再び頭の後ろで手を組む。
ジュリアスが去っていった方向からドアが閉まる音がしたと同時に、階段を下りてくる足音が聞こえてきた。
ウォレンが振り返った先、JJと目が合う。
足音が止まる数瞬の間を置いた後、JJは視線を床に下げ、再び足を動かし始めた。
「よぅJJ。相変わらず元気ねぇな。ちゃんと食ってるか?」
カルヴァートの空回りな調子のいい挨拶に小さく曖昧な返事をし、JJはウォレンの横を通り過ぎ際に視線を上げた。
目が合い、ウォレンが短く挨拶をする。
何か言いたそうな目をしていたが、カルヴァートがいることもあってか、JJは何も言わずに視線を逸らすと、玄関へと向かった。
「JJ?」
カルヴァート用の朝食一式を食卓に運んできたシェリが、息子が起きたことを知り、玄関のほうへ顔を覗かせる。姿を確認すると、今日もまた朝食をとらない彼を追っていった。
相変わらず、母親への態度は以前のままだが、様子を見る分に、昨日の路地裏で別れてから、間違いを犯すようなことはしなかったようだ。
心なしか安心し、ウォレンは小さく息をついた。
「大丈夫みてぇだな」
突如、隣から聞こえてきたカルヴァートの呟きに、ウォレンは彼を見た。
「いんや、別に」
ウォレンの疑問を感じ取ったか、そう言うとカルヴァートは椅子に座り直し、シェリの手料理と向き合った。
引っかかるところではあったが、それ以上カルヴァートは何も言いそうになかった。
彼を置いて仕事へ出ようとウォレンが一歩踏み出したとき、
「マリファナは捨てたみたいだぜ」
とカルヴァートの声が背中に届いた。
振り返り、ウォレンはもう一度、彼を見た。
カルヴァートは、ちら、とウォレンに一瞥をくれると、補足情報は何も言わずにハムと目玉焼きが乗ったトーストを口の中に入れた。
「あんた――」
「仕事、遅れるぞ?」
先ほど口に入れた諸々を噛み下しつつ、カルヴァートは、にっ、と笑って告げるともう一口、トーストを口に運んだ。
疑問の目を残しながらも、遮られた質問はそのまま捨て置くこととし、ウォレンは無言で彼に背を向けた。
腑に落ちない何かを感じつつ、玄関口でシェリと二言三言言葉を交わし、外に出る。
空気はひんやりとしていたが、天気はよくなりそうだった。
だがその気配を感じることなく、ウォレンは昨日の一件を思い返した。
JJを見かけた路地の周辺に、人気はなかったはずだ。
だが、カルヴァートはマリファナの件を知っていた。
JJとのやりとりを、どこからか見ていたのだろうか。
ヤング家と関わりの深い彼のことだ。最近様子がおかしかったJJを心配し、尾けていたことも考えられる。
まさかと思うが、バスケットコートでの件は、どうだろうか。
刺青を入れ、装飾品をつけた派手なカルヴァートの姿が思い返される。
元々気が抜けない相手ではあったが、これで警戒レベルが上がった。
調べてみたほうがよさそうだな、と思いつつ、ウォレンは車に乗り込んだ。