IN THIS CITY

第4話 A Phone Call Away

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11 More to Life

 今年は自分には関係のないこととして受け入れていたが、そろそろクリスマスの頃合いだ。
 ヤング家の居間に飾られたツリーを一瞥し、リーアムは手の中にある朝食のサンドウィッチに視線を落とした。
 玄関で大柄のジュリアスに出迎えられたときには緊張したものだが、こうしてテーブルにつくと、どこかしら懐かしく、心落ち着く画が広がっている。
 ジュリアスより再三、口に物を入れたまましゃべるな、と注意されているものの、カルヴァートは聞く耳を持っていない様子でビリヤードの話題を続けている。
 ちら、と視線を横にずらせば、彼の話を聞いているのか聞いていないのか、ウォレンがコーヒーをすすっていた。玄関口での会話を考えるに、彼は一度ヤング家に世話になったことがあるらしい。カルヴァートの説得が効いたのか、それとも同意したほうが時間の無駄にならないと判断したか、面倒そうな態度を示しながらもここまで車を運転してきた。
 何だかんだで放って置けない性格なのだろう。こうやって甘えていていいものか、と思案すれば、視線を感じ取ったかウォレンがリーアムを見た。
 特に睨んでいるわけではないのだろうが、明るいところでは淡い青灰色が際立ち、どうしても力が入っているように感じてしまう。リーアムは萎縮しつつサンドウィッチにかぶりつき、視線を落とした。
「――なら今度教えてくれよ」
「おぅ、いいぞ」
 隣に座っているJJは、ビリヤードに興味津々らしい。
 彼の依頼に対して、自信満々でカルヴァートが笑う。
「やめとけ、JJ。本人の前で悪いが、カルは相当下手だぞ」
「あ?」
 ウォレンの言葉に反応し、カルヴァートが彼に咎めるような視線を送ったが、案の定無視されていた。
「おいこらカル、メイス。JJを悪い道に誘うな」
「誘っちゃいねーよ」
「そうだよ、誘われちゃいないよ。俺から申し込んでるんだ」
「JJ」
 声音を重くしたジュリアスに、JJが軽く肩を竦めるとオレンジジュースに手を伸ばした。
「いーじゃねーか、ジェイ。お前も随分悪さしてたんだから」
「今は時代が違う」
「時代のせいにすんなよ。ま、過去を知ってる奴の前じゃ、親父面も難しそだな」
 いたずらっぽく笑うカルヴァートを牽制しつつ、ジュリアスはにやけている息子に対しても視線を送った。
「……リーアムも大変だな」
「え?」
 ふいに話題を降られ、驚いた様子でリーアムがジュリアスを見る。
「この2人のことだ。どうせ色んなところに連れてかれてるんだろ」
「まさかポーカーとかにまで連れてってないでしょうね」
 シェリの疑問を受け、カルヴァートとウォレンが揃って大人しく否定を返す。
 どうやらこの中で一番強いのはシェリらしい。小柄な彼女の存在感に、リーアムは思わず微笑をこぼした。
 それを不審に思ったらしい2人からの視線を受け、リーアムは、別に、と首を振る。
「でもすごいよな。その年で1人で生計立ててるなんて」
 隣のJJからの声に、リーアムが彼を見る。
「えーっと、立ててはいるけど、カツカツだよ」
「俺なんてお前より年上だけど親父とおふくろの世話になりっぱなしだぜ?」
「その分見返りに期待しているぞ、JJ。俺たちの老後はお前にかかっている」
「そ。応援しているから、楽させてね」
「ちょっと待った、そこは『俺たちの心配はすんな』がくるところだろ?」
「そうか?」
 とぼけるジュリアスに、JJが肩を落とす。
「いい親父してんな」
「黙れ、カル」
 やり取りの中にも親と子の関係が垣間見れ、リーアムは懐かしさが増幅されるのを感じていた。
 度々自身に振り向くなと言い聞かせてはいるものの、ふとしたときにどうしても、振り返りたくなる衝動に駆られる。
 視線を落としたリーアムに気づき、ウォレンが彼を見るが、目は合わなかった。
「今日も仕事か?」
 ジュリアスの声に、リーアムが顔を上げる。
「うん。早く余裕を持って暮らせるようになりたいんだ」
「余裕?」
「今のところは相部屋だし。メイスのとこみたいに広いところに1人で住みたい」
「俺の部屋はやらんぞ」
「『みたいなところ』だって」
 リーアムが訂正を入れれば、そうか、とウォレンが頷く。
「相部屋に住んでいるの?」
「うん。無口な人と。同じところで働いてるけど、仕事場でもあんまり話さないんだ」
「相部屋か。んなら、昨日の夜、相方に何にも知らせなかったのまずかったかな」
 カルヴァートの呟きに対し、リーアムが首を振る。
「いてもいなくても気にしないよ。……どうせ」
 リーアムとしては何事でもないように言い放ったつもりだったが、空気を読むに、物寂しい様子を感じ取られてしまったらしい。取り繕おうとリーアムが口を開くが、シェリの発言のほうが先となった。
「ここのゲストルームなら空いているわよ。どうかしら?」
 彼女がジュリアスに視線を転じれば、そうだな、と彼が頷く。
「ここからなら、仕事先にも歩いていけないわけじゃないしな」
「マジかよ、年下が来るのは初めてだぜ」
 今まで年上ばっかだったからな、とJJが微笑む。
「え、でも――」
「よしとけJJ、お前にゃ兄貴面は似合わねぇよ」
「うるせーな。カルに言われたくないよ」
 本人の意向なしに話がまとまりそうな雰囲気に、リーアムが戸惑いながらも口を挟もうとするが、なかなか機会を捉えられない。
 どうしようかと案じていれば、ふとウォレンと目が合う。
 聞いての通りだ、と軽く手のひらを広げる彼の動作を見、リーアムはどうやら断れそうにないことを察した。
「家賃も要らないわ。家事の手伝いをちょっとしてくれるだけでいいの」
 にっこりと微笑むシェリを見れば、更に断れない心境になる。
「何もしてくれなかった人もいたけどね」
 言いながらシェリがウォレンに視線を転じる。
「俺は家賃を払ったぞ」
「……お前手伝いくらいしとけよ」
「金で解決できるものは金で解決する」
「最悪」
 カルヴァートのコメントに対し、ウォレンは短く微笑を切り上げて答えた。
「それで、リーアムはどうかしら?」
「えーっと――」
「乗っとけよ。うまいメシ毎日食えるぜ?」
 カルヴァートの押しの声に、そうだなぁ、とリーアムが頷く。
 ふと、マナーモードの携帯電話が鳴り、失礼、とウォレンが席を外す。
「いつでもいいぞ。その気になったら声をかけてくれ」
 ウォレンを見送った後リーアムに向き直り、強制はしないものの受け入れは大歓迎、とジュリアスが口元を緩める。
 安堵のような感覚が胸に広がり、リーアムはつられるように微笑した。
「ありがとう。考えるよ」


 テーブルで続く会話を背後に、ウォレンは携帯電話を耳に当てた。
「……今は都合が悪い。後でかけ直す」
『簡単な情報共有だ』
 電話口から聞こえてきたダグラスの声に、ウォレンは談笑の場から更に離れ、先を促す。
『ランドルフが協力する気になったらしい』
「小細工がうまく働いたわけか」
『そうだ』
 後は法の世界に、というダグラスの意見に対し、ウォレンが小さく息をつく。
『目立つ一件だ。念のため暫くは大人しくしていろ』
「努力する」
『あまり薬に頼るなよ』
 耳元に届いた一言に反論を返そうとするが一足遅く、通話が切れた音が規則的に鳴り始めた。
 再びため息をつくと携帯電話を閉じ、居間へ向かおうと踵を返した。
「誰からだ?」
 ドア口から半身を覗かせてカルヴァートが尋ねてき、ウォレンは動作を止めた。
 会話を聞かれたか、と思ったが、繋ぎ合わせて全体像を得るだけの言葉は発していない。
「盗み聞きか?」
「職業柄ね」 
 肩を竦め、カルヴァートが続ける。
「職業ついでにあれだ、リーアムを送ったらその足で俺も職場まで送ってってくれ」
「厚かましいな」
「いいだろ?」
「遠回りになるから断る」
「冷てぇなぁ」
 言いながらカルヴァートがドア口の柱に預けていた体を起こす。
「それともなんだ、警戒する理由があるのか?」
 覗き込んでくるカルヴァートに対し、ウォレンは僅かに目を細めた。
「知らないのか? あんたらは世間じゃいい印象を持たれていないぞ」
「そうなのか?」
 カルヴァートの疑問に頷いて返せば、彼が口を曲げ、軽く首を傾げる。
「まぁ嫌われ者でも気にしない性格じゃなきゃ、やっていけねぇ仕事だけどな」
 カルヴァートは後ろを振り返った。
「おーいリーアム、行くぞ」
 呼びかけに対し、あ、うん、とリーアムの声が届いてくる。それを確認した後、カルヴァートはウォレンに向き直った。
「近くまででもいいから頼む。薄給だとタクシー代も厳しいんだ」
「……無料だと思ってるのか?」
「何、金とんの?」
「どうするかな」
 真顔でそう返し、ウォレンはカルヴァートに背中を向けると玄関へと向かった。
「……どうしたの?」
 ウォレンから廊下に出てきたリーアムに視線を移動させ、カルヴァートはひとつ小さく息をついた。
「子ども特権っていいな」
 呟かれた一言が理解できず、リーアムは暫くの間、玄関へ向かうカルヴァートを見送った。


 荷物を運ぶ仕事の合間、リーアムは荷台の一角に腰を下ろし、休憩を取っていた。
 結局仕事紹介の場には行かなかったことを一応伝えようとジェイクの姿を探すが、今日来ているはずの彼の姿は見当たらなかった。
「あ、リッキー」
 水を飲みながら前を通った、仕事仲間の彼に声をかける。
「何だ、リーアム」
「ジェイク見なかった?」
「ジェイクか? あいつなら父親の病状が悪化したってんで休みもらってたぞ」
 応えながらリッキーがリーアムの隣に足を運ぶ。
「悪化?」
 尋ねつつ、リーアムはリッキーが座る分のスペースを空けた。
「何かのガンだとさ」
 そっか、と頷くものの、ジェイクから父親の病気の話を聞いたことがあったかどうか、リーアムには思い出せなかった。それはリッキーも同じらしく、
「ま、多分このまま帰って来ねぇだろうな」
 と呟くと、ペットボトルの水を口に運んだ。
「で、お前は引っ越すんだって?」
「え?」
「さっき店長と話してたろ」
「あ」
 1日時間を置いて考えたが、ヤング家の言葉に甘えていいというのなら甘えよう、とリーアムは機会を捉えることに決めた。
「うん。ほとんど居候の形だけど、受け入れてくれるっていうから」
「そっか」
 リーアムの背中を叩き、リッキーが立ち上がる。
「いい人ンとこに世話になれるみたいだな。いいクリスマスプレゼントじゃねぇか」
 リッキーの言葉に、そういえば、とリーアムが気づく。
「本当だね」
 笑顔を返せば、リッキーもまた笑った。
「さ、サボってねーで仕事に戻るぞ」
「うん」
 荷台から腰を下ろすと、リーアムはリッキーの後に続いて作業の続きに入った。


 年が明け、新年を祝う空気も落ち着いた頃。
 仕事休みにリーアムは公園を散歩していた。
 日差しが暖かいベンチに座り、一息つきがてらに周囲を見渡す。同じく天気のいい日に散歩を、と考える人が多いらしく、公園内は子どもの声などで賑わっていた。
 口元を緩め、別の場所に視線を移す。
 ヤング家のゲストルームに世話になるようになってから1ヶ月が過ぎようとしている。
 クリスマスに続き新年と、ささやかながらもパーティーが開かれ、ハンナやクリステンのほか、馴染みの顔が増えた。
 都会に出てきてから初めて入った人の輪に、久しぶりに心から笑えた気がした。
 仕事のほうも順調で、先日も真面目な働きぶりを店長に褒められたばかりだ。
 明日がどうなるか分からなかった2、3ヶ月前に比べると、生活に余裕が出てきているように感じられる。
 そのせいか、考える時間が増えてきた。
 近くで子どもの声がし、顔を上げる。転んだらしいその子の側に母親が駆け寄り、膝の様子を見ていた。
 迷惑をかけてはいけない、1人で生きていかなければ、と必死に思っていたが、本当にその考えが正しかったのか、つい疑問が生じてしまう。
 何ともなかったのだろう、転んでいた子どもが立ち上がり、母親と共に去っていった。
 それを見送った後、リーアムは視線を地面に落とした。
「何難しい顔してるの?」
 不意に落ちてきた女性の声にリーアムが顔を上げる。
「ハンナ」
「やっほ。横、いい?」
 隣を指で示すハンナに、リーアムは頷いて返すと少しばかり横にずれた。
「今日は仕事オフなの?」
「うん。ハンナは?」
「講義サボって買い物してきたとこ。見てこれ、かわいいでしょ?」
 大きな袋を持っていると思えば、中からバッグが取り出される。
 容量が大きいそのバッグを見、一体何をそんなに持ち歩く必要があるのかリーアムには理解できなかったが、ハンナは満足しているらしい。
「いいね、似合いそうだよ」
「ありがと」
「メイスに買ってもらえばいいのに」
「うーん、そんなにプレゼントしてくれるタイプじゃないからなー」
 ねだってはいるんだけどね、と呟きつつ、ハンナがバッグをしまいこむ。
 確かに、と頷き、リーアムも視線を落とした。
「……悩み事?」
 膝の上に袋を置き、その上に手を載せてハンナがリーアムを覗き込む。
「うん。ちょっとね」
「私でよければ、話てみる?」
 リーアムが顔を上げれば、心配そうなハンナの目と目が合った。
 頷いて一呼吸置いた後、リーアムが口を開く。
「このままでいいのかな、って」
「このままで、って?」
「ジェイやシェリのとこに世話になってから、けっこう考える時間が出きたんだ。そしたら、今まで見えてなかったものまで見えてきちゃってさ。今までは生活するために必死に働き口を探して働いていたけど、今はどうなんだろうって」
 環境が整えば、余裕が生まれる。そうすると、毎日を生き延びるために働いていたことが、何のために働いているのか、という疑問に変わってきていた。
「JJとか、すごいなって思えるんだ。好きなアメフトにあれだけ打ち込めてる。僕には、そういうのがないんだ」
 ひとつ息をつき、JJが続ける。
「ただ生活するためだけに、働いているのかなって」
「……趣味がないってこと?」
「趣味、なのかな。もっとこう、JJみたいに本気で打ち込める何かがないんだ」
 視線を両手に落とすリーアムに、ふーむ、とハンナが頷く。
「何だか難しいけど、それってさ、生活に余裕ができて初めて探せるものじゃない?」
 リーアムを覗き込みつつ、ハンナが続ける。
「私も最初バイトで忙しかったんだけど、奨学金が取れてから、大学生活もけっこう楽になったわよ。オシャレして彼氏作って、毎日楽しいかなーって」
 ふふ、と笑うハンナだったが、ふと何かに気づき、微笑を下げた。
「あー……っと。多分リーアムの考えてる『打ち込める何か』より多分相当低い満足だろうけど」
「え、そんなことないと思うよ」
 申し訳なさそうなハンナにそう返しつつ、リーアムは、生活に余裕ができて初めて、というハンナの言葉が腑に落ち、僅かながらもやもやとしていた頭の中が軽くなったように感じていた。
「きっと、リーアムにとっては今からよ、今から」
 大丈夫大丈夫、とハンナが軽くリーアムの背中を叩く。
「その年で1人で生計立てるって、大変だと思う。最初見たときすごい痩せていたし、きっと辛かったんだろうなって。でも、その辛かった時期があったおかげで、今余裕を持ててるわけじゃない? きっとこの悩んでいる状態も何かいい方向に持っていってくれるって」
 にっこり微笑む彼女に、リーアムもふと、口元を緩めた。
「楽観的すぎかな? よくメイスに呆れられるのよね、すごい楽観的だって」
「ううん、ハンナらしいかな、って思った」
「やだ、リーアム優しいじゃない」
 かわいいわね、とハンナが手を伸ばしてリーアムの頭を撫でる。
 気に入られているのは嬉しいが、やはりまだ子どもとして映っているらしい。
「でもリーアムちゃんとしてるね」
「え?」
「私なんてなぁんにも考えずに生きてるわ。そのときそのときが楽しければそれでいいかなーって。考えないといけないのは分かってるけどね。でもほら、人間って切羽詰らないと動かないのよねー」
 リーアムを見習わなきゃね、とハンナが微笑む。
 それがくすぐったく、リーアムは照れながら視線を落とした。
「あ、そうだ。リーアム、今度の日曜日、空いてる?」
「日曜日?」
「そ」
「空いているけど、何?」
「よかったらボランティアに付き合わない?」
「ボランティア?」
「教会の近くで毎週やっているの。主に親のいない子とかに炊き出しとかしてるんだ」
 そうなんだ、とリーアムが頷く。
「リーアムと同じ年頃で頑張っている子も来てるわ。ひょっとしたら、同じようなことで悩んでいる友達が見つかるかもしれないし」
「えーっと、そうだね」
「来てみる?」
 どちらかといえば、炊き出しを受け取る側ではあるものの、ヤング家に居候できている分、ボランティアをする側に回ってもおかしくはないだろう。
「うん」
 ハンナの言うとおり、何かしらの出会いがあるかもしれない。
 繋がる人で環境が変わっていくのはここ2,3ヶ月で身に染みて分かっている。
「じゃ、また連絡するわね」
「分かった」
 またね、と大きな袋を抱えて去っていくハンナの姿を見送りつつ、リーアムはゆっくりと夕暮れが近い公園の空気を吸い込んだ。
 弱い風が足元を過ぎ去るのを機に、リーアムもまた帰ろうとベンチから腰を浮かしかけたとき、
「誰と話してたんだ?」
 と声がかかってき、驚いて振り返る。
「ジェイク」
 誰かと思えば、久しく仕事場に来ていないジェイクだった。
「よ」
「戻ってきたの?」
「うーんまぁそんなとこだな。あの子、彼女にしちゃあ、ちょっと年上すぎねぇか?」
 ジェイクが顎で示す先を見やれば、遠くなったハンナの後姿が見える。
「え、そんなんじゃないって」
 慌てながら否定し、リーアムは咳払いをした後、まだハンナを追いかけているジェイクに尋ねる。
「お父さんは?」
「ん?」
「容態がよくないって聞いたけど……」
「ああ――」
 思い出したようにジェイクが頭を掻く。
「まぁ悪いっちゃ悪いけどよ、なんとか生き延びた感じかな」
「そっか」
 よかったね、とリーアムが表情を緩ませるものの、ジェイクは気にしていない様子だった。
「仕事は? また戻ってくる?」
「ん? いや、親父ンとこ行ってるときに他を見つけたからあそこには戻んね」
「そっか……」
「お前、結局クラブには行かなかったんだな」
「え?」
「仕事探し」
 ジェイクに言われ、そういえば、と記憶を辿れば、うっかり人質に取られてしまったことを思い出す。下手をしていたらカルヴァートの足を引っ張っていたな、と情けなく思う心が顔に出たが、ジェイクはそれを別のものとして捉えたらしい。
「似たような話を聞いたんだけどよ、顔出してみるか? 今度は俺が案内するぜ?」
「似たような話?」
「まだ安い賃金とこで働いてんだろ」
「えーっと――」
「今度の日曜、空いてるか?」
 日曜、と聞いて、リーアムが首を振る。
「ごめん。その日はボランティアに行く予定なんだ」
「ボランティア?」
「うん。教会で炊き出しをするから、その手伝いに」
「ホームレスにか?」
「うーんと、まぁ、それに近いかも。対象は孤児だけど」
「へぇ」
 頷くジェイクに、リーアムは意外そうな視線を投げる。
「ジェイク、ボランティアに興味あるの?」
「ん? 俺がボランティアするようなタイプに見えるか?」
「えーっと……」
 首を横に振れば、だろ、とジェイクが頷く。
 それならなんで興味を、と疑問を持ったものの、リーアムがそれを口にする機会はなかった。
「まぁ予定があるならいいや」
 呟きながらジェイクがリーアムの肩を叩く。
「じゃ、元気でな」
 にっと笑いを残して去っていくジェイクに、リーアムも小さく片手を上げて答えた。
 少しばかり顔がやつれた様な雰囲気だったが、元気にやっているようだ。
 何かが引っかかるところではあったが、リーアムにはその何かは分からず、暫くの間ジェイクを見送った後、リーアムもまた公園を後にした。
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