IN THIS CITY

第4話 A Phone Call Away

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14 Familiar Name

 壁から背を起こしつつ、ジェイクが鼻血を袖口で拭く。
「誰だよ、お前」
「誰でもいい。聞きたいことがある」
 鼻を押さえつつ、ジェイクがウォレンを見、もう一方の手で待ったをかける。
「オーケー、お前の女だったんなら謝る。けどな、誘ってきたのはそのアマだぜ?」
「バカね、誘ったんじゃないの。連れ出しただけよ」
 彼を見て肩を竦め、女がふとウォレンを見る。
「これでいい?」
「助かった」
 礼を言いつつ、ウォレンがマネークリップから抜き出した紙幣を見せる。
「あら、無料にしてあげてもいいのに」
 上目遣いに体を近づける女に、口元のみで微笑を返しつつ、ウォレンが紙幣をもう一度見せる。
 残念、という目を残しながらも、あまり関わりたくないのは確かなようで、女は紙幣を胸に押し込むとすぐにその場を去っていった。
 彼女の姿を見送った後、ウォレンがジェイクに向き直る。
「リーアムを知っているな」
 名前を聞き、ジェイクが顔を上げる。
「誰だって?」
「リーアム・クーパー。一緒に仕事していただろ」
「そういやそんなガキもいたような――」
 ジェイクの答えの最初を聞き、ウォレンは小さく頷くと彼の腹部に拳を入れた。
「マリアの母親から全部聞いている。知らないふりはするな」
 腹部を押さえて後退したジェイクが、壁に背を当て、そのまま屈みこむ。
 呼吸がままないらしく、彼が口を開け閉めする。
「悪いな、久しぶりなんで加減を誤ったらしい」
 近づいてジェイクの頭の上にそう落とし、ウォレンが彼の胸倉を掴んで強制的に立たせる。
「……ま、待て」
「どこへ連れて行った?」
「俺は何も――」
「知らないふりはするなと言ったろ。どこへ連れてった?」
 緩くジェイクが首を横に振る。
 ウォレンが一度口を結び、彼を壁に叩きつける。
 後頭部を打ちつけ、ジェイクが短く悲鳴を切る。視野にまで影響を及ぼす痛みを消化しつつ、細目でウォレンを見、首を振る。
「頼む、放してくれ」
「違う答えが聞きたいんだが」
「言えねぇ、言ったら、殺される」
 首を振りつつ懇願するような調子でジェイクが答え、ウォレンが彼から手を放す。
 僅かに安心したような表情をし、ジェイクが身を屈めて呼吸を整える。
「誰に?」
 問いかけにジェイクがウォレンを見るが、返答せずに視線を逸らす。
 息をつき、ウォレンがジェイクの上半身を起こす。
 その肝臓に重く拳を繰り出せば、衝撃が迷走神経を伝って全身に伝播したのだろう、短く呻いてジェイクが地面に倒れこむ。
「近くに停めてある俺の車のトランクにお前を乗せて、ここよりも更に人目を気にしないところで続きをやってもいい。人体の構造は一通り理解しているんでね」
 言いながら痺れと闘っているジェイクの側にゆっくり一歩近づき、ウォレンが屈みこむ。
「あんたが吐くまでにそんなに時間はかからないだろう。まぁ、殺しはしない。すぐに解放してやる。だがその場合、あんたの背後にいる奴があんたを殺しにかかるだろうな」
 腹部を押さえつつ、ジェイクがウォレンを見上げる。
「だが協力してくれるというのなら、誰も怪我する必要はない。何なら逃げる手伝いをしてやってもいい」
 軽く首を傾げ、ウォレンがジェイクの目を覗く。
「どうする?」


 端末に表示されている情報を見つつ、カルヴァートが携帯電話を耳元に当てる。
 手元のメモに書かれている「ジェイク・エドニー」という名前は複数名ヒットしたが、掲載住所がNYの者は1名のみであり、窃盗罪、暴行罪等の経歴がある。
 ふと、電話が繋がり、ようやくか、と息をつく。


 ジェイクを彼の車の運転席に入れ、ジップタグでもって彼の左手をハンドルに固定する。
「協力するって言っただろ、信じてくれよ」
「この目で確かめたらな」
 運転席のドアを閉め、ウォレンが助手席側に回り込む。
 着信を受けてカルヴァートからであることを確認し、それに出る。
「何だ」
『お前ちゃんと出ろよ』
「悪いな、取り込み中だったもんでね」
 答えつつ助手席に乗り込み、ジェイクに車を出すよう促す。
「リーアムは湖の近くの家に連れて行かれたらしい」
『どこからの情報だ?』
「ジェイクだ。今隣で運転している」
 ふとジェイクに視線をやれば、仲間がいることに不安を持ったのだろう、緊張した一瞥を送ってきた。
『見つかったのか』
「ああ。住所は必要か?」
『あーっとちょっと待て。――いいぞ』
 メモの準備ができたらしいカルヴァートに、ウォレンがジェイクに受話部を向ける。
 選択肢が他にないことを知り、ジェイクが向かう先の住所を告げる。
『メモしたか?』
「ああ」
 メモをし終え、カルヴァートが頬と肩に挟んでいた携帯電話を手に取る。
『着いたら連絡する』
「おいこら、俺も行くからお前少し待ってろ」
『待てるか』
「こ――」
 耳元で不通音が聞こえ始め、カルヴァートは残りの言葉をため息に変換した。
 1人で走るな、とは思うものの、なかなかに素早いウォレンの行動には感心しないでもない。
 やはり何か裏がありそうだが、『メイス・レヴィンソン』では特に何も引っかからなかった。気になりはするものの、今はリーアムの件に集中しなければならない。
 上着を取る前にメモをした住所をネット上の地図で調べて見れば、確かに湖の近くの人気のないところの家のようだった。
「別荘でも買う予定か?」
 後ろを通り過ぎたクロスが画面を目にし、カルヴァートに話しかける。
「俺の給料で買えるか」
「だな」
 コーヒーをデスクに置くクロスに、ふと、カルヴァートが思いつく。
「グレン、ちょっと頼んでいいか?」
「ん?」
 ペンを走らせるカルヴァートの元にクロスが足を運ぶ。
「悪いけどよ、この家の持ち主が誰か調べておいてくれねぇかな」
「別に構わないが、何のケースだ?」
「いや、まだ情報が不足してっからオフで頼む。……つってもなんかヤバそうだからいつでも動けるようにしておいてくれ」
 上着を手に取り、カルヴァートが足先の向く方向を変える。
「出るのか?」
「ちょっと用があってな。頼んだぞ」
 軽く手を上げ、カルヴァートがエレベーターへ向かう。
 疑問に思いながらもクロスが受け取ったメモに視線を落とす。
 デスクに戻ろうと踵を返したとき、ふとカルヴァートのもうひとつのメモが目に留まった。
 そこに書かれている名前に覚えがあり、クロスが怪訝な顔をする。


 夜になり、月も出ていないのだろう、小さな窓から入ってくる明かりはほんの僅かでしかなかった。
 急に部屋のドアが開き、階段を光が浮かび上がらせる。
 階段を下りる足音が聞こえる中、リーアムが眩しそうに目を細める。
 彼の前に、水の入ったコップとロールパンを1つ持った男が歩み寄ってきた。
 後退するリーアムだが、すぐにベッドの脇に当たってしまった。
 床に運んできたものを置き、男がリーアムのほうに手を伸ばす。
 身を強張らせるリーアムだったが、男は口のダクトテープを剥がしたのみだった。
「差し入れだ」
 水とパンを顎で示され、リーアムがそれを見る。
 確かにこの数時間何も食べても飲んでもおらず、喉が鳴る。
「手はそのままにしておくぜ」
 言い残して立ち上がる男の気配に彼を見、リーアムが口を開く。
「――マリアは?」
 喉が渇いているせいか、声は不安定に掠れていた。
 逆光のせいか、振り返る男の視線がやけに冷たく、リーアムが顎を引く。
「……マリアも、ここにいるんでしょ」
 もう一度尋ねてみると、暫くの間を置いて男が頷いた。
「ああ」
「会わせて」
「お前はまだここにいろ」
 でも、と声に出そうとしたとき、不意に男に顎を掴まれる。
 じっと見回され、リーアムはぞっとした感触を全身に感じた。
「15か。俺は興味ないけどよ、もうすぐお前のような子どもが好みの奴がやってくる。そいつとの挨拶が終わったら、マリアのいる部屋に連れてってやるよ」
 小さくにっと笑うと男が立ち上がり、部屋を出てドアを閉めた。
 再び光が遮断され、暗闇が残る。
 男に告げられた言葉が頭を回るが、意味を捉えたくないせいか、不安を感じるのみだった。
 リーアムが身を小さくする。
 やがて目が慣れてきた頃、近くに置かれたコップに不自由な両手を伸ばした。


 こんなときに、とカルヴァートが給油ノズルを車のガソリンのタンクに入れる。
 着信があり、携帯電話を取り出して液晶画面を見ればクロスからだった。
「グレン」
『お前オルドネスについて何か掘り下げてるのか?』
 予想外の名前の入った質問を聞き、カルヴァートが怪訝な表情をする。
「――いや、どういうことだ?」
『例の住所だが、シーラ・オルドネスが過去に取り扱ってた不動産物件のひとつだ』
 クロスの声を聞くが瞬時に話がつながらず、カルヴァートが言葉に詰まる。
『今は売られて別の奴の所有になっているけどな。あとデスクの上のメモに「ジェイク・エドニー」と書いてあったが、タイラー・ランドルフの件を調べていたときに一度浮上した名前だ。結局何も出てこなかったが……』
 紙を繰る音が聞こえ、カルヴァートが眉間に手をやる。
「待て待て、タイラー・ランドルフって確か――」
『ホルヘ・オルドネスと一緒に人身売買やってた奴だ』
「だな」
 カルヴァートが手を下ろし、ふと、向かっていた先に視線をやる。が、当然ながらその先に誰がいるでもなかった。
 不安が胸を掠める。
『俺の担当にも関わりがあるなら何を嗅ぎ回っているのか説明してほしいんだが』
 口を結び息をついた後、ウォレンと2人で動くには手に余ると判断し、カルヴァートが頷く。
「分かった」


「後どのくらいだ?」
 外の様子を見つつ、ウォレンが尋ねる。
「あー、10分くらいかな」
 答えつつ、ジェイクがそっとウォレンの様子を窺う。
「……なぁ、あんたあのガキの兄ちゃんかなんかか?」
「いや」
 短い返事を受け取り、ジェイクが頷く。
「……家には連れてくけどよ、俺の仲間もそこにいるんだ。あんた1人でどうにかできるとは――」
「黙って運転してろ」
 途中で遮断され、了解、とジェイクがハンドルの上で手を広げた。
 着信を受け、ウォレンが携帯電話を耳に持っていく。
「何だ?」
『メイス、お前はこの件から降りろ』
 唐突に告げられ、ウォレンが怪訝な表情をする。
「何でだ?」
『向かってる先はシーラ・オルドネスが取り扱ってた不動産物件だ。シーラは――』
 オルドネスという名前を耳にし、ウォレンが左に視線をやる。
『――人身売買容疑で逮捕されたホルヘ・オルドネスの妻でな』
 カルヴァートの声が耳元に届く中、ダグラスが持ってきた仕事を思い出す。
 タイラー・ランドルフを狙撃し、ホルヘ・オルドネスとの間に亀裂を走らせる。なかなかゲームじみた依頼ではあったが、結果的にランドルフが口を割り、オルドネスを挙げるに至ったはずだ。
『ニュースでもやってたから知ってい――』
「待て。この件にもオルドネスが関わっているっていうのか?」
 ウォレンの声に、ジェイクが彼を見る。
『可能性が高い』
「奴の被害者は十代後半の女性だろ。リーアムは――」
 言いかけてマリアも連れ去られたことを思い出す。
『オルドネスに子どもの人身売買の疑いがなかったわけじゃねぇ。だが――』
「見逃したのか」
『違う、当時は何も出なかった』
 カルヴァートの声を耳にし、ウォレンが目を閉じて額に手をやる。
 その様子を横で見、ジェイクが自由な右手をそっと動かす。
『とにかく頼むからお前は降りてくれ。後は俺達が――』
 ジェイクがポケットに手を入れようとした瞬間、ウォレンが手を下ろして彼を睨む。
「下手な真似するな。殺すぞ」
 呪いでもかけるような声を受け、ジェイクが、分かった、分かった、と右手をハンドルに戻す。
『――メイス?』
「何でもない。状況は分かった。切るぞ」
『お前分かってねぇだろ、降りろって言ってんだ』
「放っておけっていうのか?」
『違う、リーアムは俺達が――』
「動き出すのに何時間かかる? それまでに別の場所に移されるかもしれないだろ」
『相手が相手だけに危険なんだ』
 カルヴァートの声にひとつため息をつくと、
「悪いな」
 と一言残し、ウォレンが電話を切る。
 ふと、ジェイクを見、手を差し出す。
「ポケットに入っているものを渡せ」
 言われて躊躇ったものの、ジェイクがナイフを取り出し、ウォレンに渡す。
「……なんつーか、『オルドネス』は有名みたいだな」
 ハンドルに手を戻しつつ、ジェイクが呟く。
「敵に回すとあんたも殺される。ここは――」
「消しやすいように動いてくれるのなら歓迎だ。ああいう輩には合法的な処置は必要ない」
 ジェイクを見てそう告げた後、ウォレンが視線を前方に向ける。
「しっかり運転しろ。車と一緒に湖に沈んだ形で見つかりたくないだろ」
 淡々と呟かれた言葉を聞き、あながち嘘ではないような雰囲気に、ジェイクは黙ってハンドル操作を続けた。 


 木々が生い茂る中、道の先の家から明かりが見え隠れする。
 脇道に車が入り、やがてエンジン音が消える。
 降りたウォレンが運転席のドアを開け、ジェイクの左手のジップタグを切る。
「降りろ」
 痕のついた左手をさすりつつジェイクが降りる。
 途端、背中を押されて車にぶつけられ、両腕を後ろに回される。
 折角自由になった左手だったが、ジップタグで今度は右手と固定された。
「おいおい、トイレに行きたくなったらどうすんだよ」
「我慢しろ」
 適当に答え、ウォレンがジェイクを正面に向かす。
「あの家に何人いる?」
「これを外してくれたら答える」
 背後の両手を示すが返答はこず、ジェイクが小さく息をつく。
「……さぁ、2,3人かな。俺もさっきまでクラブにいたから分かんねぇよ」
 そうか、と頷き、ウォレンがジェイクを押して車の後ろに向かう。
「おいおい、ちゃんと案内しただろ?」
「どうも」
 軽く礼を返しつつ、トランクを開け、ジェイクを押す。
「ちょっと待て」
 抵抗するジェイクの鳩尾に一撃喰らわせ、流れを利用して無造作にトランクの中に入れる。
 悪態をつくが声がうまく出ていない様子を一瞥し、ウォレンはトランクを閉めた。
 腰からシグ P228 を取り出して弾倉とチャンバーを確認するとデコッキングし、件の家のほうへ急いだ。


 テレビのリアリティー番組の音声に紛れ、ガラスが割れる音がキッチンのほうから聞こえてきた気がし、1人の男がその方向を見る。
「何か聞こえなかったか?」
「さぁ」
 もう1人は気にしていない様子でビール瓶を口に運んでいた。
 彼を残し、男がキッチンへと向かう。
 覗いてみるが、そこには誰もいない。が、裏口のドアの下にガラスの破片が落ちている。
 怪訝に思い数歩足を進め、ふと、侵入者がいるのでは、ということに気づく。
 連れを呼ぶため振り返ろうとしたとき、背後から首に腕が巻きつけられた。
 慌てて解こうとするが相手の力が強く、濁った音が喉で鳴るのみで呼吸が止まる。
 周囲の道具の力を借りようとしたが、生憎何にも触れることができない。
 やがて朦朧としてき、意識が途切れた。
 重たくなった男の様子を受け、ウォレンが彼を床に寝かせる。
「何かあったのか?」
 居間のほうから壁越しに声が届いてき、ウォレンがそちらを見やる。
 テレビの音も聞こえるが、人の気配は1人のみのようだった。


 キッチンに向かった男から反応がなく、ビール瓶を置き、もう1人が腰を上げる。
 キッチンに入るが人影が見当たらない。
 不審に思い、歩を進めたところ、キッチン台の向こうに伸びている足を見つける。
 体の向きをその方向へ変えた直後、
「動くな」
 と背後から声がかかり、男の動きが止まる。
 銃口を向けられているらしい空気に、両手を上げる。
「ここにはお前とそいつだけか?」
「あ、ああ」
「リーアムはどこだ?」
「リーアム?」
 尋ね返しながら振り返ろうとするが背中に銃を突きつけられ、正面を向く。
「15の男の子だ」
「ああ、そのガキなら、地下にいる」
「そうか」
 転瞬、膝の後ろに強い衝撃を受けて膝が折れ、男が慌てて近くのキッチン台に手をつく。続けざまに後頭部を殴られて意識を失い、男がその場に倒れる。
 それを確認し、ウォレンは持っていた拳銃を下段に構えると廊下に出た。
 居間からテレビの音声が漏れてくるほかは静かで人の気配はなく、先ほどの男の言うとおり、2人しかいなかったらしい。
 階段下のドアの前に差しかかる。
 ドアノブを捻ってみるが鍵がかかっているらしい。
 少し後退し、弾みをつけてドアを蹴る。


 ベッドの側で身を小さくして寒さに耐えつつ、上から聞こえる物音に耳を澄ませていたとき、突如ドアが蹴破られ、その音にリーアムが驚く。
「リーアム?」
 聞き覚えのある声が届き、リーアムが顔を上げる。
 暗闇に目が慣れていたのと逆光で顔は見えないが、安堵の気持ちが体を包む。
「メイス?」
「ここにいたか」
 階段を降り、ウォレンが銃を腰にしまい、リーアムの元に足を運ぶ。
「大丈夫か? 怪我は?」
「大丈夫」
 両手が不自由なのを確認し、ウォレンがナイフを取り出してダクトテープを切る。
 久しぶりに自由になり、安心の度合いが増す。
「……ごめん」
 何を伝えればいいのか分からず、リーアムがそうこぼす。
「気にするな。遅くなって悪かった」
 返ってきたことばに顔を上げれば、ウォレンがほっとしたような表情をしていた。
 今まで見たことのないその表情に、リーアムの胸が痛む。
「頑張ったな」
 頭をぐしゃっと撫でられ、リーアムが手で髪を整える。
「立てるか?」
「うん」
 寒さに冷えた足が少し痺れているが、ベッドの助けも借りてリーアムが立ち上がる。
「出るぞ」
 階段へと踵を返すウォレンに、リーアムも続こうと一歩足を踏み出す。
「あ」
 ふと思い出したような声に、ウォレンが振り返る。
「マリアもこの家にいるんだ」
「マリアも?」
「探し出さないと」
 足を止め、リーアムがウォレンを見る。
「他には誰もいないように思えたが」
「でもこれ持ってきた男の人が言ってたんだ。マリアもこの家にいるって」
 コップと皿を示しつつ、リーアムが告げる。
「確かか?」
「うん」
 頷いて答えた後、ふと、リーアムが男から聞いた言葉を思い出す。
 ぞっとした感覚が再び芽生え、彼が両手で身を抱えた。
「……どうした?」
 リーアムの様子の変化に、ウォレンが彼の目を見る。
「……ううん、何でもない」
 首を振り、両手を下ろす。
 ふと、天井の近くの小さな窓を、光が過ぎった。
 2人が顔を上げる。
 タイヤの音が聞こえ、車であることが分かる。
 カルヴァートか、とウォレンは思ったが、隣のリーアムが再び身を抱えていることに気づく。
「リーアム?」
 名前を聞いて振り向いたリーアムの表情が強張っており、ウォレンが疑問に思う。
「どうした」
 尋ねられ、リーアムが視線を落とし、言おうかどうか迷う。
 だがもう一度ウォレンから無言の同じ質問を受け、口を開いた。
「……その男の人が言ってたんだ。僕のことが好みな人が、もうすぐ来るって」
 それを聞き、ウォレンが怪訝な表情をする。
「その人との挨拶が終わったら、マリアのところに連れてってくれるって」
 不意に、玄関の鍵が開けられる音が届いてき、ウォレンが階段の上のドアを見やる。
 届いてきた声はカルヴァートのものではなく、また1人だけではない様子だった。
 緊張が走るが、それはリーアムには悟られないよう、ウォレンが口を結ぶ。
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