IN THIS CITY

第4話 A Phone Call Away

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15 Help Is On Its Way

 家に入ってきた相手方の人数は、声から判断するに少なくとも3人だろう。
 この家の間取りはどうだったか、とウォレンが先ほどスキャンした画を思い出す。
 玄関の隣に居間へのドアがあったが、相手がそこに入らず廊下を通ってキッチンへ向かうとなると、階段の下にある地下へのドアが壊されていることに気づかれるだろう。
 いずれにしても、地下にいたのでは逃げ場はない。
 声を出さないようリーアムに伝え、彼を連れて足音を立てないよう注意しながら階段を上り、そっと玄関側の廊下の様子を窺う。
 3人の男が立っており、その内の1人が居間に入った。
 気づかれないよう、ウォレンが顔を引っ込める。
「……メイス?」
 小声で尋ねてきたリーアムに、指を口に当てて静かにするよう、ウォレンが示す。
 1人ならいざしらず、リーアムがいる。
 廊下に残っている男2人の会話に注意を払いつつ、どうするか、とウォレンはキッチンの方向の廊下を見やった。
 居間に入った男はキッチンへは向かっていないらしく、そこで倒れている仲間には気づいていないらしい。だが、時間の問題だろう。
 廊下の2人が早く居間に入ってくれれば、と彼らの様子を窺う。
 会話が終了したらしく、1人が踵を返して居間に向かう。が、もう1人は廊下をこちら側に向かって歩き始めた。
 そううまくはいかないか、と覚悟を決め、ウォレンがリーアムに向き直る。
「リーアム、合図したら廊下の奥へ走れ」
 左側を示しつつ、ウォレンが続ける。
「奥の右側のドアがキッチンだ。その裏口から出る」
「でも――」
「マリアは後で探す。今はこの家から出ることだけ考えろ。分かったか?」
 早口に説得するようなウォレンの口調に、リーアムは黙ったまま頷いた。
 それを確認し、よし、とウォレンも頷く。


 廊下をキッチンへ向かって歩いていた男が、ふと、階段の下にある地下の部屋へ続くドアが開いていることに気づく。
 何だ、と呟きつつ足を速めて近づき、中を覗こうとした瞬間、そこから出てきた何者かにより鼻柱に衝撃を受け、よろめいて後退しつつ鼻を押さえる。
 一歩廊下に踏み出したウォレンが肘を下ろして、行け、とリーアムの背中を押す。
 バランスを取り直した男の首に腕を回そうとしたとき、
「なぁデム――」
 と居間から別の男が歩み出てき、ウォレンと目が合う。
 男は逃げるリーアムの姿も確認して状況を把握したらしい。彼の手が腰に向かうのを見、ウォレンが彼よりも素早く腰から拳銃を取り出すと銃口を向けた。
 武器を持っているとは予測していなかったのだろう、男が驚いたような顔をし、慌てて横手の階段下の死角へ向かう。
 デムと呼ばれた男が咄嗟に身を屈める中、ウォレンは後退しながら階段下に向かう男に銃口を沿わせて2発、発砲する。
 外れたものの気にせずに踵の向きを変えてキッチンの方向へ走り、銃声に足を止め振り返っていたリーアムを抱え込むと階段の下の空間に飛び込んだ。
 転瞬、銃声が2発響き、横の壁の角が抉られる。
 どうした、侵入者だ、という会話が届く中、ウォレンが身を起こす。
「大丈夫か?」
 隣のリーアムに尋ねれば、彼が少しの間を置いて頷いて答える。
 それを確認し、ウォレンが廊下のほうへ意識をやる。
 カルヴァートが関わっていることもあり、可能であれば犠牲者は出したくないところだが、そうも言っていられない状況らしい。
 屈んだまま拳銃を下段に構え、機を窺う。
 ウォレンの手の中にあるそれを目にし、リーアムが一瞬言葉を詰まらせる。
「メイス、それ……」
「――っの野郎!」
 リーアムの小さな問いかけと重なって聞こえてきた声に、ウォレンが壁から身を出そうとする。
 が、銃弾が目の前の壁の破片を飛ばす。
 立ち上がり、高い位置でウォレンが腕を出す。
 拳銃を構えて地下の入り口にあと一歩と迫っていたデムがそれに気づき、銃口の先を上に修正する。
 が、その前にウォレンが発砲した。
 1発目は相手の肩を掠っただけだったが、2発目と3発目は共にデムの胸部に着弾し、彼が短く呻き声を上げる。
「デム!」
 仲間が倒れた音を聞き、階段下に身を隠す男が名前を叫ぶ。
 一歩踏み出してウォレンがその男を狙おうとするが、反対側の居間からもう1人の男が顔を出して銃口を向けてきたため、動作を中断して壁に身を隠す。
 再び銃声と共に壁の角が抉られ、隣でリーアムが身をびくつかせる。
「武装してやがんのか」
「ああ、デムがやられた」
 廊下から聞こえてくる相手方の声に、ウォレンが焦りを押さえるように頭を壁に預ける。
 1人倒したとはいえ2対1で、且つリーアムを連れている身としては不利だ。
 斜め前、キッチンへ続くドアが目に入る。だが気づかれてしまった以上、外へ出るよりも中で決着をつけてしまうほうが安全だろう。
 不意に足音が聞こえ、ウォレンが様子を窺おうとする。が、すぐに連続して銃弾が飛んでき、顔を引っ込める。
 上がる心拍数を落ち着かせながら、今一瞬目に映った画を再生する。
 階段の陰からではウォレンとリーアムが隠れている場所は死角になっており、狙いづらい。そのため居間のほうへ男が移動したらしい。
 どうする、と考えている途中、居間より発砲があり、壁の角が抉られ、破片が飛ぶ。
 屈んで低い位置から2発ほど応戦するが、的に当てることはできなかった。
 再び隠れ、息をつく。
 リーアムの様子を窺えば、耳に手を当てて蹲っている彼が顔を上げる。
 不安が顔に表れている彼に対し、ウォレンは咄嗟に、心配ない、と口元を緩めて見せた。
 ふと、壁越しにドアが開かれるような音が僅かながらに聞こえてき、ウォレンが横手に注意を向ける。
 音は壁の向こうのキッチンと居間の境目付近から聞こえてきた。
 もっと情報を、と耳を澄ませるが、居間から聞こえてくるテレビの音声が邪魔をして詳しい様子は耳に届かない。
 怪訝に思うウォレンが、キッチンに入ったときの画を思い出す。
 キッチンには廊下へ出るドアのほか、おそらく居間であろう隣の部屋へ続くドアもあったはずだ。
 その情報を認識し、居間のドアにいる男に警戒しつつも、キッチンのドアに視線をやる。
 動きはないものの自然と腕が上がり、銃口をそのドアに向けていた。
 居間側からキッチンに回りこまれ、そのドアからこちらに向かって発砲されては間に遮るものがないため防ぎようがない。
 どっちだ、と迷う中、居間の男が発砲してくる。
 が、ウォレンは彼に応戦せず、リーアムとキッチンのドアとの線分上に身を置くと発砲の体勢を確立させた。
 そのドアが開いた瞬間、連続して引き金を引く。
 最初こそ外れたものの、2発目と3発目は男の胸部に命中し、彼が仰け反る。
 仕留めた感覚を受け、床に倒れる音を聞く前にウォレンは体を動かし、銃口の向く先を居間のほうに変更した。
 居間の男は仲間が仕留めてくれるとふんでいたのだろう、廊下に大きく踏み出していた。
 先手、とばかりにウォレンが引き金を引き、3発撃ち込む。
 被弾しながらも発砲してきた男の弾丸が右肩口を掠り、一旦隠れる。
 廊下から、呻き声と共に床に崩れ落ちる音が届いてきた。
「メイス――」
「心配ない」
 返事と同時に弾倉を新しいものに変える。拳銃を握りなおし、廊下に体を出して居間のほうへ銃口を向ける。
 倒れている男は早速血溜まりを作り出しており、動く気配はなかった。
 暫く確認した後、右肩口に軽く受けた銃創が痛み出し、ウォレンは呼吸を整えた。
 構えは解かないまま周囲の様子を窺う。テレビの音声が漏れ出てくる以外はいたって静かで、他に誰かいる気配はなかった。
 深く息を吐きつつ体の力を抜き、拳銃を構えていた両手を下ろす。
 相手方のこれ以上の増援はないようだ。捨てた弾倉には1発残っていたとはいえ、残弾数の管理が甘かったのは認めざるを得ない。危ないところだった、と認識すれば今更ながらに手が震えそうになり、ウォレンは誤魔化すように拳銃を握り直した。
 ふと、視線に気づき、横を見る。
 胸の上下が見て取れるリーアムが、一点に視線を固定させていた。
「……大丈夫か?」
 尋ねてみるものの、リーアムからは反応がない。
「リーアム?」
 視線を掬い上げるようにリーアムを見れば、ようやく気づいたらしく彼が顔を上げた。
「大丈夫か?」
 再度尋ねてみるが、リーアムからは即時的な回答が得られない。
 彼に歩み寄り身を屈め、頭に手を触れて目を覗き込む。
「リーアム」
 硝煙の臭いが鼻を衝き、リーアムがウォレンに焦点を合わせた。
「怪我はないか?」
 耳に膜が張っているかのように、ウォレンの声がくぐもって聞こえてくる。
 頷きを返しながら、リーアムが耳を押さえる。
「……耳が……」
 掠れて出てきた自身の発する声もまた、くぐもって聞こえてきた。
 彼の様子に、すぐ側で発砲したせいだろう、とウォレンが後悔する。
「……悪かった」
 詫びた後、息をつく。
 無事だったとはいえ、無謀だった感が否めない。
 カルヴァートの言うとおり、彼の到着を待ってから行動すべきだったのではないだろうか。
 何を焦っていたのか、とウォレンが軽く目を閉じる。
 以前に比べて多少の知識がついたとはいえ、まだ1人で動けるほど経験を重ねているわけではない。
 焦って行動すれば、またアイリーンのときのように失敗する可能性がある。それだけは避けなければならない。
「……メイス?」
 ふと聞こえてきたリーアムの声にウォレンが顔を上げる。
「大丈夫?」
 思考が顔色に出ていたのだろう。リーアムに逆に心配され、ウォレンが僅かに苦笑する。
「ああ」
 視線を右肩口にやるリーアムに、大したことはない、と告げると、ウォレンは足に力を入れて立ち上がった。
 とりあえず外へ、と思い廊下に踏み出すが、玄関までの途中、2人の男が床に倒れているのを見つける。
 リーアムには見せたくない画だ。
 かといってキッチンの裏口から出ようにも遺体を踏み越えなければならない。
「リーアム――」
 名前を呼びながら振り返れば、リーアムが再び一点に視線を固定していた。
 その先を辿ると、キッチンのドア口で倒れている男の足が伸びているのが見える。
 幸い血溜まりは視界外であるものの、ウォレンはリーアムの前に立ち注意を自身に向けさせた。
「ここから出るぞ」
 ウォレンの声に、数瞬の間を置いてリーアムが頷く。
「いいと言うまで、目を閉じていろ」
 続いて聞こえてきた言葉が何を意味するのか、リーアムが何となく察し、弱く頷いた。
 差し伸べられたウォレンの手をとり、リーアムが目を閉じる。
 再び、硝煙の臭いを感じる。
 先ほどまでの銃撃戦が再生されて思わず身を固くしたリーアムだったが、地下から出る瞬間の記憶が再生されたとき、あ、と思い出す。
 この家から出る前に、何かやることがあったはずだ。
 ウォレンの力を借り、立ち上がった頃にはそれが何だったのかを思い出していた。
 手を引かれ、一歩足を踏み出したものの迷いが生じ、リーアムは足を止めた。
「……メイス」
 リーアムの声に、ウォレンが彼を振り返る。
「まだ、……出て行けない」
 目を開け、リーアムが自分に言い聞かせるようにこぼしながらウォレンを見上げる。
「やっぱり、マリアを置いていけない」
 小さいながらも震えのないリーアムの声に、ウォレンが、そういえば、と彼からマリアもまたこの家のどこかにいると聞いたことを思い出す。
「……カルヴァートがこっちに向かってきている。探すならあいつが着いてからだ」
「でも」
「また誰か来たらどうする」
「……でも」
「あの子が心配なのは分かるが、今はお前の安全だけ考えろ」
 ウォレンの言葉に、リーアムが視線を落とす。
 確かにすぐにでもこの家を出たい。だが本当に出てしまっていいのだろうか。
 銃声がしている間は怖くて自分のことしか考えられなかったが、地下にいたときは違ったはずだ。
 この家を出るということはマリアを助けずに逃げ出すのと同じだ。逃げ出したい気持ちはあるものの、逃げ出したくはない。
「……でも、やっぱり放っておけないよ」
 顔を上げ、リーアムが続ける。
「マリアもここにいるって聞いた、本当にここにいるのなら、きっとさっきの銃声で怖がっている。僕も地下にいるとき暗くて怖かったから、きっとマリアも真っ暗な中で怖がっている。早く助けてあげたいんだ」
「……リーアム」
「メイスが来てくれないなら、僕だけでも残って、マリアを探す」
 言った後、1人でも本当にできるだろうかという疑問が沸き起こる。
 が、リーアムはきっと口を結んで、大丈夫、大丈夫、と自分に言い聞かせた。
 その様子に、ウォレンが息をつく。
 頑固なのか思い込みが激しいのか、いずれにしてもこの状況下では発揮して欲しくないところだ。
「……本気か?」
 確認すれば、視線を逸らさずにリーアムが頷く。
 説得するのは難しそうであり、またウォレンとしてもマリアのことが気にならないわけでもない。
 そうか、と頷き、ウォレンが周囲を見回す。
 3人は死んでいるが、キッチンで伸びている残りの2人にはまだ息がある。家を調べるというのであればまず彼らの動きを封じておかなければならないだろう。
「……危なくなったらすぐ逃げるぞ」
 一言告げれば、一緒に探してくれることにほっとしたのだろう、リーアムが肩の力を抜き、頷いた。 


「本当にいるのか?」
 階段を下りながら、ウォレンが後ろに続くリーアムに確認する。
 2階もくまなく探したが、マリアがいるらしい気配はまったくない。
「いるよ、男の人が言ってたもん」
「聞き間違いじゃないのか?」
 疑うようなウォレンの言葉に何も返さず、リーアムは彼に続いて階段を下りた。
 廊下へ足を向けたとき、目の前に手のひらを被せられる。
「目を閉じてろ」
 ウォレンとしてはリーアムに前方に遺体となって倒れている男を見せたくないのだろう、1階を探しているときもわざわざ気を遣われた。
 子ども扱いされている気がしないでもなく、リーアムがウォレンの手を掴む。
「平気だよ」
「平気じゃない」
「平気だって」
 力を入れれば、抵抗されると思っていなかったのだろう、視界が開けた。
 そこに飛び込んできた様子に、リーアムが思わず言葉を失う。
 ただ倒れているだけかと思ったが、遺体からは鈍く光る血が床に流れ出て広がっており、壁には飛沫の血痕が付着しており、男がずり落ちたらしい血痕もまた、塗られていた。
 薄明かりの中で見るそれらはホラー映画等で見るよりも生々しく、意識すればするほど、鉄分を含んだぬめり気のあるような血の臭いが鼻を衝く。
 不意にリーアムと遺体との間にウォレンが立つ。
 視界が遮断され、リーアムがはっとしてウォレンを見上げる。
 一瞬の出来事だったにも関わらず、見た画は脳裏に焼きついてなかなか消えない。
「言っただろ」
 落ちてきた言葉に何も反論できず、リーアムが視線を落とす。
 ウォレンが息をつき、頭を掻く。
「……一度外に出るぞ」
 収穫がないこともあり、リーアムを玄関側に向かせようと彼の背中に手をやる。
「あ、待って」
 後退し、リーアムがウォレンを見上げる。
「1階の居間側は俺が確認した。誰もいない、隠し部屋がある様子もない。他の部屋はお前が見たとおりだ。まだ探す気か?」
「だって――」
「地下に閉じ込められていたときに聞いたんだろ。相手が嘘をついていた可能性もある」
「でも――」
 言いつつ視線を落としかけたが、ふと気づき、リーアムがウォレンを見る。
「地下、まだ地下を見ていないよ」
「お前以外に誰もいなかっただろ」
「でも、地下にいたときは真っ暗だったし、今みたいに隠し扉とか探そうとしていなかったし、ひょっとしたら見つかるかもしれない」
 顔を傾けて閉口するウォレンに圧されつつも、リーアムが、
「……目は閉じてるから」
 と呟き、目を閉じて手を差し出す。
 腰に手をやり呆れたウォレンだったが、無言でリーアムの手を取ると地下のドアへ廊下を歩いていった。


 蹴破られたドアの中に入り、地下の階段口で足を止める。
「目を開けていいぞ」
 ウォレンがリーアムの手を放し、リーアムは目を開けると廊下からの明かりを頼りに、階段を転ばないよう注意しながら下りていった。
 ウォレンが隣の壁に設置されているスイッチを数回押してみるが、電球が切れているらしく、地下の部屋は明るくならなかった。
 仕方なくそのまま下りていき、まだ暗がりに慣れない目で辺りを見回す。
 簡易ベッドと雑多なものが置かれている以外は何もない。
 足元に注意を払わずに歩を進めていたところ、うっかり床に置いてあったグラスを蹴ってしまい、それが倒れて転がる高い音が響く。
 驚いたリーアムに対し、悪い、と告げるとウォレンは屈んでグラスを置き直した。
 その様子をじっと見ているリーアムに、
「……怖いなら出るぞ?」
 と告げれば、
「怖くないって」
 との返事が返ってき、リーアムが背中を向ける。
 頼もしいのか強がりなのか、ウォレンが小さくため息をつく。
 ふと、屈んだ状態での視線の先、階段の下のラックが目に留まる。
 下部には荷物が置かれておらず、その背後が暗がりの中に見通せる状態だった。
 スペースがあるらしい様子に、ウォレンが立ち上がり、ラックの後ろに回ろうと足を進める。
 その姿を見、リーアムも後に続いた。
 足を止めたウォレンの側から、彼の前の壁を見る。
「……ドア?」
「だな」
 回りこんですぐのところに設置されているドアは、鍵がかかっていて開かなかった。
 助走をつけられるほどのスペースはないが、ラックのところまで後退し、ウォレンがドアを蹴る。
 2回目にして開いたドアに、ウォレンがリーアムを見る。
 大きな音に身を竦めていた彼がウォレンの元に歩み寄り、そっと中を覗いた。
 中は真っ暗で様子は全く窺えないが、狭いらしい。
「……通路?」
「みたいだな」
 携帯電話を取り出し、ウォレンが近くの壁を照らす。
 照明のスイッチらしいものを見つけて試しに入れてみれば、橙色の明かりが点り、奥まで続く通路が浮き上がった。どうやら最近も使用されていたらしい。
 スイッチから手を放して携帯電話を閉じ、ウォレンが中に入る。
 その後ろからリーアムも入り、前方を確認する。
 2人が並んで通れるような幅の通路は長く続いているようだったが、明かりがあるのはその途中までのようで、ずっと奥には暗闇がひっそりと待ち構えている。
「……どこに繋がっているの?」
「さぁ。林の中かな、相当古い」
 足音がやけに響く雰囲気に呑まれそうになる気持ちを抑えつつ、リーアムがウォレンに置いていかれないように足を動かす。
 ふと、右手にドアを見つけ、2人が立ち止まる。
 リーアムを一瞥したウォレンがドアにかかっている南京錠を手に取り、様子を確認する。
 拳銃を取り出し、台尻で数回、その部分を叩く。
 金属部分が折れ曲がり、後は力任せに引っ張った。
 次いで下段に拳銃を構えつつ、ドアをそっと開ける。
 中には明かりが点いていた。
 大きく開き、銃口を上げて中の様子を窺ったウォレンが驚き、すぐに銃口を下げた。
 後ろから中を覗いたリーアムもまた、ギョッとして足を止める。
 十数人の子どもが、来客を受けて部屋の隅のほうに身を寄せ、恐る恐るこちらを見ていた。
 そっとウォレンが拳銃をしまい、脇に目をやる。
 袋に入った飴が置かれているが、子どもたちの目の様子を確認する分に、恐らく薬物が含まれているものだろう。
 換気扇の音はするものの、この部屋には甘酸っぱい空気がこもっている。
 再び部屋の中に目を向け、意識的に表情を和らげながらウォレンが近くの隅の男の子と女の子に近寄る。
「もう大丈夫だ」
 屈みこんで手を差し伸べようとしたが、女の子が泣きそうな小さく短い悲鳴を上げて男の子の後ろに隠れる。
 彼女の反応にウォレンが動作を止める。
 男の子に視線を移動させれば、震えながらも無言でウォレンを睨んでいた。
 ふと、他の子たちの様子も窺う。
 視線を受けて身を竦める彼らは、脅えながらもウォレンの次の行動に警戒しているようだった。
「だれをつれていくの?」
 ふと隣から女の子の声がし、ウォレンが彼女を見る。
 目が合い、ぱっと視線を逸らした女の子は、だが回答がこないことに気づき、戸惑いながらそっとウォレンを見る。
「……何もしない。安心してくれ」
 どう表情を取り繕えばいいのか分からず、ウォレンは一言そう告げると立ち上がって入り口のほうに向かった。
「リーアム」
 半歩外から中の様子を呆然と見ているリーアムに声をかけると、彼が困惑したようにウォレンを見上げる。
「……メイス、この子たちは?」
 一体どうして、という彼の疑問には答えず、ウォレンが口を開く。
「悪いが彼らに大丈夫だと伝えてくれないか」
「え?」
「カルヴァートに連絡を入れてくる」
「ちょっと待って」
 リーアムが通路に出るウォレンを引き止め、続ける。
「メイスから伝えてくれれば――」
「俺じゃ駄目だ」
「何で?」
「俺じゃ駄目なんだ」
「でも何で――」
「大人だからだ!」
 聞いたことのないきつい口調で言われ、リーアムが驚く。
 その様子を見、悪い、とウォレンが視線を落とす。
「……頼む」
 リーアムを見て一言残すと、ウォレンは通路を地下の部屋のほうへ歩いていった。
 暫くその背中を見送っていたリーアムだったが、子どもたちの気配にその方向を見やり、部屋の中に足を踏み入れる。
 集まっている彼らはリーアムと同じくらいか、より幼い年齢の子ばかりのようだ。
 ふと、一角で膝を抱え、目を伏せている女の子を見つける。その姿形には見覚えがあった。
「……マリア?」
 尋ねれば、女の子が顔を上げる。間違いない。
「マリア」
 駆け寄り、リーアムが膝を折る。
「……リーアム?」
 彼の名前を尋ね返してきたマリアに、リーアムが表情を綻ばせる。
「マリア、よかった、無事だったんだ」
「リーアム? ほんとうに、リーアム?」
「うん」
 頷いて答えた瞬間、堰が切れたようにマリアが泣き顔になり、リーアムにしがみついて顔を埋める。
 温もりと同時に安心した様子が伝わってき、リーアムが彼女をしっかりと抱きしめ返す。
「大丈夫、もう大丈夫だから」
 ほっとしながらそう告げれば、マリアが胸元で、うん、うん、と泣きながら頷き、回していた腕に力を込めてきた。
 こんなに細いのに力があるんだ、と思いつつ、リーアムが彼女の頭を撫でる。
 その様子を見て危険人物ではないことが分かったのだろう、他の子どもたちもまた肩から力を抜く様子が伝わってきた。
「おにいちゃん、いい人?」
 近くに座っている、マリアと同じくらいの女の子の声に、リーアムが彼女を見る。
「うん、いい人だよ」
 にっこりと笑って告げれば、まだ迷いを残しつつも彼女が頷いた。
「じゃ、……もうあんなことしなくていいの?」
「あんなこと?」
 尋ね返したリーアムだったが、地下で聞いた男の言葉と先ほどのウォレンの言葉を思い出し、あ、と気づく。
「……もう大丈夫、何もしなくていいから。家に帰ろう」
 慌ててそう告げ、リーアムが笑顔を見せる。
 うん、と弱々しく女の子が頷き、膝を抱える。
 マリアが無事だったという安堵を感じる中、この子たちが負ったであろう傷を垣間見、リーアムは輪郭のない理不尽さに表情を曇らせた。


 地下室に戻り、ウォレンが携帯電話を開く。
 ここには電波が届いていないらしく、1階に向かおうと階段を目指す。
 途中、うまく距離を取れなかったらしくラックにぶつかり、込み上げてきた忌々しさにそれを蹴る。
 悪くなるばかりの気分を抑えつつ階段を上り、電波を受信したところでカルヴァートに電話をかける。
 廊下に倒れている男の遺体から目を逸らし、壁に背をついて携帯電話を耳元に持っていく。
 呼び出し音が鳴った瞬間、キッチンのほうから物音がし、反射的に壁から身を起こして拳銃に手をやる。
 キッチンのドアを警戒するが、男が倒れているだけで誰かが出てくる様子はなかった。
 ふと、背後の玄関を見やる。
 閉じられていたはずだが、僅かにドアが開いていた。
 緊張が走り、携帯電話をしまってウォレンが拳銃を下段に構える。
 廊下の明かりによって生み出される自身の影がキッチン側から見えないよう注意を払いながらドアに近づき、拳銃を握り直す。
 倒れている男の場所を確認し、足を置く箇所を定めると、一呼吸ついて銃口を上げながらキッチンに身を入れた。
 転瞬、ウォレンの気配を感じ取り男が同じように振り向いて銃口を向ける。
 眩しいライトも同時に向けられ、ウォレンが目を細める。
「――メイスか?」
 聞こえてきた声に覚えがあり、ウォレンが左手をかざして相手の確認を試みる。
「――カル?」
 尋ねれば、ようやくライトが逸らされ、暗い中銃口を向けているカルヴァートの姿を確認する。
「何だよお前かよ驚かすなよなったく」
 ため息と共にカルヴァートが銃口を下げ、ウォレンもまたそれに倣った。
「着いていたなら連絡しろ」
「繋がんなかったんだよ、悪ぃか?」
 言いながらカルヴァートが足元に転がる男とドアの遺体にライトを向け、次いで血溜まりを避けて足を置く場所を見つけるウォレンに当てる。
 眩しそうに目を細めるウォレンに、
「……お前がやったのか?」
 と尋ねれば、躊躇の間を置いて彼が肯定した。
 頷きつつ、ライトでウォレンの手元の拳銃を確認し、再びキッチン内の惨状に向ける。
 再びため息をつき、カルヴァートがライトを消す。
「カル」
「あん?」
「……来てくれるか?」
 背後にテレビからの音声が流れる中、深刻そうなウォレンの様子に、カルヴァートが真面目な顔で彼を見た。
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