IN THIS CITY

第3話 Unspoken Truth

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28 Unspoken Truth

 目の前を横切る煙を払いのけ、ギルバートはテーブルの上のカードを見た。
 次いでその先を見やれば、したり顔で微笑んでいるアレックスの姿が目に映る。
 バーの準備もそこそこに、彼の誘いに乗って始めてしまったポーカーだが、どうやら旗色が悪い。
「その様子だともう30ドル俺の懐に転がり込んできそうだね」
「うるさい」
 否定らしい言葉は告げてみるものの、手持ちのカードからすると負けの可能性のほうが高い。
 こうなるのならエディーを誘っておけばよかったな、とギルバートは後悔したが、したところでどうにかなる話でもなかった。久しくサシで勝負していなかったためか、どうもアレックスのペースに呑まれてしまっている。
「……しっかしお前がこんなにツイているのも変だよな」
 言いつつ負けを認めようとしたとき、ふと、気になることが浮かんだ。
「アレックス」
 変わったギルバートの声に、何、とアレックスがタバコをくわえたまま問い返す。
「袖、捲れ」
 聞こえてきたギルバートの指示に、アレックスは両腕を頭の後ろへ持っていった。
「捲れ」
「やだ」
「いいから捲りなさい」
 立ち上がり、アレックスの隣まで足を進めて腕を掴もうとする。
「ギル、セクハラはよくないよセクハラは」
 椅子を引いてギルバートの探索を振り切りつつ手を後ろで組むアレックスの後方、バーの玄関が突然開き、来客を知らせるベルが忙しげに鳴った。
 表にはまだ店が閉まっていることを示す看板が掲げられているはずだ。だが遠慮のない客は気にも留めなかったらしく、2人に目をくれるとカウンターの定位置に座った。
「……鍵、かけなかったのか?」
 直前までの動作もそこそこに、ギルバートがアレックスに尋ねる。
「美人が道を尋ねてくるかもしれないでしょ」
 ああそう、と返答を受け流し、ギルバートは普段と様子の違うウォレンの元へ、カウンター越しに近づいていった。
 その後姿を見すまし、アレックスは隠していたカードをそそくさとテーブルの上のものに紛れ込ませた。
「いらっしゃい」
 営業口調でギルバートが問いかけてみるが、ウォレンからは特段の反応はなかった。
 変わりに、額に手を当てていた彼が顔を上げる。
「酒、ないか」
 予想していなかった一言に、ギルバートは半呼吸遅れて眉根を寄せた。
「何でもいいからなんか強いやつをくれ」
「……そうか?」
 怪訝な顔をしてアレックスを見やれば、彼が眉を上げて応えてくる。
「生憎だが、銘柄を言えない奴に出す酒はないな」
 ウォレンに向き直り、ギルバートは続ける。
「試しに聞いてみるが、お前、ビールとスコッチの違い分かるか? 泡立ってるとかそういうのじゃなくて、味の、だ」
「……ギル、頼む。今はくだらない話をする気分じゃ――」
「俺、分かるよ」
 割って入ってきた声の主を2人が見やれば、アレックスが片手にタバコを持ちつつ椅子の背にもたれかかっていた。
 その後に訪れた無言の時間に気まずさを感じたか、彼は小さく詫びの言葉を落とすと、ついでにタバコの火を灰皿で消した。
「ま、飲めないものは無理して飲むな」
 仕方ないやつだ、とギルバートはジンジャーエールを取り出した後、手早くグラスに氷を入れ、注いだ。
「若干ビールっぽいだろ」
 差し出しがてらにそう告げる。
 グラスを見、恨めしそうにギルバートを見たウォレンだったが、諦めがついたのか息を吐きつつ上体を後方へ倒した。が、カウンターの席には寄りかかる背もたれがないことに途中で気づく。
「察するに――」
 テーブル席から腰を上げ、飲んでいたコーヒーとタバコの箱を持つと、アレックスはウォレンに近いカウンター席へ移動した。
「――NYでの事件、エリザベスにバレたんでしょ」
 肯定も否定もせず、ウォレンはアレックスを一瞥した。
 当然のことだが、アレックスの耳には既に入っていたらしい。
「NYの事件?」
「狙撃事件」
 補足された説明を聞き、ギルバートが、なるほど、と頷く。
 アレックスが何か続けようとしたところで、ギルバートは掌を見せた。
「待った。危ない話なら俺は下がろう。耳にした情報は一応売り物なんでね」
 聞かれたくないだろ、とギルバートは耳を塞ぐような動作をした。
 捜査機関の連中とも親しくしている彼だ。遠慮があるのだろう。
「ま、店を開けるまでまだ時間はある。ゆっくりしていけ」
 言い残し、カウンターをぐるりと回って玄関へと向かう。
「俺との勝負はどうすんの?」
「イカサマに付き合う気はないさ」
 ベルの音とともに外に出て行ったギルバートを見送り、アレックスは、バレてちゃしょうがないな、と息をついた。
 静寂が訪れたところで、同じカウンターに座っているウォレンを見やる。
 肘をつき、額に両手を当てていた。
「……例の件、終わってなかったんだな」
 エリザベスが父親と面会してきたとの報告を受け、ひと段落したかに見えたが、やはり水面下では事が動いていたらしい。
「けど、弁護士さんのほうは生きているんだろ?」
 問いかけてみるが、ウォレンからは何も回答は得られなかった。
 答えないだろうな、と思いつつ、アレックスはタバコを箱から一本取り出し、火をつけた。
「昔担当していたマフィアから狙われていたらしいじゃないか」
 煙を吐き出し、視線は前に固定のまま、独り言のように呟く。
「キースは放っておくとまたエリザベスに害をなしそうだったしね。弁護士さんの一芝居に手を貸した、ってところかな」
 死んだことにすれば追っ手の網から逃れるのも簡単だしね、と付け加え、アレックスはタバコを口に持っていった。
 横目にウォレンを窺うが、先ほどからまったく変わらない姿勢のままで、ギルバートが用意したグラスに手をつける様子もなかった。
「……お前、ほんと相当参ってるねぇ」
 しみじみと告げれば、やや遅れてようやくにウォレンが顔から手を離した。
「大丈夫か?」
 言葉をかけてみれば、ほっとけ、と短く返答があった。
 そうか、と受け取ったように見せつつも、灰皿に灰を落としてウォレンに向き直る。
「で、お前から彼女に話したの?」
 ウォレンは、聞いてくるな、という視線を寄こしてきたが、長く息をついた後に口を開く。
「……向こうが知っていた」
「最悪な展開だねぇ」
「…………」
「で、フラれたってわけか」
 尋ねてみると、その際の会話を思い出していたのか、長い間が置かれた。
「……1人にさせてくれ、と言われた」
「当然だろうね」
 再び額に手をやるウォレンを見つつ、アレックスが続ける。
「1人にしたのか?」
 無言のままのウォレンに、あ、そう、とアレックスは灰皿にタバコの灰を落とした。
「悪いけど、俺は何もアドバイスできないよ」
「期待していない」
「……そなの?」
 肘はカウンターの上のままに手を額から離し、ウォレンがアレックスを見る。
「いや、俺ほら経験豊富だからさ、ちょっとは期待されているかなぁ、と」
 そう告げれば、何の経験だ、とウォレンがため息をついた。
 バーの前の通りを過ぎる車の音と共に、通行人の会話が弱く店の中に入ってくる。
 それが聞こえなくなった頃に、アレックスはタバコを灰皿でもみ消した。
「……イーサンと会っているのか?」
 尋ねると、間を置いて肯定の返事が返って来た。
 時々上のほうで仕事を引き受けているようだが、やはり背後には彼がいるらしい。
「……今までの仕事の依頼も奴からか」
「悪い奴じゃない」
「10代に拳銃やら狙撃銃やら、その種の扱い方を教えるような奴だぞ?」
「あんたは教えてくれなかったからな」
「当たり前だ。俺だってそこら辺は考えてたよ。……アンソニーにもきつく言われてたし」
 後半部分を小さくし、アレックスが言った。
 その様子を横目に一瞥し、ウォレンはジンジャーエールの入ったグラスに手を伸ばした。
「……悪かったな、悪ガキで」
「まったくだ」
 聞こえてきた言葉に苦笑し、ウォレンはグラスから指を下ろした。
 そのまま、視線を固定する。
「……丁度いい機会なんじゃないのか?」
 呟くように告げ、アレックスはウォレンを見た。
「ずるずるとここまで来たが、お前の親父さんに悪くてね」
 旧友の姿を思い浮かべれば、そっくりに育ったな、と改めて感じる。
「……あんたのせいじゃない」
「だがアイリーンの件が関わっている」
 テーブルの上に置かれているタバコの箱に視線を落とし、アレックスは一度目を瞑った。
「――アレックス。前にも話したはずだ、彼女の件の前からこの道に興味はあった」
「前から、ねぇ」
 気を遣ってのことか、本当のことかは分からないが、いずれにしてもアイリーンの件がきっかけとなったのは確かだ。それを考えると、アレックスとしては責任を感じずにはいられなかった。
「……何にせよ、今は岐路だと思うけどね」
 目が合い、小さく微笑を返す。
「いい子じゃないか」
 ウォレンは無言のままだったが、同意している様子は窺えた。
「愛するひとの存在は大きいぞ」
 一言告げ、アレックスは残っていたコーヒーを飲み干すとタバコの箱を手に取り、席を立った。
 最低限の言葉は伝えられただろう。後は本人の選択に任せるのみだ。
「……あんたは、足を洗うとか考えたことないのか?」
 玄関へ向かう途中でウォレンから声がかかり、アレックスは歩みを止めて振り返った。
「俺?」
「他に人がいるか?」
 周囲を見回し、いないね、とアレックスは眉を上げた。
「俺はだめだよ」
 ポケットに手を入れ、ウォレンを見る。
「惚れた女性、みんな俺を残して去っちゃうんだもん」
 そう述べたアレックスの表情から寂しさが垣間見え、ウォレンはわずかに視線を落とした。
「……アイリーンの死は、あんたのせいじゃないだろ」
 告げれば、アレックスからは曖昧な返事が返ってきた。
 自身の人生に対して、強く素直な女性だった。
 彼女の最期のときには、共に側にいた。
 ふと脳裏を流れた映像は、恐らく2人とも同じものだっただろう。
「で、お前はどうすんの?」
 聞いた後、返答を待たずにアレックスは一瞥を残し、玄関へ踵を返した。
 人気のなくなった店内にベルの音が伝わり、ドアが閉まった。
 その方向を見やっていたウォレンだったが、やがて視線を弱い日の光が模様を描いている床に移した。


 ぼんやりと、ソファの上で膝を抱え、テレビに目を向けている。
 耳に届く音声に注意を払っているでもなく、リアリティー番組の話にはついていっていなかった。
 音量を小さめにそれを流しつつ、エリザベスは手に持った携帯電話を見た。
 何度か、かけたい番号まで手順は進むのだが、最後の一押しがなかなかできない。
 そうこうしているうちに、手の温もりが小さな電子機器に移っていた。
 迷いながら視線を横にやる。
 日が暮れて何時間経ったか、閉められたカーテンを見ていると夜だということが認識された。
 ふと、玄関のドアが3回、叩かれた。
 そのリズムに、来客が誰であるかがすぐに知れた。
 ソファから足を下ろし、腰を上げる。
 携帯電話を持ったままに玄関まで足を進め、短く一呼吸とってドアを開ければ、予想通りの人物が立っていた。
 小さく、ウォレンの口から遠慮がちな挨拶が漏れる。
 それに対し、エリザベスもまた似たように返した。
 ふと、小さめのバスケットを差し出される。
 受け取れば、エリザベスの好きなポンポン菊を中心として、花々がアレンジされていた。
 普段の行動の中に隠れているのか、話したことはなくてもウォレンはエリザベスが好きなものをよく知っている。
 柔らかい微笑をポンポン菊に向け、エリザベスは、入って、と足を引いた。
 短い礼を述べ、ウォレンは部屋の中に足を踏み入れた。


 バスケットを棚に飾ると、エリザベスはウォレンに向き直った。 
「何か飲む?」
「いや、このままで」
 そう、と頷き、エリザベスはテーブルのほうへ歩み寄った。
 どちらともつかず椅子を引き、向かい合って座る。
「リジー」
 顔を上げてエリザベスを見、ウォレンが続ける。
「今朝のことだが、君が知る前に、俺の口から知らせるべきだった。すまない」
 事前に言っておくことは無理だったにせよ、事後時間を経ずに告解しておくべきだった、とウォレンは視線を落とす。
 のらりくらりとした結果、エリザベスに不安を与えることとなった。
「だが、NYで言った言葉は信じて欲しい」
 エリザベスの目を見て真っ直ぐに告げる。
 それを受け取り、エリザベスは微笑むと頷いた。
「信じるわ」
 顔を上げて返せば、久しぶりにウォレンが表情を綻ばせた。
 空気が和らいだ後、エリザベスは一度テーブルの上に視線を落とした。
「……あの後、TJとコニーに会ってきたの」
 会話を思い出しつつ、続ける。
「TJは、少なくとも1件は、あなたの仕業じゃないって言ってた」
 顔を上げ、ウォレンを見た。
「そうなの?」
 尋ねた先、返答に迷った様子を見せたウォレンだったが、弱い微笑が返ってくるだけで、そうなのか否か、どちらともとれるものだった。
「……すまない」
 呟かれた侘びの言葉に、エリザベスは、いいの、と返した。
「……でも、何で引き受けたのか、理由を聞きたいわ」
「悪いが、それも言えない」
 予想はしていたが、やはり教えてはくれないらしい。
 そこまで相手に義理立てしなくてもいいだろうに、とも思うが、エリザベスは敢えて追求はしなかった。
「……その手の依頼、何でも引き受けるの?」
「何でもではないが――、傍から見れば、そうとれるかもな」
 エリザベスの疑問の眼差しを受け、ウォレンは苦笑を口元に浮かべた。
「……歪んでいるだろうが、この正義は正しいと思っている」
「歪んでいると知っているのなら、何で?」
 分からない、とエリザベスは怪訝に首を振った。
 彼女の先、ウォレンが視線を落とす。
 告げようか告げまいか迷っているようだったが、エリザベスはその間、問いを重ねずに待った。
「……正気を保つため」
 呟かれるように出てきた回答に、エリザベスは首を傾げた。
 横に視線を逃がしたウォレンが、息をつきつつ弱く首を振る。
 彼が何か口を開きかけたようだったが、それ以上の言葉は出てこなかった。
「……これからも、続ける?」
 続けたいのか、という意味合いのほうを持たせてエリザベスが尋ねる。
 それに対し、分からない、とウォレンは首を振った。
 否定の言葉を期待していただけに、エリザベスは無言のまま下を向いた。
「以前は、本当に必要だった」
 今は違う、ともとれるウォレンの声に、エリザベスは顔を上げ、耳を傾けた。
「仕事をしているときだけ、心を落ち着かせることができたから」
 言いつつ、ウォレンは過去を振り返る。
 よくよく考えれば、単に集中が必要とされる状況にあるからなのだろう。しかし当時はそこまで思考を働かせる余裕がなかった。
 ウォレンの言葉に、TJの言っていたことが思い起こされ、エリザベスは彼の目を追った。
「……過去に何があったの?」
 聞かれたことのない問いに驚いたか、ウォレンは横に逃がしていた視線をエリザベスに向けた。
 聞いてはだめだったか、とエリザベスは思ったが、目は逸らさなかった。
 暫く彼女を見ていたウォレンだったが、やがて目を伏せ、色々と、と告げた。
 続きがありそうな様子に、エリザベスは静かに待った。
「……守れなかった」
 目を閉じ、ウォレンが声を落とす。
「――誰を?」
 尋ねれば、視線を上げたウォレンが遠くを見やった後、
「大切なひとを」
 と告げた。
 声音に深くそれが表れていることを知り、わずかながらにエリザベスの胸が痛む。
 その痛みが、守れなかったというウォレンの辛そうな様子に対してなのか、恐らく女性だろうことが分かったことに対してなのか、判断がつかない。
 ふと、ウォレンと目が合う。
 不意打ちだったため表情を取り繕いきれず、エリザベスはいささか慌てた。
「恋人じゃない」
 補足され、気まずく感じて視線を下げたところ、ウォレンから穏やかな微笑が送られ、エリザベスも苦くそれに倣った。
「現実から逃げたくても、この体質だ。酒には逃げられなかった」
 薬には、と言いかけてウォレンは口を閉じた。
 中毒症状の克服を助けてくれていたアイリーンを思えば、当然ながら薬に逃げることもできなかった。
「……憎悪とか怒りとかが、自分では望んでいない方向に爆発しそうだった」
 言いつつも、アレックスには辛く当たっていたかもな、と思い返す。
 遭遇した状況は違ったにせよ、アレックスはアレックスで相当な精神状態だったに違いない。
 それを考えると、今更ながらに彼に対して申し訳なく思われる。
「何か、はけ口が必要だった」
 わだかまっている感情を全てアレックスにぶつけるわけにもいかず、抑えれば抑えただけ、心の内に蓄積されていった。
 その折、見つけたのがこの道だ。
 行き先が定まれば後は容易い。
 アレックスの目を盗んでよくふらりと立ち寄っていたダグラスの下に転がり込み、気づけば、いつの間にか仕事にのめり込んでいた。
「でも、今は――」
 過去から戻り、ウォレンは目の前に座っているエリザベスを見た。
 彼女の瞳が不安げな色を呈しているが心苦しい。
「――君がいる。無理に鎮めなくても、穏やかになれる」
 もう一度告げれば、エリザベスの不安が薄まったように見えた。
「この道に踏み込む前は、普通に暮らそうと考えていた。今も、恐らく望んでいる面があると思う」
 そこまで言い、それでも、とウォレンは続ける。
「……だからといって足を洗えるかというと、そうじゃない」
「抜けるのが、難しい?」
「それもあるかもしれないが――」
 別の不安が首をもたげるのを恐れているのか、正義と信じるところから離れるのが名残惜しいのか、もしくは狙撃の際の高揚感が手放せないのか。
 分からない中、ウォレンは一度目を瞑った。
「……俺にはまだ必要なんだ」
 優柔不断だ、と自嘲しつつ、告げた。
 そう、とエリザベスが頷く。
 彼女の目が伏せられる前に、だが、とウォレンは続けた。
「いつかは、必ず」
 エリザベスの目を見、言葉を預ける。
 それを受け取り、エリザベスは改めてウォレンを見た。
 彼の話に、傍にいることで何かしらの変化をもたらせたのだと知ることができた。
 それでも変えられないのか、と一瞬思ったが、どうやらそうではないらしい。
「その言葉、いつも覚えておくわ」
 必ず戻ってきて、と含ませ、告げる。
 エリザベスの視線の先、ウォレンが小さいながらも微笑して見せた。
「覚えていてくれ」
 それを聞き、忘れないから、とエリザベスはテーブルの上でウォレンの手を握った。
 わざわざ、決心したことを告げる必要はないだろう。
 コニーの言うとおり、揺るぎない存在であれば、ウォレンをこの道に引き戻すことができるはずだ。
 掌から、彼の温もりが伝わってくる。
 それを離さないよう、エリザベスは握る手に力を込めた。



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