IN THIS CITY

第4話 A Phone Call Away

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05 The Essence of Family

 寒空を照らしていた光が消え、街が群青色の夜に沈んだ。
 足元を過ぎ去る風が冷たさを増したのだろう。行き交う人々の足取りが早まる。
 暖房の効いた車内でハンドルを操作し、ウォレンは路地を縫って進むと世話になっているヤング家の近くで車を停めた。
 かなり気温が下がってきたせいか、この車のエンジンのかかりが悪くなった。
 可能であれば常にすぐに発車できる態勢で停車させておきたいところだが、一晩中エンジンをかけておくわけにはいかない。
 キーを回せば耳に届いていた濁音が消える。
 外に出ると、温まっていた体に外気の寒さが浸み込み始めた。
 喉元を守るためにマフラーをひと巻きさせ、手を上着のポケットに入れた。
 ヤング家へ向かって歩き出し、しばらく経った後。
「メイス」
 後ろから声がかかってき、ウォレンは振り向いた。
 その先、呼び止めたはいいもののどうしたらいいのか分からない様子でJJが立っていた。
 見たところ学校帰りだが家には入っていないらしい。
 無言の間に、JJがバッグを握り直す。
「寒そうだな」
 一言呟き、ウォレンは体ごとJJのほうへ向いた。
 そうでもない、とJJが肩を竦めるが、何かを言い出す様子はなかった。
「何か用か?」
「あ、いや、別に……」
「そうか?」
 疑問の相槌を打ち、ウォレンは腕時計に視線を落とした。
 呼び止めてみただけだというのなら、何もなかったように踵を返してもいいだろう。だが、JJをこのまま捨て置くことはできそうになかった。
 ヤング家の節介に感化されたか、と内心苦笑しつつも、ウォレンは顔を上げるとJJを見た。
「腹は空いているか?」
 ウォレンの質問に、JJが疑問を返す。
「夕飯前だが、軽く食べるくらいなら大丈夫だろ」
 言いながらポケットに入れた車の鍵を取り出す。
「どうする?」
 尋ねれば、少しばかり迷った後にJJが頷く。
 それなら、と車のほうへウォレンが歩き出せば、JJもまた、それに倣った。


 満席とは行かないまでも、店内は人が多かった。
 もっとも、この時期の人々の着込み具合の影響で、混雑と感じる閾値が低くなっているのかもしれない。
 隅のほうに空いていた2席に座り、ウォレンは注文したコーヒーに口をつけた。
 前のJJの様子を軽く窺えば、フライドポテトに手をつけようと悩んでいるのか、切り出す話について悩んでいるのか、俯いていた。
「悪いな、ジャンクフードで」
 一応の断りを入れ、ウォレンは椅子の背に体重を預けるとバーガーを手に取った。
「いいよ」
 軽く首を振って答え、JJがフライドポテトに手を伸ばす。
 人々のざわめきが暫く空間を満たした。
 そのせいか、店内にかかっている曲はほとんど耳元まで届いてこなかった。
「……腕の調子はどうなんだ?」
 問われ、JJはウォレンを見ると肩を竦めた。
「治ってきてる。まだ先生からは激しい運動は禁止されているけど、俺元々骨は丈夫だし、軽いフットワークはもう始めてる」
 答えながら、JJはアメフトの練習中に痛めた左腕をさすった。
 骨を接ぐためのボルトはまだ入っているが、きれいに折れたおかげか、治りは早そうだった。
「シーズン終盤には復帰できそうか?」
「努力するさ」
「頼もしいな」
 口元を緩めるウォレンにつられ、JJもまた、表情を和らげた。
 ゲストルームにウォレンが来てからまだ1週間も経っていない。
 どことなく近寄りがたい雰囲気はあるものの、言葉を交わせばそうでないことが分かる。
 学校から帰っても家に入らなかったのは、入りたくなかったのか、それともウォレンを待っていたのか、それはJJにも分からないが、思わず呼び止めてしまったことを考えると、やはり彼に相談を持ちかけたかったのだろう。
「あのさ」
 小さく切り出して様子を窺えば、ウォレンと目が合った。
 睨まれたわけではないのだが、落ち着いた青灰色で見据えられると、どうしても萎縮してしまう。
「なんだ?」
 言い出しながらも無言でいたところ、ウォレンから先を促す単語が聞こえてき、JJはそわそわとしつつ口を開いた。
「……あのさ、路地裏で見たこと、親父やおふくろには黙ってたのか?」
 ジュリアスやシェリはこの件を認識していないことは分かっている。
 だが、一応の確認のためにJJは尋ねてみた。
 あのような馬鹿な真似はもうしないと信じているからだ、という回答を期待していたのだが、それに反して、
「俺には関係ないからな」
 という一言がウォレンから返ってき、JJは彼を見たまま動きを止めた。
 暫くの間返答がないことを不思議に思ったか、ウォレンが視線を上げる。
「どうした?」
「あ、いや、別に……」
「告げ口されたかったのか?」
「え?」
「『おたくの息子がマリファナ吸おうとしていた』と」
「いや、そうじゃないけど……」
「あの後、吸ったのか?」
「吸ってない」
「今後吸う予定があるのか?」
「ないよ」
 強く断言した後、ふと、JJの頭の中になぜあの時マリファナを吸おうとしていたのか、疑問が沸いてきた。
「ならいいじゃないか」
 ウォレンの締めの一声が聞こえてき、JJは視線を彼に戻した。
 当時は意志を持ってライターで火をつけようとしていたはずだ。が、その理由が今は分からない。
 一瞬の気の迷いか、現実逃避のためか、いずれにしても今思い返せば理解できない行動だ。
 理性が安定している今なら分かる。
 もし、制止の声がかからなければ、今頃はひどく後悔していただろう。
「……なんだ?」
 ぼんやりとしていたところに声がかかってき、JJは意識を現実に引き戻した。
「いや、別に」
 言いながら怪訝そうなウォレンから視線を逸らし、JJはテーブルの上にそれを落とした。
 先に『俺には関係ない』との言葉を投げられたが、JJのことをまったく気にかけていなかったわけでもなかったらしい。
「あのさ」
 顔を上げると、バーガーを食べ終え、紙ナプキンで手を拭くウォレンと目が合った。
「ありがとうな」
 礼を述べれば、ウォレンが首をわずかに傾げた。
「俺は何もしてない」
 淡々と答え、紙ナプキンをテーブルの上に放り、コーヒーを口に運ぶと続ける。
「吸わないと選択したのはお前だ」
 その言葉を受け、JJは再びテーブルの上に視線を落とした。
 確かに、止めとけ、という言葉はかけられていない。
 マリファナに手を出そうとした事実は消えないにしても、踏み止まったのだ。
「でも、助かった」
 一言付け加えると、そうか、と素っ気ない返事が返ってきた。
「……一応言っておくが、あまりジェイやシェリに心配かけるなよ」
 ウォレンの言葉に、和らいでいたJJの表情が曇る。
「……分かってる」
 声のトーンが下がったのを聞いたが、ウォレンは何も言わずにコーヒーを口にした。
 分かっていることを注意されれば、気分を害することもあるだろう。
 そもそも、そのような言葉を投げかけるほどできた人間ではない。寧ろ逆の立場だ。
 そのことを認識し、ウォレンはコーヒーを一気に胃に流し込んだ。
「メイス」
 思考を遮ってJJに名前を呼ばれ、ウォレンはコップをテーブルに置いた。
「あのさ、ひとつ聞いてみていいか?」
 言い出すか出さないかで迷っているJJに、ウォレンは無言のまま続きを促した。
「もしさ、……今まで父親だと思っていた人が、実は違ったらどう思う?」
 耳に入ってきたJJの声に一瞬ついていけず、ウォレンは怪訝な表情を返した。
 だが、もう一度言う気力はないのだろう。JJは口篭ると視線をぐっと落とした。
 問いかけの内容を理解できなかったわけではない。
 だが、口は開いたものの即時的に答えられず、ウォレンは一度それを閉じた。
「――随分と、深刻そうな話だな」
 感想を述べつつ座り直し、下を向いているJJを見た。
「……ジェイのことか?」
 恐らくそうであろうことは分かったものの、尋ねてみる。しかし、JJから回答は得られなかった。
「……あんたなら、どう思う?」
 顔は下げたままに目線だけを上げ、JJが遠慮がちに問いかける。
 そうだな、と質問を受け取り、ウォレンは一度視線を外にやった。
「まず、驚く」
 もう少し長い回答を期待していたのか、JJは少しばかり疑問の表情を浮かべた。
「それで?」
 追随で尋ねられ、ウォレンは仮の設定をもう一度考えた。
「まぁ、実の父親は誰か、気になるかな」
「――それで?」
 まだ尋ねてくるところを見ると、どうやら、今までの2つの回答はJJの納得を得るには至らなかったらしい。
 父親が既にいない身としては状況を思い描きにくく、想像するにも限界がある。
 背中を椅子の背にもたれかけさせ、ウォレンはJJを見た。
「お前はどうなんだ?」
 逆に問いかけられ、一瞬JJが言葉を詰まらせる。
「……さぁ」
 視線を横に逸らし、緩やかに首を振る。
「分からない。ただ――」
 言いかけて口を閉じ、もう一度首を振るとJJは手元に視線を落とした。
「――ただ、ショックだった」
 できることなら信じたくなかった、と感情を溢れさせないよう努めつつ、JJが呟く。
 ずっとぎこちない雰囲気が流れていたヤング家だったが、その原因が分かり、ウォレンは一回り小さくなったように見えるJJに目をやった。
 彼がドラッグに走ろうとした原因も、同じなのだろう。
「……抱えていた悩みはこれか?」
 尋ねれば、JJが僅かに頷く。
「……ジェイから直接聞いたのか?」
 首を振りつつ否定し、JJは僅かながらに顔を上げた。
「怪我したときに、義伯母さんから聞いた」
 ぽつりと告げ、JJは続ける。
「母さんに暴力を振るってたってさ。飲んだくれのアル中で、どうしようもなかった、って。……そいつが、俺の本当の父親らしい」
 軽蔑と怒りが含まれていたものの、彼の語調は弱かった。
「親父は――、ジェイは俺が小さい頃からずっとさ、面倒見て、叱って、まるで本当の父親みたいに接してくれてたんだ。父親っていったら、彼だった。でも、実際は違う」
 首を振った後、誰に対してか、JJは力なく鼻で笑った。
「母さんもさ、黙ってた。ずっと2人して隠してたんだ。知らないのは俺だけだった」
 そこで言葉を区切れば、店内の人々のざわめきが耳に入ってきた。
 生活感溢れるその音に対して小さく息を吐き、JJはテーブルの上に腕を載せた。
「……親父はさ、誰に対しても優しいんだ。お人好しすぎるくらいに。カルとか見てみろよ。ほとんど毎朝、朝飯を食べに来るんだぜ?」
 知ってるだろ、と顔を上げて確認するJJに、来てるな、とウォレンは頷きを返した。
「母さんも文句言わないし」
「カルヴァートが強引だからな」
「金はよく借りに来るし」
「縁がないからだろ」
「ゲストルームにはホイホイ知らない奴を入れるしさ」
「……悪かったな」
 ウォレンの返しに、該当する人物が目の前に座っていることに気づき、JJは気まずそうに視線を下げた。
 どうするでもなく指をいじり、暫くの間、無言の時間が流れるのを許した。
「……親父は誰にでも優しいんだ。息子は俺じゃなくても別にいいんだろ」
 呟くように、JJの口から言葉が漏れた。
 それを耳にし、目線だけを上げ、ウォレンは彼を見た。
「JJ」
 落ち着いた声音の中に咎めるようなトーンが入っており、JJはそれを受け取るのを拒否するように口を開いた。
「なんで黙ってたんだよ。一生俺が知らなければいいと思ってたのか? 飲んだくれの暴力男の息子だって、知らなくていいってか?」
 眉根を寄せて手を開くJJを見、ウォレンは片手のひらを下に向けて落ち着くよう伝えたが、やはり止まるものではなかった。
「酒に飲まれて母さんを殴るような男の血が、俺の中にも流れているって、言ってくれりゃいいじゃないか。飲んで殴って散々暴れた挙句に傷だけを残して家を出てった、そんな人間に値しないような男の息子だって。事実を隠されてたって、俺は――」
「JJ」
 落ち着け、と深呼吸を促すようにウォレンに名前を呼ばれ、JJはようやくに感情が昂ぶっていることに気づいたらしい。
「――嬉しくなんかない」
 投げやりに言葉を捨て、JJはテーブルから体を離すと椅子に背を持たれかけさせた。
 彼の感情の変化などなかったかのように、店内は相変わらず日常のざわめきに満たされている。
 時間にとっては、一個人の問題など些細な問題ですらないらしい。
 JJの様子を見ていたウォレンだったが、外に向かって斜めに顔を上げた彼を見、僅かながらに視線を下げた。
 JJがマリファナに走ろうとした理由も、シェリが背後に人が立つことを恐れている理由も分かった。
 温かさに満ちた普通の家庭。
 ヤング家の最初の印象だった。だが、一見したところ何事もないように見えるが、人それぞれ、何かしら悩みや問題を抱えているのだろう。
 相談された身だ。何らかのアドバイスを提供できればいいのだろうが、生憎それができるほどの余裕はウォレンにはなかった。
「で、どうしたいんだ?」
 尋ねてみれば、窓の外から視線を戻したJJと目が合う。
「え?」
 返ってきた疑問に対し、ウォレンはもう一度同じ質問を投げかけた。
「お前はどうしたいんだ?」
 ウォレンの一度目の質問を聞き逃していたわけではない。
 問いを反芻してはみるものの、JJの中でもすぐに答えられるような解は出てこなかった。
「……分からない」
 首を振って呟き、JJは視線を落とした。
「実父がジェイじゃないと知って拗ねているだけか?」
「拗ねてなんかねーよ」
「なら、落ち込んでいるだけか?」
「違う、落ち込んでなんか――」
 声のトーンが高いことに気づき、JJは一度区切るとトーンを下げた。
「――落ち込んでなんかいない。何で黙っていたのか、知りたいだけだ」
「俺は知らないぞ」
 肩を竦めるウォレンを見、ふとJJは息を吐いた。
「知ってるよ。あんたが知ってたらびっくりだ」
「なら、今俺がお前の前に座っているのは不適切だな」
 違うか、と確認するウォレンに否定できず、JJは再び大きく息を吐いた。
 実のところは分かっているのだ。ジェイやシェリと話をしなければ、根本的な問題は解決しないということは。
 しかしながら、なかなかどうして、話す機会を捉えられない。
「分からないよ。何て聞けばいい? 何て話せばいいんだ? 『あんた俺の実の父親じゃないだろ』って切り出すのか? 『何で隠していたんだ』、『ずっと騙してたのか』って?」
「……回りくどくなくていいんじゃないか」
 何事でもないように聞こえてきたウォレンの声に、JJは視線を逸らすと共に彼にうっかりと相談を持ちかけたことを後悔した。
「いいよもう。あんたにとっちゃ、所詮他人事だ」
 ポケットに手を入れて椅子の背にもたれかかる。
「そうだな」
 素っ気ない相槌が届き、JJは半ば睨むようにウォレンを見ると外へ視線を転じた。
 夜の色合いを醸し出す街並みは、気温が低いことを示していた。
 1週間前に会ったばかりの人間だ。加えて、会話らしい会話をしたのは例の裏路地でくらいしかない。
 そのような関係なのに何故、と今更ながらにJJは疑問に思った。
「話さないと進まない。それは分かっている」
 ふと聞こえてきたウォレンの声に、JJは彼へ視線を戻した。
「――が、話の後、関係が修復されるのか、更に悪化するのか、それが読めない。後者に転じてしまう可能性がある以上、動けない」
 話を続けるウォレンの声のトーンがこれまでと違い、JJは怪訝そうに彼を見た。
「親しい相手だと特に、拒絶されるのが怖いからな」
 これまでと違い、ウォレンはJJを見てではなく手元に視線を落としながら話していた。
「……メイス――」
「と、いったところか」
 トーンの違いの理由を尋ねようとしたところを遮られ、口を開いたままJJは顔を上げたウォレンを見た。
 目が合えば、図星か、とウォレンが眉を上げた。
「別に」
 憮然としてJJは椅子の背に体重を預けた。一瞬でも心境が通じたのではと思ったが、間違いだったらしい。
「ジェイもシェリも、お前の声に耳を貸さないような人間じゃないだろ」
「知ってるよ」
 面白くない、とJJは窓の外に視線を逃がす。
 テーブルの向こうから、小さくウォレンが息をつく様子が伝わってきた。
「親は必ず生物学的につながりがある奴じゃないといけないのか?」
 穏やかにJJの耳に届いた質問は、事が発覚してからずっと自問自答してきたものだった。
「いいじゃないか。ずっと育ててくれたジェイが『父親』で」
 自問自答のたびに出してきた答えが聞こえてき、JJは視線を落とした。
「……簡単に言うなよな」
 弱いながらも抗議すれば、暫くの間をおいて、そうだな、とウォレンが擦過音で相槌を打った。
「血は繋がっているに越したことはないが、要は――……」
 言いかけてウォレンは言葉を切った。
 油断していたのか、ドアを開け、過去が思考に滑り込んでくる。
 瞬時に脳裏を過ぎったのは他でもなく、アレックスとアイリーンがいたあの頃であり、常に温かかったアイゼンバイス家だった。
 感じまいとしてきた感情が湧き上がりそうになる。
「メイス?」
 怪訝に思ったのだろうJJの声に意識が現実に引き戻され、ウォレンは彼を見た。
 その流れを借り、過去を思考から追い出し、ドアを閉める。
「俺から見れば、お前も『ああヤング家だな』という雰囲気だ」
 ポケットに手を入れ、椅子の背に体重を預ける。
 そのウォレンの前で、JJは静かに視線を下ろした。
「……そうかな」
 確認するように呟かれた声に、ウォレンは、間違いなくな、と肯定を返す。
 僅かだが、JJが苦笑したようだった。
「……ひとつ聞いてもいいか?」
 ウォレンの問いに、JJが顔を上げる。
「なんでこの相談を俺に?」
 尋ねられ、JJは考える間を置いた後で、分からない、と肩を竦めた。
「分からない。ただ、聞いてもらえそうな気がして、さ」
 曖昧な答えを受け、そうか、とウォレンは軽く頷いた。
 なんとなく、分からないでもない。
 恐らく、JJは直感的に感じ取っていたのだろう。
 思考から締め出していたものを認識する機会となり、ウォレンはJJに悟られないよう、口元で弱く、苦く笑った。
「帰るか」
 街中の明かりが見える外を示し、ウォレンが足元に力を入れる。
 腕を軽く広げて同意し、JJもまた、立ち上がる準備をした。


 ヤング家の前に停車させ、ウォレンはサイドブレーキを引いた。
 エンジンを切る気配がなく、シートベルトを外したJJがウォレンを見る。
「着いたぞ」
「あんたは降りないのか?」
 動かないJJに尋ねれば、逆に尋ね返される。 
「俺は今夜は別のところに泊まる」
 ハンドルに片手を置き、JJを見る。
 無言のまま、JJが視線を緩やかに逸らした。
「気を利かせているんだが」
「分かってるよ。言うなよな、ありがたみが薄れるから」
 若干口を尖らせ、JJはドアを開くと片足を外に出した。
「……あんた、いつまでいるんだ?」
「新しい部屋は見つけた。週末にでも出て行く」
 それを聞き、そっか、とJJが呟く。
「降りないのか?」
 ぼんやりとしていたところウォレンの声がかかってき、JJは車の外に出た。
「メイス」
 ドアを閉める前に、JJが姿勢を低くする。
「……あんた、家族は?」
 尋ねてみたが、ウォレンからは口元のみの微笑が返ってきたのみだった。
「寒いから早く閉めろ」
 促され、JJは一歩後退すると助手席のドアを閉めた。
 それを待っていたかのように、車が滑り出す。
 暫くの間見送った後、JJは家へ向き直るとひとつ呼吸を置き、歩き出した。
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