12 Thank You Back
居間に入ればピザの匂いが鼻をつく。それによって空腹の度合いが更に深まり、また喉の渇きを自覚する。
テーブルの上にピザがあることを確認し、ジミーは右手のソファへ目をやった。
相変わらずつけっぱなしにされているテレビに顔を向け、ピザをほおばりつつ片手にナイフを弄んでいるアロンソの姿が見えた。
視線を感じ取ったか、彼がジミーを見る。咀嚼するための口の動きはそのままだったが、器用にナイフを操っていた手の動きが止まった。
アロンソの手元を一瞥し、ジミーは再び彼の目を見る。
「……奴のか?」
顎でくってウォレンのいる部屋を示し、ジミーが尋ねる。
手に持っているところをみれば気に入っていることは分かる。肯定の返事は詰まったような無言だったが、何も言わずジミーは冷蔵庫へ向かった。
彼の背を見送り、小さく息をつくとアロンソはナイフを見、それを前のテーブルの上に置いた。
冷蔵庫の前、扉を開き、そこそこに冷えたビールの瓶を取り出し、ジミーは蓋を開けた。
「何か分かったか?」
動作の途中でそう言い、顔を上げる。
椅子に座っているステュが軽く視線を寄越すのが見えた。
彼の目の前のテーブル上にはピザが置かれているのだが、それを手に取った様子はない。肘を載せ、額に手をやっている。
「……何も」
短く答えるとステュは手を下ろした。
エリザベスの身辺のほか、メイス・レヴィンソンについても調べるよう指示してあるが、成果はあがっていないらしい。名前が分かれば噂のひとつやふたつ、軽く聞こえてくるはずなのだが。
「そっちはどうだ? 少しは吐いたか?」
逆にステュに尋ねられ、ジミーは彼を責めようとしていた気持ちをぐっと押さえ込んだ。
「……いや――」
機嫌悪く答え、振り返ってジミーはメイスのいる部屋を見る。
決して明るくない照明の中、倒れた椅子の足が確認できる。
経験上、ジミーとしては口を割らせることは得意な分野だったはずである。それなのに、今回ばかりは勝手が違った。
だが相手の限界は近い。あと少し時間をかければ、という自信が彼の中にはあった。
「――もう少しだ」
告げ、テーブルの上からピザを一切れ手に取り、口に入れた。
「食わないのか?」
言いつつ、ジミーははやくも次の一切れに手を伸ばす。
「……腹はすいてない」
返ってきたステュの言葉に、ジミーは子音のみで相槌を打つ。
「あの電話があってから勢いがないな。怖気づいたか?」
声を落とせばステュがすぐに反応を示し、睨み上げてきた。
図星か、と面白そうに顔をにやけさせ、ジミーは手から口へピザを移動させる。
彼に向かい、慎重なだけだ、と意見を返そうとしたステュの前に、ソファから声が届いてくる。
「なぁ、今のところうまく運べているのか?」
割り込んできたアロンソの声に、ジミーとステュが揃って彼を見る。
彼らの様子にしゃべるタイミングを間違えたことが分かったらしく、アロンソが目だけを動かして2人の顔を交互に見、数秒の後に肩を竦めた。
「……どういう意味だ?」
不機嫌な表情に戻ったジミーが片目を細めてアロンソに尋ねる。
返答の前に彼が手を広げた。
「いや、……別に、特に意味はないけど……」
まごついた口調のままアロンソは言葉を続ける。
「ただ、女を攫って、キースに渡して、金をもらって終わりだったはずだろ? それが――」
話が違うのではないか、と言いたいことが、彼のジェスチャーからも分かる。
それに関してはジミーもステュも同じだった。
エリザベスの居所が見つかれば、後はアロンソが言ったとおり軽い手順を踏むだけだったはずなのだが。
「――なんでもない」
2人の顔色を推し量り、それ以上は言わないほうがいいと判断したか、アロンソは途中で意見を終了させ、視線を落とした。
きまずさを増した空気に加え、相変わらず流しっぱなしのテレビからの音声が空間をより強張ったものに仕立て上げていた。
「……降りるか?」
聞こえてきたジミーの声に、何、とアロンソが顔を上げる。
「文句があるなら抜けるか?」
棘を含ませてジミーが言い直す。
反論がすぐに返ってくると踏んでいたが、アロンソは言葉に詰まった顔をしただけだった。考えにないわけではないらしい。
その様子を見、ジミーが大きくため息をつく。
「そりゃ、俺だって金は欲しいさ。でもよ、なんかヤバくないか?」
「何がだ」
「何って――」
目を泳がせるようにアロンソが壁を見る。それの隣はメイスがいる部屋だ。
「――あいつ、何かと、そうか誰かとつながりがあるって」
「誰と」
「それは――」
視線の先を室内とジミーの目との間とで行き来させながら、アロンソはジーンズの上で手のひらをこすり合わせている。
「――メルヴィン、とか……」
アロンソとしては直感的な『何か』は感じているものの、具体的な背景はまったく分かっていない。
当てずっぽうに口に出してみたが、ジミーには鼻で笑わただけだった。
「奴がメルヴィンに雇われてるってか?」
だとしたら俺たちの素性なんて探らなくても知っているはずだ、とジミーは片手にピザを持ったまま両手を広げた。
「……分からないけど、絶対ヤバいって」
曖昧な言葉で再び意見を言い、アロンソはジミーを見た。
やれやれ、と苦笑を返し、ジミーが視線の先をステュに向ける。
俺は何も言っていない、とステュは首を軽く振りつつ右手のひらを広げた。
「降りたいなら降りればいい」
言いながらジミーがアロンソに目を戻す。
「どうせお前は何もしてないだろ?」
言葉を受けてアロンソが声より前に口を開ける。
「でもここは俺が――」
「ああ。場所の提供だけだ。違うか?」
「それは――」
「今までにも役に立った試しがあるか?」
このまま喧騒に発展しそうな空気を感じ取り、それまで2人の会話を聞いていたステュが、ちょっと待て、と間に入る。
アロンソのほうへ乗り出した体を制され、ジミーがステュの手を跳ね除け、彼を見る。
「何だ」
「アロンソを責めてどうする」
ジミーは一度ステュから視線を逸らし、軽く息を吐いて再び彼に向き直る。
「お前も抜けるか?」
「何?」
「どうだ? 俺は構わないが」
言葉を放つ矛先を変えたジミーの口調に、ステュが呆れた息をついて正面から彼の目を見た。
「本気か?」
「かもな」
苛立ちのはけ口のためか、ジミーが嫌味に表情を変化させる。
暫くの間ジミーを見ていたステュだったが、ふと口の端を上げ、短く息を吐いた。
これを機会に言い争うことを考えたが、残念ながらそれを行うだけの気力のほうが充填されていない。
「……残念だが答えはノーだ」
そう言えば、ジミーが疑問調の確認の声を漏らす。
彼を見つつ、ステュが口を開いた。
「あんたと同じように、俺だって金が欲しい。それに、うまく運べば今後も保障される。だろ?」
同意の前に数瞬の間を置き、ジミーがステュから視線をそらして頷く。
そのまま彼がアロンソに目をやり、ステュもまたジミーに倣った。
考えが揺らいでいるのか、落ち着かない様子がアロンソの表情にもはっきりと浮き出ている。
彼から目を離し、ジミーとステュが時差を置いて息を吐いた。
「……あいつはまだガキだ。余計なことをしないか見張っておけ」
小声でジミーがステュの耳元にそう落とす。
同時にまだピザを手に持っていたことを思い出し、口に持っていった。空気に触れていた表面積が大きかったためか、幾分か冷えていた。
「取り分を多くしたかったら、ついでにメイスについて何か探り出せ」
ジミーの命令口調を受け、ステュは反発心を抱かないでもなかったが、こういうことはよくある話だった。わずかに頷いて一応の承諾を伝え、ジミーから目を離す。
短いため息が聞こえ、ジミーが動く気配がした。
「どこへ?」
「隣だ」
廊下へ向かいつつジミーが返事を返してくる。
この調子だと相手が死んでしまうのでは、という懸念がステュの頭を過ぎったが、ジミーを制止するだけの余裕はなかった。
彼の背を見送った後、同じようにため息をついてアロンソへ視線をやる。
不安そうな彼の目と目が合った。
アロンソとは、彼が入ってきてから色々と面倒を見てきてやった仲であり、少なくともジミーよりも気心が知れている。
お互いの心情を察しつつ、お手上げだ、と疲労感を顕わにし合った。
ピザの最後の欠片を口に入れ、ジミーは軽くジーンズ横で手をはたくと居間を後にした。
廊下に入ると明るさが一段階落ちる。
すぐ斜め前の部屋もそれと同じくらいの薄明かりであり、殺風景さが強調されて視界に入ってきた。
手に持っていた瓶ビールをあおり、噛み砕いたピザと共に嚥下する。
腹はそこそこに満たされ、加えて消化不良の靄のかかった苛立ちがエネルギーの源となっている。攻撃的な感情の赴く先をウォレンに設定しつつ、瓶を口元から遠ざけると同時に部屋の中に足を踏み入れた。
倒れたままの椅子の先、予想とは違う画がジミーの目に入る。
いない。
床に倒れているべき人物が見当たらず、一瞬の静止の後、ジミーは更に部屋に踏み込んだ。
右手の部屋の奥へと視線をやる。
雑然とした室内には何の気配も感じられない。
逃げたのか、どうやって、と考える前に、背後でわずかに空気が揺れた。
ジミーが振り返るよりも早く、ドア陰に潜んでいたウォレンが自然な力でビールの空き瓶を振り下ろす。
瓶が音を立てて割れ、無防備だった後頭部に十分な衝撃を受けたジミーが無抵抗のまま床に倒れこむ。
振りぬいた勢いもあり、それにつられるようにバランスを崩したウォレンだったが、手の中の瓶の残骸を捨てて棚の力を借り、踏みとどまった。
息を吐き、抑えていた呼吸を整え、伸ばしていた袖口から右手を出す。身にまとっている衣服は水分を含んでいるために皮膚に張り付いており、鬱陶しい。
だが、瓶をしっかりと握っているにはいい滑り止めであった。
そのままウォレンは屈みこみ、ジミーの意識を窺う。
瓶には中身が入っておらず、また粉砕した分、力が伝わらなかったか、彼は昏倒しているだけらしかった。
確認作業と並行し、ウォレンはジミーの身体を探る。
己の所持品は棚の上に置かれたままかと思っていたが、武器として役に立ちそうなものは全て撤去されていた。代わりにとでもいうように、ビールの空き瓶とその破片だけは部屋に散在している。
今もまた一本ジミーが運んできたらしく、彼の手から転げ落ちた瓶の口からこぼれ出た液体が、カーペットに滲みを作り上げていた。
泡も存在するその様子が、慣れたはずの嗅覚にアルコールの臭いを届けてくる。
嫌な酒好きだ、と内心吐き捨てつつ、指先に触れた金属らしいものをジミーのポケットから取り出す。
ナイフであることを確認した後も、他に持ち物がないか探る。が、どうやら飛び道具は所持していないようだ。
心の内で舌打ちをする。
と、居間のほうから物音がし、顔を上げて廊下を見た。
異変が他の二人に気づかれたか、贅沢を言っている暇はないらしい。
手に取ったナイフの少しばかり突き出た部分を押せば、短い金属音と共に両刃が顔を出す。
先ほど両手を固定していたダクトテープを切る際、床に散らばっていたガラスの破片を使用したのだが、そのせいで指先に数本の切り傷を作ってしまった。
そこから溢れたばかりの血のぬめりが、非常に邪魔に感じる。
ナイフにはガードがあり、誤って滑らせ自分の手を切ることはないだろうが、正確に操るためにも柄の部分での滑りは押さえたいところだ。
ふと視線を巡らせれば、手ごろな薄手の布が棚の引き出しからはみ出ているのが目に留まった。
引っ張り出し、それに切り込みを入れて裂き、手とナイフの柄の間に布をかませる。
その動作を行いつつ、呼吸を整えて部屋のドア口まで静かに歩を進めた。
「ジミー?」
聞こえてきた声に、部屋に向かってきているのがアロンソと呼ばれていた若い男であることを知る。
彼の影の上部が、すぐ脇の廊下の上に進み出てきた。
アロンソの足音に集中しつつ、ウォレンは一度部屋の中を見やった。
彼があと数歩進めば、倒れているジミーの足が目に映るだろう。
引き返してもう1人の仲間と合流されては勝機が遠のく。
「大丈――」
アロンソの足元で軋んだ床板の音を契機に、ウォレンは廊下に出た。
驚いたアロンソが足を止める。
その彼の背後、居間に残るもう1人、ステュの姿がウォレンの視界に入った。
対アロンソに費やす時間はない。
そう判断した直後、足の速度を緩めずに一気にアロンソの懐に飛び込んだ。
次の動きのとれない彼が咄嗟に後退しようとする。
引きとめるために彼の右肩を掴もうとしたが、力の入らない左手はあまり役に立たず、アロンソの服を緩く引き寄せるだけとなった。
だが、距離が確保できている分、それだけでも十分だった。
素早く2回、ナイフを繰り出す。
刃がアロンソの左の腎臓に沈み込む。
2回目の最後、手首を捻る。
肉を抉る鈍い感触が手のひらに伝わり、それに触発されたようにナイフがアロンソの体から出された。
かすかに聞こえた呻き声の向こう、ステュがテーブルの上の拳銃へと手を伸ばす様子が目に入る。
ショック状態にあるアロンソを横に押しのけ、前へ踏み出す。
彼が膝を折り床に倒れ込んだが、その音は重要な情報としてはウォレンの耳に入らなかった。
前方、ステュとの間隔は3mもない。ナイフでも余裕で対応できる半径だ。
気配を察して振り返るステュの右手が弧を描き、手に取った拳銃がウォレンに向けられる。
銃口の高度の最終的な位置を読み、それが定まる直前にウォレンは姿勢を低くした。そのクッションを利用して踏み込み、右下から斜めにナイフを振り上げる。
無機質との接触のほかにも感触がし、ステュが短く痛みを訴える声を上げた。
開いた彼の右手から拳銃が離れ、床に落下する。
すかさずウォレンはそれをさらに遠くへ払おうとした。が、体にかかる負荷がいつもよりも大きく感じられ、動作に狂いが生じた分、重心の移動が滑らかに行えない。
そのわずかな遅れの間にステュが体勢を整え、後ろ手にテーブルに手をついて支えを得、足を繰り出して思いっきりウォレンを蹴飛ばした。
外力を受け、途中で椅子にぶつかりつつ、ウォレンは数歩後ろの棚に衝突した。腰あたりまでの高さのそれの上に置かれていた諸々が衝撃によって倒れ、あるいは床へ落ちる。
仕掛けた反動でテーブルの足の位置がずれ、ステュもバランスを崩す。一歩足を後退させて踏みとどまり、続いて彼が右側の床に横たわっている拳銃へ、無傷の左手を伸ばした。
腹部への鈍痛のほか、腰の後ろに走った衝撃が脇腹に受けた感電の痕を刺激する中、ウォレンがステュの動きを確認する。
直接攻撃するには距離がある。咄嗟に足を用いて椅子を引き寄せ、それを蹴り押した。
横合いから妨害を受け、拳銃とステュの手の間に障害物ができる。
邪魔だ、と乱暴に椅子を退けるが、その間にもウォレンが距離を縮めていた。
突き出されたナイフを避け、ステュは左手でウォレンの右腕を内側から退けた。
読んでいたか、その流れに乗ってウォレンが右腕を回し、後ろ上方へ引かせ際に手先の角度を変えた。
刃が、むき出しのステュの左腕を沿い、瞬時に赤い筋ができる。
間を置かずウォレンはステュの腹部を狙った。
が、刃が届く前にステュが半歩下がり、同時に体を捻る。
左脇腹をナイフが掠めたが、気にせずにステュは左腕をウォレンの右腕に絡ませ、脇腹との間に綴じた。そのままステュは右に体を回転させ、相手の腕に無理な方向から力をかける。ウォレンの指が開き、保持できずにナイフが落ちる。その動作に重なるようにステュが指に受けた怪我を押して右の拳を繰り出した。
それを察し、反射的にウォレンは左腕を動かした。が、銃創のために防ぐ手段として働かせることができない。体を捻り、かろうじて急所は免れたものの腹部に衝撃を受け、それがほかの傷にまで転移する。
堪え、続くステュの攻撃の前に重心を左足に移す。
いまだ拘束されている右腕の筋に痛みが走ったが、構わず体勢を変え、右足でステュの体重がかかっているほうの足を引っかけ、膝を折らせるように払った。
バランスを失うステュに右腕が引きずられたが、ウォレンは直前に受身を取って床に倒れた。
逆に、ステュは衝撃を緩和しきれずもろに受けたらしい。
自由になった右腕の横手、ステュの苦痛の呻きが聞こえる。
入りにくい力を強制的に入れ、息を切り上げてウォレンが体を起こす。
彼の隣、背中から前面に伝播した鈍い衝撃をなんとか消化しつつ、ステュが側に落ちていたナイフを拾うと、倒れた体を左に回転させながら相手に向かって一閃した。
避け際、右肘に鋭い痛みが走ったがウォレンはそれを無視し、床を蹴って視界前方に転がっている拳銃へ向かった。
右手にそれを掴むが、屈んだ状態の膝の様子に限界が近いことを知る。発砲の準備ができていることを確認しつつ、ウォレンは拳銃を掴んだ流れのままに体を床に横転させ、上体を軽く起こし、構えた。
銃口の先、ナイフを手に立ち上がったステュの姿を捉える。
引き金を引く。
添えた左手は役をまっとうしておらず、反動がやけに激しく手がぶれた。が、そのことをある程度考慮に入れていたため弾道のずれは大きくなく、前方においてステュが左胸に被弾するのを確認する。
続けざまに撃たれた2発目には修正が加えられており、彼の心臓付近が瞬時に赤く染まった。
3発目、ステュを額から後頭部に貫通した弾が後方へ飛沫の血を噴かせ、彼が背を床に崩れ落ちる。
それを見届ける前にウォレンも背中を床につけた。
息が切れ、全身から力が抜ける。
拳銃の質量に負けて右手が落ち、床の上に重たい音が響いた。
血が引いていく。
視界がぼやけていき、意識が遠のきそうになるのを察し、慌てて落とした拳銃を手探る。
銃口を握れば、その熱さに痛覚が刺激される。反射的に右手の指が開きそうになるのをぐっと抑え、ウォレンは伝わるままに痛みを受け入れた。
刺激によって脈拍が増加し、途切れそうだった意識が踏みとどまる。
保持できる、と確信できる頃になった後、銃口から右手を離した。
呼吸が荒くなる。
手のひらを見れば、軽く皮膚が焦げた臭いが鼻をついた。
顔をしかめて目を背けた先、もみ合いの際にテーブルから落ちたのだろう、向こう側にまだ残っているピザが、紙皿から床に飛び出しているのが見えた。
長時間何も口にしていないとはいえ今の状態では食欲がそそられるわけでもなく、吐き気が込み上げない内にウォレンはピザを視界から遠ざけた。
体を右に回転させ、足を折る。
右腕を張って体を起こす。
脳内の血流がざわつき、それが視野にも影響を及ぼす。
動作を中断し、視界からノイズが消えるのを待った後、両足に力を入れるとゆっくり立ち上がった。
壁に寄りかかり、目を閉じる。
耳鳴りが遠のけば、自身の呼吸音のほか、先ほどからずっと流れていたのだろうテレビからの音声が空間を満たしている。
目を開ける。
右手の床の上、仰向けに倒れているステュの周りには赤黒い溜まりが広がっており、テレビの明度の変化がかすかに映し出されていた。彼の状態については近づいて確認するまでもなかった。
部屋の中をざっとスキャンしたところ奥にあるソファの前のテーブル上に己の所持品を見つけたが、ウォレンは視線を近くに落とし、先ほど使用した拳銃を拾い上げた。
ずっしりと感じられるそれを痛みの残る右手に持ち、心持ち構えながら重たい足を進めて廊下へ出た。
すぐに、前方に廊下の明かりを薄暗く滲ませた血溜まりが目に入る。
その横にはアロンソが体の左側を下にぴくりとも動かず横たわっていた。
遅い瞬きをしながら視線を逸らし、彼の横手の部屋へ注意を払う。
少なくとも、ジミーにはまだ息がある。
警戒しつつ様子を窺ったが、彼の足は床の上に伸びていた。
銃口の先を彼に向け、部屋に入る。
偽りではなく、ジミーは気絶したままだった。
息をつき、調整していた呼吸の量を上げ、速度を落とす。
ふと、右手の棚に視線をやる。
なかなかに粘着力の強いテープが置かれているのがウォレンの目に映った。