18 These Ties
ヤング家の玄関のチャイムが鳴り、着いたみたいね、とシェリが微笑んで席を立つ。途端に緊張が増し、リーアムは脈拍の音を感じながら口を結んだ。
リラックスしろよ、というJJの声が聞こえたか聞こえないか、リーアムは頷いて席を立つと、そっとシェリの後に続いた。
電話をかけてまだ1日も経っていない。
こんなにも早く両親が駆けつけてくるとは思っておらず、リーアムは期待と不安が入り混じった様子で玄関のドアが開くのを見ていた。
外の電灯の下、懐かしい顔ぶれが立っている。
シェリが振り返り、彼らがその視線を辿った。
目が合った瞬間、リーアムの中で押さえ込んでいた感情が溢れる。
真っ先に駆け寄ってきたのは妹のニーカだった。
嬉しそうに名前を呼びながら、だがすぐに表情が崩れ、腰にしがみついてきた頃には泣き声に変わっていた。
無事でよかった、と母親のキャロル・ライデルがリーアムを抱きしめ、涙を見せないよう堪えながら父親のリチャード・ライデルが頭を撫でる。
心の片隅で怒られるのではと感じていたリーアムだったがその緊張が解れ、目を瞑った。
この温かさは知っていたはずなのに、何故誤解をしてしまったのか、何故深く考える前に家を飛び出してしまったのか、後悔に似た感情が湧き上がり、リーアムは家族に回した腕に力を込めた。
「JJ、もう一度、もう一度」
一夜明け、シェリの朝食を済ませた後、リビングでニーカがJJの腕を掴んで催促する。
人見知りしやすい性格だと記憶していたが、リーアムと再会できたという嬉しさもあってか、ニーカの口が閉じることはなかった。
「もう一度か? よーし」
学校へ行く支度の合間に、JJが自慢の上腕二頭筋に力を入れる。
「ニーカ、JJはまだ怪我が完治していないんだから」
ぶらさがろうとするニーカに、リーアムが制止の声をかける。
「だってお兄ちゃんやってくれないんだもん」
「やってくれないもんな」
賛同してくれたJJに嬉しそうな顔を見せ、ニーカが彼の腕にぶらさがる。
「こら、ニーカ」
「やだ」
「僕がやってあげるから」
「だめだよ、お兄ちゃんにぶらさがったら折れちゃいそうだもん」
「え」
率直に言われ、リーアムが自分の腕とJJの腕を比較する。
「確かに」
笑いながら頷くJJを恨めしそうに見るものの、反論はできない。
「お兄ちゃん、前よりお兄ちゃんになったけど、前よりやせた気がするよ」
「そう?」
最近はまともな食事を摂っているのに、とリーアムが自分の体を確認する。
「これからはニーカもちゃんとごはん作るの手伝うから、もう、出て行かないよね?」
ふと聞こえてきた声に、リーアムがニーカを見る。
あまりにも自然な雰囲気だったため、うっかり忘れそうになっていたが、そういえば昨夜再会したばかりだ。
答えに期待を寄せるニーカを見、リーアムが屈みこんで微笑む。
「出て行かないよ。何も言わずに出て行って、ごめんな」
誤るリーアムに、ううん、とニーカが首を振る。
「わたしのほうがごめんね、なの。『お兄ちゃんなんて大っきらい』って言っちゃったから、お兄ちゃん出てっちゃったんでしょ?」
「え?」
「……わたし、お兄ちゃんのこと大好きだから、もうあんなこと言わない」
俯きながらそう告げるニーカに、そういえば、とリーアムは当時彼女と喧嘩をしていたことを思い出す。
「約束するから、もう出て行かないでね?」
普段と変わらない喧嘩だったため何を言い争っていたのかは覚えていないが、思い返せば確かにニーカからそのように言われたような気がした。
「出て行かないよ」
リーアムが通常の兄妹喧嘩として気にしていなかったことを、ニーカはずっと悔やんでいたらしい。
「お兄ちゃんこそ、ごめんな」
昨夜から空白の時間の諸々を知る度、自身の行動の浅はかさが苦痛に感じる。しかしながら、全て受け止めないことには前には進めない。
その表情を感じ取ってか、ニーカが微笑みを返し、いいんだよ、と腰にしがみついてきた。
リーアムが、髪の毛と背が少し伸びたらしい彼女の肩に手を添える。
「……結局、誤解から始まったんだってな」
その様子を見ていたJJの声に、リーアムが頷いて返す。
「なんつーか、俺とお前似ているよな。俺の場合家出までは考えてなかったけどよ」
「似てる?」
「腹くくって親父と話して分かったんだ。お互い考えがすれ違ってただけだってさ」
「え、どういうこと?」
尋ね返すもののJJは答えず、
「じゃ、また夜にな」
と一言残すと荷物を手にとって玄関のドアを開けて出ていった。
シェリが紅茶を入れ、キャロルとリチャードの前に差し出し、ジュリアスの隣の椅子に座った。
食後のテーブルから子供たちのやりとりに目をやっていたキャロルが、視線をヤング家夫妻に移す。
「ありがとうございます。リーアムが随分とお世話になっていたみたいで」
「いやいや。無事に再会できて何よりです」
満足そうなジュリアスの隣、シェリも同じように微笑んだ。
「昨夜はじっくり話を?」
問いかけに、ええ、と答え、キャロルが子供たちを見やる。
「リーアムにはずっと苦労をかけていたんです。共働きはしていますが、収入は多くないもので。特にあの子が出て行ったときには、私のほうが新しい仕事に就いたばかりで余裕がなくて、知らない内にリーアムに無理を強いていたのかもしれません。あの子はあまり文句を口に出す子じゃないので……。そんなとき、私たちの会話を聞いて、本当に混乱したのでしょう」
視線を戻して目を伏せるキャロルの隣、リチャードが彼女を見る。
「……あの子は、私の従姉の子なんです。色々と問題を抱えている人で、更生施設に出たり入ったりしていたもので、見かねて主人に相談して、私たちが引き取りました。でも最近になってどんな心境の変化があったのか、親権を主張してきたんです」
「リーアムはもう私たちの家族です。今更引き渡せるわけがない」
キャロルの手を握り、リチャードが抑えながらもそう言い切る。
「妻の前でなんですが、彼女は信用なりません。……こうした会話を夜中にしているところをどうやらあの子は聞いていたようで……」
大人たちのいるテーブルからは離れたところで、ニーカが友達から教えてもらったという手遊びをリーアムに教えている声が聞こえてくる。
「……あの子には実母のことは何も知らせずにきましたから、切り出し方が分からず伏せていました。それに、話してしまったら実母のところに戻りたい、と言うかもしれない。そうなると手放さないといけない、という恐怖も、私たちにあったのかもしれません」
「誤解だったにせよ、私たちに裏切られた感覚は大きかったでしょう。最初から隠さずに正直に話していれば、家出させないで済んだかもしれません」
無事でよかった、という安堵の表情と共に後悔の色を浮かばせるライデル夫妻に、ふと、ジュリアスとシェリが互いの顔を見て微笑む。
疑問に思うライデル夫妻に、
「分かります」
と同意を示し、シェリは飾ってあるJJの写真に目をやった。
居間からは、ニーカの声と彼女に相槌を打つリーアムの声が届いてきていた。
家出中とはいえ、ここNYにリーアムの生活の基盤ができ始めていたこともあり、ライデル夫妻とニーカは一度家に帰り、週末にもう一度リーアムを迎えに来ることになった。
最後の最後までだだをこねていたニーカだったが、リーアムの固い誓いと、仲良くなったJJの保証を受け、ふてくされながらも両親に連れられてヤング家を後にした。
翌日、リーアムはマリアのいる施設に足を運んだ。
別れを切り出すのは心苦しかったが、NYに来ることがあれば必ず訪れること、手紙を書くことを約束すれば、マリアに笑顔が戻った。
「じゃ、リーアムは、ほんとうの妹とまた会えたんだね」
「うん」
そっか、とマリアが視線を下に向けると、それまで座りながらぶらぶらさせていた足の動きを止めた。
「でも、マリアのことも本当の妹だって思っているよ」
リーアムの言葉が耳に入ってき、マリアが顔を上げる。
「頼りないお兄ちゃんかもしれないけど」
「ううん、頼りあるよ」
そう告げるとマリアは柔らかに微笑んだ。
「ありがと」
その表情を受け取り、リーアムも同じように笑顔を返す。
仕事先の店長やリッキーからは、案の定、お叱りを頂戴した。
意外だったのは店長よりもリッキーのほうが思い入れが強かったらしく、彼の口からばかやろうの単語を何度聞いたか分からない。
リーアムに小言を言う立場からリッキーを宥める立場になりつつも、またNYに出てくる機会があれば是非立ち寄ってくれ、と店長が別れの挨拶を切り出す。
「今度は『家出』で出てくるんじゃないぞ」
「分かってるよ」
リッキーにそう返しつつ、リーアムは背中を押されて店を出た。
交通の便がよかったせいか、予定よりも早く用事が終わり、リーアムはふと思い立つとウォレンが住んでいるアパートへと足を向けた。
電話をした夜、携帯電話を返した際に何か二言三言交わしたが、ヤング家の面々と話をしている間にいつのまにかいなくなっており、礼を言いそびれている状態だ。
アパートの階段を上り、廊下を歩く。その先、記憶している部屋のドアが開いた。
丁度いいタイミングか、と思いきや、出てきた人物が知らない姿をしており、リーアムが足を止める。
その存在に気づき、
「何だ? 坊主」
と鍵を閉めながら男が尋ねてきた。
「えっと、どなたですか?」
「俺? ここの管理人だ。お前は?」
「え?」
状況が把握できない中尋ね返され、リーアムが口ごもる。
そういえば、と今日が平日であることに気づく。この時間であればまだ仕事に出ている時間帯なのでは、との考えが脳裏を過ぎるが、それにしても管理人が部屋から出てくるのは不可解だった。
「お前は誰だ?」
再び尋ねられ、リーアムが管理人を見上げた。
「えっと、ここに住んでいるメイスの友達で、リーアムっていうんだけど……」
「ああ、あいつなら引っ越したぞ」
聞こえてきた管理人の声に、リーアムが疑問を返す。
「聞かれる前に言っとくが、引越し先は知らん。それじゃあな」
「あ――」
詳細を聞こうかと思ったが、すたすたと歩いて去っていく管理人の背中を見るとそれができず、リーアムは伸ばしかけた手を下ろした。
隣の部屋を見る。ドアはただ静かに閉まっているだけだった。
引っ越した、との声が反芻する中、ようやくそれを理解する。
何でまた、と息をつき、リーアムはアパートの出口に向かった。
週末に両親と妹が迎えにくる際に会えるだろうと思いつつ、リーアムが夕暮れの街を歩く。
憧れもあって出てきた街だ。期待と希望だけではどうにもならないことを学んだが、それでも支えてくれる人との出会いがあった。
あの時、カルヴァートの財布を掏らなかったら、今頃はどうなっていたのだろう、と考える。もう二度としてはならない行為ではあったものの、結果的には好転のきっかけとなった。
ふと、前方のパン屋から出てきた人影に見覚えがあり、声をかける。
「ハンナ」
呼ばれて振り返ったハンナが、あ、と笑顔を見せる。
「リーアム。聞いたわよ。週末には見送りに行くからね」
にっこり微笑む彼女に、リーアムが照れたように頷いた。
「それで、何してるの?」
「えっと、メイスの部屋に行ってみたんだけど、引っ越したみたいでさ。――あ、ハンナなら引越し先知ってる?」
尋ねれば、心なしかハンナの表情が曇ったように見え、リーアムは疑問に思った。
「そっか、やっぱりもう出てったんだ」
疑問は気のせいではなかったらしく、呟かれたハンナの言葉に、リーアムが怪訝そうな顔をする。
彼の無言の問いかけに気づいたのだろう、ハンナが告げる。
「NYを出るって聞いていたから」
耳に入ってきた突然のことに、リーアムが言葉に詰まる。
「え? どうして?」
「理由は聞かなかったわ」
首を振って答え、ハンナが続ける。
「人のことになると放っておけないくせに、自分のことになると聞いて欲しくない、そういう人でしょ? 気にならないっていえば嘘だけどね」
でも聞かないことにしているの、とハンナが付け加えた。
「でも、ついこの間話をしたときにはそんな様子は――」
混乱する中、リーアムが最後に交わした会話を思い出そうとする。
「――どこ行ったか分かる?」
「さぁ。聞けば教えてくれそうだったんだけどね」
意外にもあっさりとしているハンナの様子も理解できず、リーアムが困ったような表情をする。
それを見て取ったか、ハンナが小さく笑った。
「もう少し長く続けられるかなーって思ってたけど、やっぱり無理だったわね」
別れが来ることは予期していたかのように、ハンナがそう呟いた。
「ハンナ――」
「ずるいわよね。私なら理解してくれるって分かってたんだと思う」
言いながらも少し寂しそうな表情を見せるハンナに、どう言葉をかければいいか分からず、リーアムもまた口を閉じる。
「大丈夫、色々と甘えるところは甘えさせてもらったし、私は大丈夫よ」
気丈なのか、そのように振舞っているのか、リーアムには判断できなかったが、ハンナがいつもの様子で微笑む。
ふと、日が落ちてきたのか、じっと立っていたからか、体が冷えてきたことに気づく。
「これから帰るところ? それなら途中まで一緒に行こっか」
パンの入った袋を手に、ハンナが進行方向に体を向ける。
頷き、リーアムは彼女と並んで足を動かし始めた。
歩きながら、ウォレンから携帯電話を借りて家に電話をかけた夜のことを思い出す。
1階に下りてその結果を知らせながら携帯電話を返したとき、そうか、と一言返ってきた。
素っ気ないその一言だけ覚えていたが、よくよく考えればその後で、元気でな、という一言ももらっていたような気がする。
まさかあれが彼なりの別れの挨拶だったのだろうか。
振り返ってみるが、徐々に人工的な明かりに包まれる街並みが広がる中には当然ながら姿を見つけることはできなかった。
「で、結局メイスとは連絡つかなかったのか」
NYを去る当日、ヤング家には両親と妹のほか、カルヴァートとクリステン、そしてハンナが見送りに駆けつけてくれた。
期待はしていたものの、やはりウォレンの姿は見当たらない。
「うん」
「薄情な奴だなぁ」
ため息混じりにカルヴァートが呟けば、
「苦手なのよ、きっと」
とハンナが笑って答える。
相変わらずいつも通りのハンナの様子が、ますますもって理解できず、リーアムは首を傾げた。
「そうしょげんな。次に会ったら俺からガッツリ説教しとくから」
「しょげてないよ。――だけど、やっぱり最後に会ってきちんと挨拶したかったな、って」
「そ。その心まで考えないのよね」
本当に自分勝手なんだから、とハンナもまたため息をつく。
「ハンナは――」
平気なの、と尋ねようとしたところに、ニーカの声が届いてきた。
「ハンナ、クリステンがまた魔法を使ったよ?」
「ほんと? 私にも見せて」
クリステンのマジックを見て喜ぶニーカの声に、ハンナが彼女の元へ足を運ぶ。
その様子をリーアムも目で追った。子供好きのハンナとクリステンに気に入られ、ニーカが嬉しそうに笑っている。
つられてリーアムも口元を緩めたが、やはりウォレンのことが気になる。
思えばどこか不透明な面を持った存在だった。今まで気にすることはなかったが、よく考えてみれば名前以外の情報を知らない。車の修理工場で働いている、もとい働いていたようだが、マリアの一件を思い出すと果たしてそれが本職なのか疑問に思う。かといって、カルヴァートと同じような職に就いているわけでもなさそうだった。
「カル」
「あん?」
「メイスって、どんな人?」
尋ねられ、何を今更、という表情を隠さずにカルヴァートがリーアムを見る。
「色々と助けてくれたけど、考えてみたら、僕、メイスのこと何も知らない」
よく知っているような感覚でいたが、実際はそうではなかった。
身近にいるようで、遠い存在のように感じられる。
暫くその様子を見ていたカルヴァートだったが、やがて、まぁなんだ、と頭を掻いた。
「実は俺もあんまよく分かってねぇんだ」
聞こえてきた回答に、リーアムが顔を上げる。
「ま、悪い奴じゃねぇってことは分かってんだけどな」
にっと笑い、カルヴァートが告げる。
その言葉に妙に納得し、リーアムもまた表情を綻ばせた。
「そうだね」
頷きながら、短期間での出来事が思い出される。
わざわざボストンまで出向いて、家族の今を知らせてくれたこと、ジェイクに連れ去られたとき、真っ先に助けに来てくれたこと、そして路地裏で初めて会ったときのこと。
「そういえば、メイスに借りたお金、まだ返してなかった」
出来事が思い出されたついでに、最近の諸々で忘れそうになっていたことも思い出す。
「俺に預けてくれりゃ、俺から返しとくけど」
「ダメだよ。カルヴァートはそのまま使っちゃいそうだから」
真剣な様子でどうしようか悩むリーアムの姿に、
「何で俺はそんなに信用ねぇんだ?」
とカルヴァートが少しばかり傷ついたように呟いた。
「リーアム」
ふと、キャロルの声が聞こえてき、リーアムが顔を上げた。
上着を手に取っている両親の姿に、そのときが来たことを知る。
見回せば、この街で出会った面々と目が合う。
一抹の寂しさを感じつつも、リーアムは頷いて両親の元に足を向けた。
日が落ちて繁華街が更に賑わいを見せる頃。
雑然としたバーに足を踏み入れ、カルヴァートは視線を巡らせた。
探し相手はすぐに見つかり、そのカウンターの元へ足を運ぶとウォレンの隣に腰掛けた。
「……接近禁止令か何か取るべきか?」
「お前の行動パターンが分かりやすいだけだろ」
バーボンをニートで、と注文し、カルヴァートがウォレンを見る。
「見送りに来なかったな」
一瞥を返した後、ウォレンがグラスを置く。
「そういう場面は苦手でね」
だろうな、とカルヴァートが頷く。
「リーアムが心配していたぜ」
カルヴァートの声に、ウォレンが彼を見る。
「借りた金まだ返してないって」
そういえばそうだったか、とウォレンが頷く。
「あと、お前のこと全然知らないままだった、っても言ってたか」
「なんかいたな、くらいに覚えていてもらえればそれでいい」
「そうか?」
バーテンダーからグラスを受け取り、早速カルヴァートがそれを口に運ぶ。
大きく一口飲んだ後、グラスを下ろすと肘をついてウォレンを見た。
「メイス・レヴィンソン。フロリダ州出身、父親と6歳の頃DCに移動。16歳で高校中退」
カルヴァートの声に、ウォレンが動きを止め、無表情で彼を見る。
「違反切符以外はまぁ目立つところのない経歴だな」
「……あんたらが嫌われる理由知っているか?」
「知ってる」
気にしていない様子でカルヴァートがグラスを傾けた。
「何で高校を中退したんだ?」
「……学費が稼げなくてね」
「その割りに職に転々と就くまでにやけに時間がかかったみたいだな」
どうだ、と尋ねるカルヴァートから目を逸らし、ウォレンは無言をもって返答とする。
「ま、深くは聞かねぇよ」
そう告げるとカルヴァートは残りの液体を喉に流し込んだ。
「NYではあんま派手に動くな。お前を捕まえるこたしたくねぇからな」
「心配するな。明日にでも出て行く」
そうか、と呟き、カルヴァートが席を立つ。
「あ。一応、リーアムからの礼だけは伝えておくぜ」
ウォレンの肩を叩き、カルヴァートは、またな、と一言残すと去っていった。
目の端でその姿を見送った後、ウォレンはカウンターのほうを見た。
どこまで調べられているのかは知らないが、この分であれば特に心配はないだろう。
とまれ、リーアムはどうやら、無事にボストンへ向かったらしい。
息をついて軽く口元を緩めると、大分眠気が増してきている頭に手をやった。
あれから5年。
JJが大学に出、静かになったヤング家で、ウォレンは素直な感謝の気持ちが読み取れるリーアムの手紙から目を離し、添えられていた写真を手に取った。
そこにはマリアとニーカとリーアムの3人が写っている。
「読み終わった?」
静かな足音がし、シェリが椅子に腰掛ける。
ウォレンが手に持っている写真を確認すると、
「マリアとは今も交流があるみたいよ。ほら」
と言いながら、シェリは最近リーアムから受け取った写真をウォレンに見せた。
年月の経過を感じさせる、成長した3人の姿が写っていた。
その表情を見、安心すると同時に、改めて考えても奇妙な縁だった、とウォレンが口元を緩める。
「あと、これ」
シェリが封筒をテーブルの上に差し出しながら、付け加える。
「預かっていたの。いつ渡せるかって思っていたけど、ようやくね」
受け取った封筒の中には、あの時貸した金額の紙幣が入っていた。
「覚えていたのか」
「律儀な子だから」
ふふ、と笑い、シェリがテーブルの上で手のひらを組む。
「……それで、最後に会ってあげなかったのは何で?」
シェリに尋ねられ、ウォレンが軽く首を傾げた。
「別れは苦手なんだ」
「それだけ?」
シェリが視線を上げて確認すれば、ウォレンが苦笑する。
どうやら、彼女には気づかれていたらしい。
「分かった。一応報告しておくが、俺もあの後ちゃんと話をしてきた」
アレックスとアンソニーの顔を思い出しながらそう答えた後で、クラウスとはあの後も数年は音信不通のままだったか、と気づく。
「理解を得られたみたいね」
「納得はされてないがな」
そう、と頷きシェリがウォレンを見る。
「……変わったわね」
彼女の一言に、そうだな、とウォレンが頷く。
「……返信は?」
「『元気そうで何よりだ』と伝えておいてくれ」
「苦手なことから逃げるところは変わってないのね」
シェリにそう言われ、ウォレンが苦笑を返す。
確かに、間に誰も介さないほうがいいのだろう。
ペンと便箋、封筒を置いて去っていくシェリを見送り、ウォレンはテーブルの上に置いたリーアムからの手紙に視線を落とした。
記されている感謝の言葉には、今もまだ、救われる。
当時は、誰も守れないのでは、と自身の力の無さと向き合っていた頃だ。やっと救えた気がして、救われた。
薬に依存していた状態から抜け出せたのも、そのおかげだろう。
そして今、守りたいと願う対象がいる。
2階で寝ているだろうエリザベスの姿を思い出し、ウォレンは軽く目を瞑った。
シェリから『変わった』と言われたのは、以前と違い、ただ単に危険から身を守ることだけを考えなくなったからだろうか。
進む道を考え直す岐路に差し掛かっていることを感じつつウォレンが目を開ければ、また会えたら、とのリーアムの最後の一行が目に留まる。
彼と再び会うとしたら、真っ当な道を歩く選択をしてからだろう。
ひとつ息をつくと、ウォレンはシェリが用意したペンと便箋に手を伸ばした。
了